Rumor / 噂
ぜひもう少し話を、と、引き留める術師達を、領主への披露があると振り切って、賢者一行は王宮へ向かった。
すでに会議は始まっているだろう。
リン達が精霊術師ギルドから出ると、建物周辺にいた者のおしゃべりがピタリと止まり、その後、一気に騒めきだした。
何しろ、ネイビーブルーのマントが三人、姿を現したのだ。
「なあ。三人いるぞ」
「……本当だ。まさか!」
「ええと、賢者見習い、様、でいいんだよな?髪色は違うが」
「ああ、あのマントは賢者様にしか、許されてねえよ」
ざわりざわりと声が大きくなっていく。
「新しい賢者様だぞ!」
一人が叫んだのをきっかけに上がったうぉーという歓声に送られ、リン達の乗った馬車は広場を後にした。
何人かは、詳しい話を聞こうと、術師ギルドに駆け込んでいる。
新しい賢者誕生の知らせは、シルフに劣らず、素早く広がりそうだった。
なり立てほやほやの賢者見習いは、船の上でも忙しかった。
見えるようになった精霊に気を取られ、あちらこちらに視線を投げては、ひとりで慌てている。
今まで気が付かなかっただけで、突然落ちてくる木の葉には、精霊が掴まって揺れている。ゆったりと流れる川の水が時折ピチャっと跳ね上がるのは、魚がいるのだと思っていたが、オンディーヌが水面で踊っている。
「ふわあ、もう、ダメ。このマント暑すぎです」
頬を上気させたリンは、着たばかりの賢者のマントをほどいてしまった。
「サラマンダーをそのように側に寄せているからだ」
「だって、抱いていないと、この子が一番、落ちつきがないんですもん。シロのように甘えっ子で。ねーっ」
リンは、ねーっ、と言いながら、手の上にサラマンダーを座らせ、耳の後ろや顎の下を人差し指でくすぐっている。まるっきりシロと同じ扱いだ。サラマンダーもくすぐったそうにしながら、さらにリンにすり寄っていく。
自分達に意識を向けるようになったリンに、精霊も興奮しているようで、落ち着きがないことは確かだ。ライアンの周囲にいる精霊もソワソワとして、先ほどから髪にぶら下がったり、袖を引いたりして、いつも以上に鬱陶しいこと、この上ない。
お互いが慣れるまではダメだろう、と、ライアンはため息をついた。
精霊達はリンの側に、それぞれ居心地のいい場所があるようだ。
シルフはクルクル、ひゅんひゅんと常に飛び回り、時折リンの髪を揺らす。オンディーヌはリンの右肩が気に入ったようで、そこに横座りしている。
加護石のブレスレットや変幻石のペンダントを眺めていたグノームは、頭の上で飛び跳ねていたサラマンダーと一緒に、リンの胸を滑り台にして遊び始めてしまった。
最初は丸みが足りなくて、足を滑らせたらしかったが、どうやらマントの滑らかさと、胸の感触を気に入ったらしい。飛び降りては、弾みながら、滑り降りていく。
あんまりである。
さすがに胸滑り台は許容できず、グノームをフォレスト・アネモネのコサージュに座らせ、サラマンダーは捕まえて、ぎゅーっと抱きしめた。
「……それ以上、サラマンダーを興奮させないように。余計に暑くなるぞ。マントは会議室に入る前に、羽織ればいい」
ライアンの言葉に、リンはサラマンダーの背中をポンポンと叩きながら、うなずいた。
会議室に向かっていたフロランタンは、前から流れてくる声に、眉をひそめた。
噂ほどあてにならないものはない、と、誰もが知っているのに、なぜが口にする時は、それが真実だと信じているらしい。
先を行くのは、同じ会議へ出席する領主達と側近の一行だ。
「賢者殿の婚約者がようやくご到着になって、建国祭で正式発表だと言うぞ」
「到着もなにも、ほら、始まりの宴から、いたではないか」
「いや、あれは、ご愛妾ではないか。ほら、マチェドニアの……」
「ああ。御身分も釣り合う方だ。黒髪という噂が、どこかでねじ曲がったのであろうよ」
「しかし、あれほどのご寵愛であったのに、それは……」
「貴公は、すでにあの兄妹を招待されたか?」
最近ライアンが、王宮に詰めているからか。
二人が一緒のところを、誰かが見かけたのか。
ほんの少しの噂の種が、推測と妄想の水をまかれて、大きく花を咲かせるが、果たしてその花に実がつくのかどうか。
「さぞ驚くことでしょう」
フロランタンは、隣を歩く国王に告げた。
会議は順調に議題を消化していった。
熱波の被害がひどい土地への援助の件、秋に予定される王都の整備について、『盗賊の薬』の問題が解決しそうなこと、最後に、文官が各領から提出された、産物についての質問書を回収した。
ライアンが提出を求めていたものだ。
出席者の一人が発言した。
「本日の会議に、賢者殿は、出席されないのですかな」
「術師のギルドを出たと報告があったので、まもなく到着であろう」
国王が答えると、また別の一人が発言する。
「ときに陛下。今年の建国祭には、喜ばしい発表があるのではございませぬか」
「ん?確かに。記録を見る限り、過去に例のないことであるな」
おお。やはりか。めでたいことだ、と、声が広がっていく。
国王は領主の言っている事をわかっていて、明らかに煙に巻いている。
近くに座るウィスタントン公爵は、家族ならわかる程度に口元がひくついており、笑いをこらえているのが見て取れた。
「すぐにわかるであろうよ」
その時、外から扉が開いて、ネイビーブルーのマントが見えた。
後ろには、あたふたとしている風の術師や、会議室の外で待機していた領主の周囲の者が集まっているのが見える。
会議室の中は、フロランタンが『風の壁』を立て、シルフを払っている。
おおよそ、術師のギルドからすぐに報せのシルフが飛んだが、中にシルフは入れず、周囲の者も会議を中断させるわけにもいかず、扉の前でウロウロとしていたに違いない。
ライアンが一歩入ってくるのを見て、全員が立ち上がり、礼を取った。
国王も、そして自分の子供だとはいえ、公の場ではウィスタントン公爵も同じだ。
後に大賢者アルドラとリンが続いたのを見て、その場にいた者は驚きに目を見開き、中には、領主としてはみっともないことに、口をあんぐりと開ける者も出た。
上座中央に三賢者、いや、賢者ふたりと駆け出しの見習いひとりが立つと、室内はざわざわとし始めた。
リンは絡んでくる視線に目をそらしたかったが、頭は下げず、堂々と立っていろと言われているので、心の中で、堂々と、堂々と、と呟いている。
こういう時に限って、精霊達はリンの気を引くことを何もしてくれなかった。
ライアンが口を開いた。
「先ほど精霊術師ギルドにて加護調べと登録が行われ、すべての精霊からの加護を賜り、このリンがフォルテリアスの賢者見習いとなったことを申し伝える」
賢者が三人。
二人並び立つ期間があるだけでも喜ばしいことなのに、それが三人。
喜ばしい、大変喜ばしいが、……いったい何が起こっているのだろう。
「新たなる賢者の誕生に、心よりのお祝いを申し上げます」
国王の言葉に、ぽかんとしていた者達が慌てて、次々に礼を取る。
ライアンは頷くと続けた。
「民への正式な披露は、建国祭を考えている」
礼を取りながら、確かに過去に例のないことだ、と誰もが思った。
同時に、あの噂が真実かどうか、ますますわからなくなった、と。





