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War and Peace / 戦争と平和

「あ、ライアン、終わりました?」


 シムネルと護衛を従えて、ライアンがギルドでの商談から戻ってきた。

 広場の空気がざわりとした後、皆がピタリと止まって頭を下げるので、リンはすぐに気が付いて頭を上げた。

 ちょうど天幕近くの水場にしゃがみ込み、グラスを洗っていたところで、洗い物用の灰を付けて、キュキュっと拭う。何度か水を替えてすすげば、それで終わりだ。

 リンの後ろにも騎士が立っている。護衛付きで洗い物をするのは場違いの上、ひどく目立つが、そんな事を気にしている場合ではなかった。

 

「グラスか」

「いやもう、グラスが間に合わないぐらい、忙しかったですよ」


 二日目の今日も、貴族のお使いは多かった。

 美容製品やブラシを求める者に、レーチェに来て欲しいという要望もある。

 アイスクリームの持ち帰りについては、天幕へ来た者には週明けから可能だ、と伝え始めたが、いっそのこと一度に案内しようと思うぐらいには、忙しかった。

 ライアンが直接シルフで拡声すると大騒ぎになるので、商業ギルドに頼んで、王都中に響かせてもらったのだが、それが逆に宣伝になったらしい。今度は平民がのぞきにやってきた。

 アイスクリームも売れるが、ミードやアイスティーも出る。ミードのグラスと、ワックス・クロスにスライスしたチーズを載せて、いそいそとテーブルに座る。


 見習いが代わる代わる、グラスを洗いに水場へ行っていたが、一番暇そうだったリンが洗い物を引き受けた。

 ミードもアイスティーも売り切れて、これで洗い物は最後のはずだ。


「明日は休日だ。これでは間に合わぬだろうな」

「紋章を入れ終わった分のグラスが追加で届くでしょうから、少しはいいかも」


 ライアンはグラスの入った洗い桶を奪い、そのまま天幕へと向かう。


「ライアン、それ、これからすすぐんですよ」

「ああ。やり方を変えよう。中のグラスが重ならないように並べて、桶の上まで水を張ってくれ」

「天幕だと水を捨てられませんよ?」

「大丈夫だ。シムネル、浄化石を一つ、自己使用する。王宮へ報告を頼む」


 リンが『水の石』を使って満たした洗い桶の中に、ライアンが小さな『水の浄化石』を落とした。

 浄化石が青く光って汚れを示した後、白くキラキラとした光で覆われ、灰で濁った水が浄化されていく。見ているうちに、グラス洗いは完了だ。


「……水ごとグラスを洗っちゃうわけですか」

「グラスを集めて、ある程度貯まったら浄化石を落とせばいい」

「究極の皿洗いですね。誰もやっていない方法ですけど」

「浄化石の価格と希少さを考えると、皿洗いに使う者はいまいな」


 明日はお湯で試そうか、と、思いながら、リンがグラスを拭き始めると、オグがやってきた。


「リン、見習いの手が空くぞ。持ち帰りのアイスクリームの確認もあるんだろ? ここは任せていいぞ」

「グラスが全部あるか、数えないと」


 ウィスタントンの紋章が入っている物を、持ち帰る者はいないと思うが、すべて戻ってきているか確認はするべきだ。


「それなら、オグが探す。リン、行こう」

「探すのは、俺じゃねえよ」


 ライアンに促されて天幕を出る時、グノーム、グラスを確認しろ、という、オグの指示が聞こえた。

 きっとグラス探しにグノームを使うのも、普通はしないんだろうと、リンは最近わかってきた。




「ライアン、『浄化石』の自己使用の報告があったと聞いたぞ。何事かあったのか?」


 離宮に入ると同時に、階上から領主が、心配気な顔で降りてくる。


「いえ、父上。たいしたことではないのです。それよりご報告が」


 ライアンはそのまま領主の執務室へと向かうようだ。

 毒物混入でも疑われたのだろうか。

 究極の皿洗いに使いました、とは、さすが言えないかも、と、リンは少しおかしく思いながら着替えを済ませると、家族のサロンへ向かった。

 サロンにはブルダルーが待っている。


「リン嬢ちゃま、これがサンドイッチじゃが、うまくできていますかな。とりあえずバニラにしてみたのじゃが」


 リンがブルダルーに依頼したのは、四角いサブレで挟んだ、アイスクリームサンドだ。

 サブレにほんのりと塩気があって、アイスクリームの甘さが引き立っている。サブレはサクサクとしっとりの中間だ。


「おいしいです。塩気もちょうどいいですね」

「明日はブルーベリーとバニラの二種類、とシルフが来ておったが、どのぐらい作りましょうな」

「そこが難しいところです。師匠、サンドまで増えて大変ではないですか?」

「なあに、サブレもコーンも、焼くのはいっぺんじゃからな。アイスクリームも、料理人と術師、どっちも若いもんが張り切っとる」

 

 そこに報告が終わったライアンが入ってきて、同じテーブルについた。


「持ち帰り用というのはそれか?」

「ええ。これは、その場で食べてもいいし、持ち帰りにもいいし、両方ですね。これだと、こう、トングでつかめるし、簡単だと思うので」

「ああ。見習いもスクープを持つのに慣れてきたが、待ち時間は短くなるな」


 ブルダルーはアイスクリームの皿をライアンの前に置き、リンはカップに紅茶を注いだ。自分の方にも注いで、冷たくなったお腹を温めた。

 リンが考えたのは、コーンに、サンド、アイスの実、の、三種類のアイスクリームだ。


「お持ち帰り用に、予約販売の高級品は別に作るんです。お茶会のおみやげと同じ、ボンボニエール入りのアイスの実。その家のボンボニエールを預かって、希望があれば、領地のフルーツや野菜を使って作ります」

「特別なギフトになるな」

「それ以外に、家族に持って帰りたい、とか、友人への手土産に、とか、簡単なものがあればと思って。……美容製品も出ているし、王都の住民って、お金持ちっぽい気がします。だから案外売れるんじゃないかな、と」


 アイスクリームサンドを切り分けて食べていたライアンが、ナイフとフォークを置き、ブルダルーにうなずく。

 ブルダルーはこれで決定となったことで、料理人達に指示を出すべく、下がっていった。


「ウィスタントンの民よりは消費に慣れている。……リン、これをその場で食べさせるなら、皿とカトラリーも用意するべきだ。学生寮から出すように、シムネルに連絡させる」

「洗い物がとっても楽になりましたから、大丈夫だと思います」


 リンはふやけていた自分の手を見ながら言う。灰を触ったせいか、荒れて、少しカサカサするようだ。

 ライアンはカップを取ると、ひと口すすり、少しためらってから口を開いた。


「ロクムに、茶の生産国の人間を紹介してもらう予定だっただろう?到着が遅れていると聞いた」

「……その話で、商業ギルドに移動したんですか?」


 バニラ豆の提供についての話し合いが終わると、内密の話があるらしく、ライアンはロクムと連れ立って場所を移動していた。

 

「父上にはすでに報告したが、シュージュリーの、東への侵攻が絡んでいる」


 リンは目を見開いた。


「まさか、お茶の生産国に侵攻したのですか?」

「いや。ただ、このままでは危険だと、東側の国では混乱が生じているそうだ」

「戦争の気配を感じながら生活するのは、恐怖でしかないでしょうね」


 ライアンは俯きがちに紅茶を飲んでいて、その顔は曇っている。


「ああ。経済の発展や、民の生活向上に力を尽くそうと、タブレット達と話したばかりだった。戦の危機がないからこそ可能だと、改めて感じる」

「発展や生活の質を考えられるのは、平和ありき、ですね。戦になるのか、回避できるか。戦うのか、降伏するのか。そこにとどまるのか、逃げるのか、って、そればかりになりますよね」

「そうだな。上に立つ者も、ずっと平和と国の発展に尽くしてきただろうに」


 考え込むライアンに、リンはいつもと違う雰囲気を感じた。


「ライアン、大丈夫ですか?もしかして、フォルテリアスも戦争に?」

「いや。今のところ、それはないと思うが。ただ、さすがにシュージュリーのやり様には、こちらも思うところがあって、陛下も使者を送っている。皇帝が戦に出ているせいか、対面も叶わず戻ってきたらしい。落ち着いていたのに、なぜまた侵略を始めたのか、理解に苦しむ」

「こちらに攻めてくることは、ないでしょうか」


 シュージュリーが攻めてきたら、真っ先に戦場となるのはウィスタントンとラミントンだ。

 ライアンはふっと笑った。


「昔の話だ。ラミントンの砦で、ウェイ川を挟み、攻め寄るシュージュリー軍と戦になったことはある。こちらの勝利で戦が終わった後、シュージュリーも含めて、フォルテリアスに手を出す国はない」

「フォルテリアス軍って、強いんですね」

「アルドラが前線にいたからな」

「はい?」

「真夏に氷の柱を打ちたて、馬や天幕まで、辺り一帯を凍らせるような国と、戦はしたくないだろう?」


 『瞬間氷結』や『氷塊』がでた戦のことだ。


「対アルドラ戦ってことですか。……それは確かに、勝ち目はないですね」


 リンは大真面目にうなずいた。


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