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Responsibility of leaders / 上に立つ者の責任

大変遅くなりました。


 『ボーロ&ベニエ』から、とりあえずできた分だけグラスを持って戻ると、すでにテーブルが並んでいた。

 思っていた以上に多くて、ウィスタントンの前だけではなく、その両隣の天幕前にも広がっている。


「グラスも確保できましたし、これでとりあえず、飲み物は出せますね」

「ああ。つまみは、とりあえず今日の分は、私と父上のチーズを出してもらった」


 ライアンは応接の長椅子に腰を下ろしながら、トゥイルを呼んだ。

 オグも見習いに声をかけてから、やってくる。

 昨夕、トゥイルと商業ギルドの職員は、『水の広場』にある六つの天幕をまわって、テーブルを出すことを伝えた。その上で、他領でもつまみを販売するのであれば、民にも選択肢が増えるので、と、勧めて歩いた。

 周囲の店の売り上げが減っては、と、こちらにも挨拶に回ったが、かえって広場に人が集まると喜ばれたようだ。

 天幕ではビールを出さないので、変わったつまみを持って、周囲の店に行っても受け入れてもらえる手配は整った。逆にこちらも同様に受け入れる。


「ラミントンでは文官の方より、感謝の言葉をいただきました。シー・ヘリソンは、来週初便で入荷予定とのことで、入荷しだいご連絡いただけるそうです」


 トゥイルはわざわざシー・ヘリソンの入荷予定を聞いてくれたらしい。

 じゃあ、来週は飲み会だろう、と、リンはメモに、飲み会、ツマミ、ごま油と書き込んだ。


「わかった」

「『スパイスの国』とクナーファ商会では、この件につき、本日こちらに立ち寄るとのお言葉を、直接、タブレット様より賜りました。王領では本部商業ギルドの者が立ち寄っておりまして、良い案だと思うので、ウィスタントンだけではなく、他領の天幕前にもテーブルを広げたいと」


 テーブルがずらりと並んでいるわけである。


「グラス、増やした方がいいかもしれませんね」

「ミードや茶もだろうな。オグ、悪いがガラス工房に再度連絡と、見習いに、離宮にシルフを出させてくれ。グラスに紋章がなくてもかまわない」

「わかった」

「それぞれの天幕で、テーブルには目を配ってくださいます。あと、パネトーネ領では、先ほど文官が商人を伴って参りまして、こちらの迷惑にならないように何か置きたいが、どのような物がいいのか、と問い合わせがございました。あの、申し訳ございません、ミードのつまみに、というのが、うまく伝わっておりませんで」

「あのパネトーネにも声をかけたんですね」


 意外だ、と、言うようにリンがつぶやいた。


「パネトーネ侯に賛同できないこともあるが、領主としては有能だ。過去に王家と縁続きになったという理由もあるが、その有能さで、代々、王都に繋がる港という重要な拠点を任されている。防衛と貿易の要だな」

「へええ。なんというか、んー、跡を継げる、穏やかな子がいるといいですね」


 こちらも意外なことを聞いたというように、リンは相槌をうち、大変率直な意見が口からこぼれた。

 周囲の者は一瞬、ん?と首を捻ったが、意味を理解すると、一斉に笑いをこらえ、こらえきれない者は吹き出した。

 ライアンの肩は微妙に揺れている。


「……一人娘ではないはずだ。土地も豊かで、リンが好きそうな食べ物もある。何より、リン、隣の天幕に来ているのは、そこに住む(タミ)だ」


 ライアンは落ち着くと、リンを見て静かに言った。

 パネトーネ(イコール)嫌いな令嬢のいる領地、というだけで、リンは自分が隣の天幕を無意識に排除していたことを、深く反省した。

 どこのいじめっ子だ。

 

「後で行ってみます。何があるんだろ」

「見習いを連れて挨拶に行ったが、野菜と海塩、果実酒の瓶、あとチーズがあったぞ」

「パネトーネのチーズはうまい。一年以上置いたものはクセがあるが、コクが出て、なかなかいい」

「それは私の好きそうな、というより、ライアンの好きなつまみですよね」


 思い切り自分好みのチーズ推しに、リンは思わず笑った。

 オグも笑ってうなずく。


「違いないな。どの領にも、その土地独特のチーズとソーセージがあるもんだが、今年は『冷室』のおかげで、けっこう遠くの、珍しい物も来ているぞ」

「ああ。楽しみだな」


 話しているところに、タブレットとロクムがやってきて、オグとトゥイルは二人に場所を譲り、商台の方へと戻って行った。

 

 リンは紅茶の用意をして、ローロにウェイベリーのアイスクリームを頼んだ。

 昨日のヴァルスミア・ベリーより、爽やかで甘酸っぱく仕上がっている。


「『凍り石』は昨日見たが、これを触ってみたかったのだ」


 タブレットは、『凍り石』はもちろん、宮殿の部屋すべてに『涼風石』を取り付けるぐらいの勢いで、精霊道具の大量注文を出した。

 天幕に風を流していた木製のシルフ像を手に取り、『涼風石』をカチカチと動かしては、ライアンに動作を確認している。

 この像はクグロフの師匠、ガレットの作で、花を数本シルフが抱えている。その花に精霊石がセットされ、精油を含ませた布も収められている。木でできているのに、背中の羽で、シルフは今にも飛び上がりそうだ。

 これを見た瞬間、どうしてシロの口からぐあーっと風を出すのが許可されなかったのかが、よくわかった。

 シロはかわいいが、このシルフ像は文句なく美しい。


「お前の国にはちょうどいいと思った。精霊道具も好きだろう?」

「ああ、面白い。それ以上に、雨季は本当に暑い」

「タブレット、その雨季だ。実は『ドライ』という追加機能の必要性を考えていて、その検証をだな……」


 リンはロクムにアイスクリームを出しながら、ライアンがまだドライ機能を諦めていないのを知り、熱心に話す二人をじとっと見やる。しかもタブレットを検証に巻き込むつもりらしかった。




「リン、実は、このアイスクリームのことで、お願いがあるのだが」


 タブレットはあっという間に食べ終わり、空になったガラスのボウルを見た。これも今日、工房で見つけてアイス用に買ったものだ。


「レシピはダメですよ。これ、今年は独占する予定なんです」

「……ダメか。いや、妻のつわりがひどくてな。これなら冷たく溶けて、食べられぬ時にも良いかと思ったのだが」


 リンが先回りして答えると、タブレットは少し俯き、考え込んだ。

 

「えっ、ええと、うーん、つわりかあ。それなら確かに……」


 ライアンが一つため息をついた。


「リン、騙されるな。タブレットが国に戻るのは冬だ。それまでレシピは国に届かぬ」

「騙す?」

「ライアン、妻を心配しているのも本当だぞ。ま、この手がダメならしょうがない」


 タブレットがニヤニヤとし始めたのを見て、リンは口をとがらせた。


「……次は騙されないようにします」

「残念だ。いや、レシピは欲しいが、無理を言うつもりはない。今日来たのは、昨日話をもらった件だ。何かのつまみを、という」

「ああ。自国の産物を試してもらえる、良い機会にもなるかと思うが」

「それだ。つまみではないが、ロクムとも話して、バニラ豆を宣伝するのに良いと思うのだ。それでリンに頼みたいことがある」


 リンはコクリとうなずいた。

 

「昨日、バニラアイスクリームは原価の関係で、天幕では販売が難しいと聞いた」

「ええ。ウィスタントンでの社交とお土産には、バニラも出していますよ。天幕でもそのうち、貴族向けの予約販売を、とは思っていたんですけど、始まりの宴で出してしまったせいか、初日から想像以上の人が並んでしまって」

「ああ、それなら宴の後に、王宮で案内されたからだろうな」


 タブレットが当然だ、と、うなずく。


「其方たちが帰った後、質問が殺到して、王家が対応に苦慮していたぞ。アイスクリームはウィスタントンの天幕で販売予定だと、公爵が回答していたからだろう」

「それでか。持ち帰りの用意が整うのが、週明けからだ。リンもブルダルーと相談しているだろう?」

「今日、テストをしてもらってますから、戻ったら試します」

「頼みというのは、バニラ豆を提供するので、こちらの天幕で、バニラアイスクリームを販売して欲しい」

「もともと特別注文があれば、出す予定ではありましたけど」

「いや、このベリーのアイスクリームのように、普通に出してもらいたいのだ」


 リンとライアンは顔を見合わせた。

 アイスクリームの基本みたいな物なので、バニラを出せるのは嬉しいが、タブレット達のメリットは少ないかもしれない。

 

「民に宣伝しても、バニラ豆を購入できる者は多くないと思うが」 

「ああ。現状ではそうだ」


 タブレットの言い方に、ライアンは風の壁を立て、シルフも払った。


「また『菓子の国』のように大きな話がでると困るからな。続けてよいぞ」

「将来的に、バニラの価格を調整する。それから、これは砂糖の生産地であるウィスタントンと、秋に協議をと思っていたが、砂糖価格も段階的に引き下げ、より使われるようにしたい」


 ライアンは秋には出るだろうと予想していた話題に、うなずいた。


「父上には話しておく。来春からの話なら、協議には、ラミントンも入れたい。クナーファでも、それでいいのか?」

「はい。了承しております。砂糖もバニラも、『砂糖の島』の経済を成り立たせ、一商会が負うリスク軽減のために、ある程度高く価格が設定されております。実はクナーファがバニラ豆を扱うのは、今年で二年目なのです。初年度にほとんど売れなくても、島のために継続購入をしております。ですからもう少し、広めたい」

 

 ライアンがロクムの言葉にうなずいた。


「タブレットの所と統合されることになり、島やクナーファにも余裕ができるわけだな」

「ああ。最初は、バニラ豆は大市の時にだけ食べられる、特別なものという認識でもかまわないのだ。砂糖もバニラもスパイスも、今は限定的だが、広がる可能性は大きい。……リンの茶と一緒か。茶を広めたいのだろう?」

「そうですね。将来、誰もが生活を、食を楽しめる余裕ができた時に、お茶を飲むという習慣ができているといいな、とは思いますけど」

 

 リンはそういって、茶葉を入れ替えに立ち上がった。


「食を楽しめる余裕ですか。リン様は大きいことを考えていますね。クナーファの目指す方向性と似ておりますが」

「誰もが飢えない、食べられる、から、楽しめる、か。タブレット、ロクム、我らの責任は大きいな」


 ライアンの言葉に二人は強くうなずいた。

パネトーネ家のクレマちゃんの回を書いておりましたが、何度書き直してもダメで、諦めて少し置いておくことにしました。

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