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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
宮廷編2

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三十三、深緑

猫猫が通された先は、倉庫のような場所だった。籠から出してくれたのは、楼蘭ではなく、背の高い女だった。


「あなたは……」

 

 猫猫は、目の前の人物を見る。


 背の高い化粧っ気のない女、宮廷内で何度か見たことがある。

 本物の子翠、いや混乱がないように翠苓スイレイと呼んだほうがいいだろうか。


 最初、楼蘭にどこか既視感を持った理由がわかった。

 父親が同じ姉妹だからだろうか、背丈や顔のつくりの雰囲気が似ていた。


「しばらく、こちらに滞在してもらいます。いろいろ不都合はありますが、逃げ出さないほうが賢明かと思います」


 そういって翠苓は、窓を開けた。


 外は、真っ白な銀世界で、窓には鉄の格子がかかっていた。道理で寒いわけだと、猫猫は羽織った毛皮をきゅっと掴む。


「先ほども見たように、ここの女主人は気性が荒いので、見つかるのは賢明ではありませんし、逃げ出すにしてもどこにいるのかさえわからないでしょう。食事はちゃんと運びますので、大人しくすることをおすすめします」


 遠回しな言い方なのが、小憎らしいと猫猫は思う。


 たしかに、先ほどの主人に会うのは絶対避けたいし、外へ出たところで真っ白な銀世界、すぐに遭難して凍死するのがおちだろう。


 聞くだけ無駄だと思いつつ、猫猫は翠苓を見る。


「それで、私をさらったところで、何の意味があるのでしょうか?」


 返事を聞けるとは思っていない。ただ、このまま放置されるのは、妙に気に食わない。


「貴方は意外と利用価値のある人間です。少なくとも、貴方が思っているよりは」


 どうとでもとれる言い方をする翠苓。


「待ってください」


 そのまま、立ち去ろうとする彼女を猫猫は呼び止める。


「なんでしょうか」

 

 もう話すことはないと言いたげな翠苓に、猫猫はもうひとつこれだけは引けない用があった。


かわやはどうすればいいのでしょう?」

「あちらの扉につながっています。外へでる必要はないので問題ありません」

「わかりました」


 猫猫は、軽く会釈すると、やや小走りに厠へと向かった。


 もうどのくらい我慢していたかわからない。


 恥じらいなどいっている暇もなく、かなり一大事だった。






 翠苓が言ったように、食事は毎回、彼女が持ってきてくれた。少し冷えているが、一汁一菜がそろった食事は悪くない。ただ、乾きものが多く、どことなく携帯食に近い。


 今は物置のように使われているが、元は客室だったのだろうか。寝台もあり、それほど不自由はなかった。厠がつながってあるのも、その名残だろう。


 猫猫は寝台の上に胡坐をかく。肘を立てて顎をささえる仕草は、行儀が悪いが今ここで咎めるものはいない。


(さて、どうしようか)

 

 逃げるんじゃないと釘を刺されて、素直にきく猫猫ではない。だけど、自分の身を危険にさらすのもいやである。

 まだ、身体の発疹は完治しておらず、体力も落ちている。ここで、下手に外に出たら凍死決定だ。


 猫猫は、ちらりと窓の外を眺める。

 一面は真っ白な雪景色だ。


(都よりずっと北のほうだろうか)


 子の一族の領地は北にある。そう考えるのが妥当だが、都からの距離はどのくらいだろうか。

 馬車の速度と走った時間を考えても、こんな雪景色にはならないのではと考える。


(そう考えると)


 猫猫は敷布に指を滑らせる。うっすらと覚えている国全体の地図を思い出す。


 都の北側部分に半円を思い浮かべる。どんなに馬を急がせたとしても都から六百里(三百キロ)も離れているとは思えない。その範囲内で、この時期に雪景色の場所は高地くらいだろう。


(たしか山があったはず)


 北に山脈があったはずだ。そこは、政治的にも重要な地点ではなかっただろうか。壬氏が地図を見ながらぶつぶつ言っていた気がする。


(こんなことならちゃんと勉強しておくんだった)


 官女になるために受ける試験の中に、地理の問題があった気がする。参考書を開くだけで毎度寝ていたので覚えているわけがない。


 どうしたものかと、もう一度外を眺める。


(おや?)


 雪が降っていてよくみえないが、ずっと向こうに見えるのは塀ではないだろうか。いや、塀というより城壁に近い。一面しか見えないがおそらくぐるりと建物を取り囲んでいるのだろう。


(城、それも要塞みたいだな)


 要塞といえば、軍部の扱いになりそうだが、ここの女主人・・・が楼蘭の母だとすれば、それとは違うだろう。

 たしかに国の各所に軍の駐屯地はあるが、こんな近くにあっただろうか。

 

 もし、国があずかり知らぬところでこんなものを作っていたら反逆に見られても仕方ない。


(それも、さほど都から離れていないところで)


 やはり、子昌は国を傾けようとしていたと考えるのが妥当だろうか。


 猫猫が死にかけてまで、あの片眼鏡をけしかけたというのに、あの男には通用しなかったということか。

 猫猫はごくんと口の中にたまった唾液を飲みこんだ。


 そんなとき、廊下から甲高い声が聞こえてきた。


 なんだ、と猫猫は寝台から降り、廊下に面する扉に耳をつける。


「坊ちゃま、そっちで遊んではいけません!」

「ええっー、いいだろー。こっちまだ探検してねえんだから」


 甲高い声の主は、まだ幼い男子のようで、乳母に引きとめられているようだ。


(子どもがいるのか)


「なにやってるのー、おやつなくなっちゃうよー」

「わあってるよ、かってに俺の食うんじゃねえぞ」


 しかも、他にもいるようで少し離れて甲高い声が聞こえる。少なくとも五、六人はいるだろうか。


 子どもがいると知って猫猫は、壁にもたれかかり大きく息を吐いた。


 いくら城塞めいた造りの城であろうと、籠城しようと、結果は目に見えている。

 

 現帝は、比較的慈悲深い君である。しかし、それでもこせない線はある。以前、上級妃の暗殺未遂事件では実行犯とされた女官は、絞首刑になった。その親類は肉刑にさらされている。

 帝として権力を保つためにも、そういう処置をせざるをえない。

 

 もし、これだけの規模で騒ぎを起こそうというなら、どうなるだろう。

 一族郎党、皆、生きていられないだろう。それが子どもであろうと赤子であろうと関係なく。

 

 それを覚悟に、子どももまたここへと連れてこられたのだろうか。


 猫猫はもう一度息を吐いた。膝を抱えて、頭を膝小僧にのせる。


(!?)


 なんだか胸元に違和感をおぼえ、襟を触る。


(そういえば)


 紙切れが襟の中から出てきた。楼蘭が猫猫の懐に入れたものだ。


 猫猫はそれを開き、首を傾げる。

 上質の紙に喇叭型らっぱがたの花がいっしょにすいてある。押し花にしたものを、紙を作る際に閉じ込めたもので、一部の上流階級の人間が好みそうなものだ。


 朝顔のようだが、それよりもずっと大きく色が薄い。


曼荼羅華まんだらげか?」


 麻酔薬の材料として使われる植物だが、毒性が強く取扱いに注意すべきものだ。食べると口の中が乾き、ふらふらする。場合によっては幻覚も見えるらしいが、そこまで至ったことはない。


 何が言いたいのだ、と猫猫は思いながらまた懐におさめる。


 そういえば、さらう前に妙なことを言っていた。

 鈴虫の話だったが、猫猫にはさっぱりだった。だが、それでなにか猫猫に伝えたいことがあるのだろうか、だからこんなところに連れてきたのだろうか。

 

 まったくもってわからない。


 わからないときは考えても仕方ないと、猫猫は考えをかえることにした。


 部屋の積み重なった荷物を見る。


 食器の類が多い。粗雑な扱いだが上等なものばかりだ。木箱の中で薄い布に包まれた一つを手に取ると、漆の器に螺鈿細工が施されている。


 なにか使えるものはないかとあさってみたが、それらしいものはなかった。どれも漆細工ばかりだった。


(ここらへんでは、漆が名産なのか?)


 無造作に置かれている卓子にも贅沢に漆が使われている。光沢は美しい。しかし、一度漆にかぶれたものは触りたくないだろう。漆は乾いていればかぶれることはないが、生の漆にかぶれると今の猫猫みたいになってしまう。


 物置としてただ使っているだけかとおもったら、まだ作りかけの器と道具を見つけた。


(なぜに?)


 職人でもいたのだろうか。


 大きな砦では、お針子や鍛冶屋を雇い入れることは当たり前だ。それと同じようにいろんな職人がいるのかもしれない。


 他にもいろんな道具がたくさんあるが、今のところ役に立つようなものはない。


 おそらく、ここはいろんなものを仮置きして置く場所として使っているのだろうと理解する。


 さて、なにかしようにも何もできない手詰まり状態だ。とりあえず寝台に横になり、上掛けを羽織った。


(あとで火鉢でもないか聞いてみよう)


 ぶるりと身体を震わせながら、眠ることにした。火鉢は駄目でも、もう一枚くらい上着が欲しいところだ。


 誰かさんだったら、状況がわかっているのかとつっこみをいれてくるかもしれない。自分でも図太い性格だなと呆れてしまう。

 でも猫猫なので仕方ない。


 誘拐、監禁という状況にありながら、やはり猫猫は猫猫だった。



〇●〇



 後宮に入ると、空気がいつもと違った。


 壬氏は、高順とその他宦官を数名連れて翡翠宮に向かっていた。


 数日前から玉葉妃の容態がおかしく、今朝から産気づいていると連絡が入った。


 猫猫の養父である羅門という男がつきっきりで見ているようだが、なかなか生まれないようだ。

 

 妃の出産はまだ公にしていないが、翡翠宮の雰囲気からして皆、感づいていることだろう。翡翠宮の前にはちらちらと伺う女官たちがいた。

 壬氏に気づくや否や、顔を赤くしながらそそくさと仕事へと戻る。


 壬氏は、少しやつれた顔をした紅娘ホンニャンに迎えられ、中へと入る。廊下にはいつ生まれてもいいように大きなたらいと火鉢にのせられた薬缶があった。


「容態は?」


 壬氏はつとめて冷静にたずねた。


 侍女たちは表情を曇らせただけだったが、部屋の奥からやってきた老人が説明してくれた。


「現在、陣痛はおさまっています。まだいつ生まれるかはっきりしません」

「それで容態は」

「妃は今のところ疲弊もなく、落ち着いています」


 今のところというと、まだこれからはわからないということか。


 廊下ではもう一人医官服を着た貧相な髭の男がいた。本来、後宮で医官をやっている男だが、ここにいても邪魔なようで侍女たちに邪険にされていた。肩を落としているところで、羅門がなにかしら耳打ちすると、意気揚々と宮を出て行った。


 壬氏が怪訝な顔で羅門を見ると、空気を読んだ羅門は丁寧に教えてくれた。


「養い子を看ることもできないので、ちょっとお使いを頼んでしまいましたがよかったでしょうか」

「特に問題はない」


 猫猫はあれから、後宮にある診療所で休んでいるという。全身に発疹ができて、数日、寝たきりだったというが今はどうだろうか。

 

 羅門という男は、名前の通り羅の一族のものだという。一度、後宮で失態をおかし、肉刑を受けたとのことで、片足を引きずる歩き方をしている。


 どんな失態をしたのやら、そこまで詳しく調べられなかったが、そんな人物には見えなかった。ただ、女帝の怒りを買ったと聞けば、大体想像がつくことなので深く追及しなかった。


 念のため、帝にもその件について伝えたところ、特に反対する様子はなかった。

 むしろ、好ましいことのように見えたのは気のせいだろうか。


 ともかく、さきほどの医官に比べて何倍も頼りになる人物には違いない。


 様子を見に来たものの、産気づいた妃を見ることは立場上よろしくないので、応接間にて控える。いつもはかしましい侍女の一人が、茶を持ってきてくれたが、少し目元がくすんでいた。


 もしかしたら、壬氏がここにいるだけで仕事を増やしているかもしれない。

 いつ玉葉妃が産気づくかもわからず、とても居心地の悪い気分で外を眺めていると、先ほどの医官がとぼとぼと肩を下げて帰ってきた。


 医官は、おつかいを失敗した子どものように、羅門の元へと行く。


 壬氏は、特にすることもないので、その話に耳を向ける。


 話によると、診療所にて門前払いを食らったらしい。

 元々、非公式な形で薬もまともに使うことを許されなかった場所故、医官に対してあまり好意的でないようだ。


「おかしいねえ。私がいったときは、普通に通してくれたんだけどね」

「私が悪いんじゃろうか」

 

 貧相な髭をさらにしおしおにさせながら医官がつぶやく。


 ふうん、と壬氏が席を立つ。


「ならば、私が見て来よう」


 壬氏の申し出に医官が、髭をぴいんと立てて反応する。羅門は首を傾げる。


「よろしいのですか?」

「ああ。元々、こうなったのはこちらにも責任がある」


 ちょうど気になっていたところだった。

 ここに壬氏がいても仕方がないし、なにかあれば高順が上手く対応してくれるだろう。


 そういうわけで、壬氏は診療所へと向かうことにした。






 壬氏が髭の医官と二人の宦官を連れていくと、診療所では中年の女官が出迎えてくれた。


「猫猫という娘に会いたいのだが」


 壬氏が言うと、女官は困ったように眉を歪めて見せた。


「あの娘でしたら、少し体調が悪いようで人と会いたがっていないと」


 どこか遠回しな言い方だった。


 壬氏はぴくりと眉を上げる。


「では、娘は今、どんな様子だろうか?」

 

 それについてもまた濁すような顔をする。


「……実は、私は看ておらず、深緑シェンリュという女官にまかせておりまして。人見知りのある娘のようで、私たちにも顔を合わせたくないようでして」

「ほう」


 なんだが首を傾げたくなる話を聞いた。


 たしかに猫猫は人嫌いなところがあるが、そんな繊細な一面があるようには見えない。

 もしそんなところがあるのであれば、目にしてみたい。


 ということで、壬氏は診療所の中に足を踏み入れる。中年の女官はなにか言いたげだったが、壬氏に逆らえるわけもなく慌てるだけだ。


「どこの部屋だ?」

「……一番奥の左の部屋です」


 酒精アルコールの匂いがする廊下の突き当たりで左側の扉を開ける。白い簡素な部屋に寝台が二つだけ置いてある。


 その中で、人が寝ているように盛り上がった寝台へと近づく。


「……おい」


 返事はない、ぴくりとも動かない。


 壬氏は、上掛けに手をかけた。

 それを思い切り引っ張ると、中には丸められた布団が人型に形作られていた。


「……」

「……お嬢ちゃん、脱走しちゃったのかね?」


 思わず一番ありえそうなことを医官がつぶやいた。猫猫と親しいだけに、その行動をよくわかっている。

 

 しかし、壬氏は今回に限ってそんなことはないと思った。


 寝台の下になにかが見えた。


 しゃがみ込んで手に取ると、異国の華やかな鳥の羽根だった。壬氏には見覚えがあるものだった。


「何をなさっているのですか?」


 中年の女の声が後ろから聞こえた。


「深緑!」


 中年の女官が言った。この女官が、深緑かと、壬氏は見る。


「ここにいるはずの娘が、なぜここにいない?」


 壬氏の問いかけに深緑は首を傾げる。


「また、あの娘がどっかでかけたのでしょう。安静にしておくべきですのに」


 納得したように医官が髭を揺らしながら頷く。

 

「そうですか」


 壬氏はゆっくりと女官へと近づく。その黒い目をしっかり見る。


「元気なら何よりだ。すぐに帰ってくるだろうか」


 女官は一回瞬きをして唇を弧に歪める。


「そのうち戻ってくると思いますけど、いつかはわかりません。気まぐれな性格のようでして」


 もう一度瞬きをして、ちらりと窓の外を見た。


「そうか、大変迷惑をかけているようだな」


 壬氏はそう言って、深緑の手をとった。どくんと脈が跳ね上がるのに気づく。


 じいっと見つめ、深緑の反応を見る。ちらりと後ろを見ると、中年の女官と医官が顔を真っ赤にしてもじもじしていた。


 連れの宦官たちも居心地が悪そうだ。


 壬氏はそれでも笑みを浮かべ、深緑の耳元で囁いた。


「それで、楼蘭妃・・・とはどこで知り合った?」


 深緑の瞳孔が一瞬広がった。そして、脈が大きくはねる。


 後宮は嘘にまみれている。

 壬氏はそれを見極める術をいくらか心得ていた。


 猫猫を探し出すために最初に使った方法もこれと同じようなものだ。


 羅漢のように見ただけで相手の能力を見極めるといった化け物じみた才能はない。壬氏ができるのは、相手を観察しそれが嘘か真かどちら側にあるか判別することくらいだ。


 自分に優れた才はない、それでも持ちうる能力で仕事をこなしていくしかないのだ。


 深緑は目を見開いたまま、壬氏を見た。


「……古い記憶を思い出しました」


 深緑は呆然とした顔で、壬氏を見つめる。


「お優しい声で名前を呼ばれ、私は異国の甘い菓子をいただきました」


 深緑の目から、大きく涙があふれる。


「皆、若いころのあの方の姿を忘れているようですね。晩年は、見る影もない姿だと聞きましたから。ねえ、よく見ると似ていると思わない? 声や輪郭、あの砂糖菓子のような仕草がねえ」


 深緑は中年の女官に語りかけた。


 中年の女官は、先ほどまで顔を赤くしていたが、その言葉に一気に血の気が引いたようだ。「ひいっ」と半歩下がり、恐ろしいものを見る目で壬氏を見る。

 なにか畏怖の対象を思い出したかのような振る舞いだった。


 壬氏はなにがあったのか、と手を伸ばす。しかし、女官は顔を隠しうずくまってしまった。


「あのおかたは、まだ私たちを自由にしてくれないの」


 その瞬間だった。深緑の口からだらりと血が流れた。


 前歯の間に舌が挟み込まれ、それを噛み切ろうとしていた。

 

「!?」


 壬氏は深緑の口に手を突っ込んだ。袖をひきちぎり、深緑の口に噛ませる。


 後ろで大きな音が聞こえたと思ったら、髭の医官が慌てて転んでしまったらしい。控えていた宦官たちはどうすればよいかと壬氏に近づき、深緑が暴れないようにと手足を縛る。

 

 中年女官は狼狽しており、奇声を上げたため、他の女官たちが何事だと現れた。思わぬ惨事に面食らっている。


「おい。舌を噛んだ。手当できるものはいないか!」


 壬氏に代わり、宦官が声を張り上げる。


 狼狽した女官はやってきた他の女官に宥められる。

 医官だけは、髭をゆらしながら右往左往していた。


 壬氏は、手当を願い出た女官に深緑を渡す。

 口いっぱいに布を詰めこまれた深緑は、その黒い目で壬氏をじっと見ていた。


 どうして、自由にしてくれないの、と問いかけるように――。




 




 


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>念のため、帝にもその件について伝えたところ、特に反対する様子はなかった。 >むしろ、好ましいことのように見えたのは気のせいだろうか。 帝からすると、羅門は自分を帝王切開で取り上げてくれた優秀な医者…
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