99:停止するフラグ
夕刻。
森での激闘の疲労を引きずりながらも、ソーマたちは冒険者ギルドの重い扉を押し開いた。
扉が軋む音に呼応するように、酒場のような喧騒が押し寄せる。
笑い声、グラスのぶつかる音、依頼の相談――いつもの賑やかな空気。
だが、ソーマの胸は重く沈んでいた。
(……まだ耳から離れない)
魔族の赤い瞳。
乾いた指の音。
そして爆発の衝撃。
仲間を巻き込む寸前だったあの瞬間が、まざまざと脳裏に焼き付いている。
受付に向かい、ソーマは依頼報告の紙を差し出した。
「……依頼の件ですが、少し報告があります」
受付嬢のメルマさんは、いつもの柔らかな笑みを浮かべていたが、ソーマの真剣な表情に気づいた瞬間、その笑みを消し、背筋を正す。
「お疲れ様です。落とし物の捜索依頼でしたね。何か……問題が?」
その言葉にジョッシュが苛立ちを込めて声を荒げる。
「問題どころじゃねぇよ! 行ってみたらよ、待ってたのは魔族だったんだぜ!」
「ま、魔族……?」
メルマの声が震える。小さな呟きは周囲にも届き、冒険者たちが「今、魔族って言ったか?」と敏感に反応する。
空気が一気にざわついた。
クリスは冷静に言葉を継ぐ。
「ただの魔物ではありません。人語を理解し、ギフトを駆使していました。触れた物を爆発させる……厄介な能力でした。明らかに冒険者を狙った罠でした」
「人語を……ギフトを……」
メルマさんの顔色がみるみる青ざめていく。
ソーマは深呼吸し、震える手を押さえながら言葉を絞り出した。
「依頼そのものが囮だった可能性があります。依頼人に……確認していただけませんか?」
メルマさんは息を呑み、慌ただしく奥へと駆けていった。
数分後、ギルドマスターのカルヴィラが姿を現す。
彫像のような険しい顔立ち、鋭い眼光、圧倒的な威圧感――その場のざわめきが一瞬で止んだ。
「詳しく聞かせてもらおう」
その低い声に、ソーマたちは戦闘の詳細を順を追って報告した。
魔族との遭遇、指を鳴らすことで爆発を起こすギフト、そして依頼が罠であった可能性。
聞き終えたカルヴィラは、短く唸り声を漏らす。
その横で、メルマさんが追加の報告を行った。
「……依頼者に確認がとれました。ですが……本人は依頼を出した覚えがない、と」
「な……!」
ソーマたちの表情が一斉に強張る。
カルヴィラは目を細め、厳しい声で告げた。
「恐らく魔族に操られていたのだろう。つまり今回の依頼は、最初から罠だったのだ」
ソーマの胸に冷たいものが走る。
「……魔族が、冒険者を狙っている……」
ジョッシュが怒りに任せ、壁を殴りつける。
「ふざけんなよ! 依頼が罠だなんて、聞いたこともねぇ!」
周囲の冒険者たちも騒然となり、不安や怒りの声が飛び交う。
「魔族がギルドにまで干渉してるってことか……」
「依頼を受けること自体、命懸けじゃねぇか!」
「どうすんだよ、マスター!」
その混乱の最中、一人の冒険者が血相を変えて叫んだ。
「おい! 知ってるか!? 最近勇者の卵や聖女の卵まで襲撃されてるって話だ!」
「なにっ……!?」
「おいおい、それが本当なら……人類の希望が……!」
ざわめきがさらに膨れ上がる。
その言葉を聞いた瞬間、ソーマの胸が凍りついた。
(……ユーサー、シオニー……!)
初めて組んだ仲間。
共に笑い、時にぶつかり合い、再び出会って和解した仲間。
彼らの必死な横顔、笑顔、約束が脳裏に浮かぶ。
(もし……あいつらまで襲われていたら……!)
ソーマは無意識に拳を握り締め、唇を強く噛んだ。
カルヴィラの重々しい声が混乱を断ち切るように響いた。
「確かに複数の魔族の目撃報告が上がっている。今回のような依頼報告はまだ一件のみだ。しかし……類似の依頼が存在する可能性は否定できん」
彼女は深く息を吐き、全冒険者に向けて宣言した。
「よって――ギルドは一時的に依頼の受付を停止する!」
その言葉に場が揺れる。
「はぁ!? 仕事がなきゃ食っていけねぇ!」
「俺たちを縛る気か!」
冒険者たちの怒号が飛び交う。
だがカルヴィラは机を叩き、冷徹な声で一喝した。
「黙れ! もし似たような依頼を受ければ、次に死ぬのはお前らだ! 冒険者の命を守るための処置と理解しろ!」
その迫力に、誰も反論できなくなる。
沈黙が戻った後、メルマは顔を俯かせ、震える声でソーマたちに頭を下げた。
「……報告してくださらなければ、もっと多くの被害が出ていたでしょう。本当に……ありがとうございます」
ソーマは静かに首を振る。
「俺たちも……本当にギリギリだった。……でも、これで少しでも防げるなら」
そう言いながらも、胸の奥に重苦しい影が残る。
――【栄光の架け橋】。
勇者、聖女の卵。
魔族の脅威が彼らに迫っているのなら、無事でいられる保証などない。
(ユーサー……シオニー……どうか……どうか無事でいてくれ)
焦燥と不安が渦を巻きながら、時間だけが無情に過ぎていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
依頼が止まったことで、ソーマたちは暇を持て余すこととなった。
猪熊亭の一室。
だらしなく寝転ぶジョッシュと、机に肘をつくクリス、銃の手入れをしているエルーナ、そして窓の外を見つめるソーマ。
「結局、何もできねぇじゃねぇか」
ジョッシュがベッドの上でバットの残骸を弄びながら吐き捨てる。
「魔族の罠かもしれねぇってんなら、下手に動くわけにもいかねぇし……クソッ!」
クリスは真剣な表情で腕を組む。
「ギルドが動かない以上、私達も慎重であるべきです。……ただ、このままでは状況は悪化する一方でしょう」
エルーナは淡々と銃を磨き、静かな声を投げる。
「焦っても仕方ないわ。昨日の戦い……正直、私も生きた心地がしなかった。今は体を休めて備えるべき」
ソーマは仲間たちの言葉を聞きつつも、心は別の場所にあった。
(……ユーサー……シオニー……本当に大丈夫なんだろうか……)
胸を押し潰すような不安を抱えたまま、時間だけが過ぎていく。
――その時。
扉が大きく開かれ、低く響く声が室内に飛び込んできた。
「久しいな。元気にしていたか」
姿を現したのは、煤にまみれた服を纏い、大きな荷を背負った鍛冶師ゼルガンだった。
「ゼルガンさん!」
ソーマは思わず立ち上がる。
ゼルガンは口角を上げ、にやりと笑った。
「待たせたな。アスガンドで仕上げてきた……お前たちに相応しい、新しい相棒をな」
その言葉と同時に、ソーマの胸を覆っていた霧がわずかに晴れていく。
勇者の卵たちの安否も、魔族の脅威も、不安は尽きない。
だが――この新しい装備こそ、道を切り開く光になると信じられた。
この話を書いている時に今章のボスどうしようか考えて現場を散歩しているとある案が浮かびました。
それは正直どうなんやろと思いつつも今更脳内から消せないのでこの案を採用する事にします。
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