60:南への道、出会いのフラグ
ギルドを出たソーマたちは、広場の片隅で足を止めていた。
朝の日差しに照らされる世界樹は相変わらず神々しい。
天へと伸びる巨木の枝葉は空を覆い、まるで大陸そのものを守っているように見える。
だが――その根元へ向かう道は閉ざされたままだ。
「……ダメだったな」
ジョッシュが深く溜め息を吐いた。
手をだらりと下げ、額の汗をぬぐう。
「国の紹介状があっても門前払いなんて……」
クリスは肩を落とし、悔しそうに拳を握りしめる。
白い指先が震えていた。
ソーマは唇を噛んだ。
ここまで来たのに、肝心の目的地には辿り着けない。
どうする――?
このまま帰るのか?
それとも強行突破か?
だが門の前に立っていた兵士たちの目を思い出す。
冷ややかな視線、あからさまな敵意。
力ずくで突破などすれば、即座に都中のエルフを敵に回すことになる。
それは無謀だ。
焦燥が胸を締めつける中、ふと脳裏に港町でのやり取りが蘇った。
酒場の男が笑いながら言っていたのだ。
『もしどうにもならなけりゃ、南のアスヴェリスに行け。……アスヴェリスの女王は気さくでな。人間も受け入れてる』
ソーマは顔を上げ、二人に告げた。
「……思い出した。港の酒場で聞いたろ。南にダークエルフの都――アスヴェリスがある。そこなら何か情報が手に入るかもしれない」
「ダークエルフ……か」
ジョッシュが顎をさする。
「エルフとは真逆で人懐っこいって話だったが本当に大丈夫か?」
「どっちにしても、ここで立ち止まってるわけにはいきません」
クリスがきっぱりと言った。
青い瞳が力強く光る。
「せっかくフォレストエルクも貸してもらえたんです。無駄にしちゃいけません」
ソーマは小さく笑い、視線を南へ向ける。
「行こう。アスヴェリスへ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
フォレストエルクに跨がり、三人は森の道を駆けた。
木々の間を縫うように走るその足取りは驚くほど静かで、枝葉を避けるように滑らかに進む。
まるで森そのものが道を開いているかのようだった。
時折吹く風が、エルクの角に絡まる光苔をきらめかせる。
その光は薄暗い森の中で灯火のように揺れ、心を落ち着けてくれる。
――だが、平穏は長くは続かない。
「ソーマさん! 前方!」
クリスが鋭く叫んだ。
視線を向けると、数匹の巨大な蛇が何かを取り囲むようにして蠢いていた。
鱗は黒紫に光り、目は血のように赤い。
牙から滴る毒液が草を焼き、じゅう、と煙を上げている。
「……また蛇か」
ソーマは眉をひそめ、剣を抜いた。
「フォレストエルクを驚かせるな。地上に降りる!」
三人は素早く飛び降り、構えを取る。
蛇がこちらに気づき、頭をもたげたその時――
鋭い風切り音とともに矢が飛んだ。
一本が蛇の目を正確に貫く。
ギャアアッ、と耳障りな悲鳴。
「っ!?援護射撃……?」
囲まれている中心にはフードを目深に被った小柄な影がいた。
弓を構え、必死に矢を放っている。だが腕は震え、矢筋も定まらない。
蛇の群れは怯むどころか、矢を放つ影へと狙いを変えた。
「まずい! あのままじゃ……!」
「間に合わねえ!」
ジョッシュが叫び、炎の魔球を作りかけるが――
「ジョッシュ、森で火は禁物だ!俺が行く!」
ソーマが駆け出した。
巨蛇の頭が影へと迫る。
その瞬間――ソーマは跳躍し、剣を振り下ろした。
ギィィィィッ!
鱗を裂く甲高い音と共に、黒い体液が飛び散る。
「【ライトボール】!」
「【魔球ストレート】!」
背後からクリスの光球とジョッシュの魔力球が飛び、別の蛇の胴を貫いた。
炸裂した衝撃で地面が抉れ、巨体がのたうち回る。
だが数は多い。
一匹がソーマを狙い、鋭い牙を突き立てようと迫る。
「くっ……!」
ソーマはとっさに剣を横薙ぎに振るったが、分厚い鱗が刃を弾いた。
「ソーマさんを守って【セイクリッドアーマー】!」
クリスの声と同時に、光の鎧が俺を包む。
光の鎧に弾かれた大蛇が体勢を崩した。
「今だ!」
ソーマは深く踏み込み、蜂王剣を突き出す。
「――貫け! 【スティングドライブ】!」
刃が蛇の頭を貫き、巨体が地に崩れ落ちる。
最後の一匹はジョッシュが盗塁で距離を詰めながらスライディングで体制を崩し、渾身のフルスイングで頭蓋を粉砕した。
骨が砕ける鈍い音が森に響き、動きは完全に止まった。
戦いの余韻を残して、森は再び静けさを取り戻した。
肩で息をしながら、ソーマは振り返る。
囲まれていた小さな影へと歩み寄り、声をかけた。
「大丈夫か?」
フードを被った少女は小さく頷き、弓を下ろした。
「……助けてくれて、ありがとう」
澄んだ声。
だがその響きには、恐怖よりも安堵、そしてどこか人懐っこさが混じっていた。
少女はためらうように、しかし意を決したようにフードを外した。
露わになったのは、金の瞳と柔らかな栗色の髪。
そして――エルフより短い耳。
クリスが小さく目を見開いた。
「……あなた、その耳……」
少女はにこりと微笑んだ。
「うん。私、ハーフエルフなんだ。エルーナって言うんだ。よろしくね」
その笑顔は、まるで森の中に咲く一輪の花のように眩しかった。
ソーマは一瞬、言葉を失う。
だが次の瞬間、胸の奥に確かな予感が芽生えていた。
――エルーナ。
この出会いが、旅の行方を大きく変える。
エルフがいればダークエルフもいる。
そうしたらハーフエルフだっていますよね。
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