44:女王戦、決死のフラグブレイク
【クリスティーナ視点】
——なぜ……なぜ私は、また無力なんですか。
ソーマさんに迫る女王の槍がまるでコマ送りのように、ゆっくりと迫る。
「ソーマさんッ……!」
声にならない叫びが、喉の奥で泡のように消えた。
巨体の虫の女王が、ソーマさんの眼前に立ちはだかっている。
その黒光りする外殻。
ギラついた複眼。
無数の羽音が、空気を振動させていた。
かつてない……まさしく絶望を具現化したような存在だ。
私は、誓ったのに。
この手で……みんなを守ると誓ったのに——!
(……また……また届かないなんて……そんな……!)
ソーマさんの回避も防御も間に合わない。
女王の槍。
あれは——致命の一撃。
(だめ、お願い……お願い死なないで……!)
自分でも気づかぬうちに、足が動いていた。
防御結界を解き、ソーマの元へ駆け出す。
その刹那——
「私は……!」
胸の奥で、何かが音を立てて砕ける。
その破片が、逆に光を放った。
意識が、まるで澄んだ泉のように研ぎ澄まされていく。
時間が、空間が、世界が、静寂に包まれる——
(守りたい。この手で……あの人を、守りたい)
その瞬間——
《スキル:セイクリッドアーマーが解放されました》
(……ありがとう。応えてくれて……)
「お願い……! ソーマさんを守って!! 【セイクリッドアーマー】!!」
発動されたのは、これまで使ってきた広域防御ではない。
極めて限定的、ただ一人を護るための結界。
その対象は、当然——ソーマ。
密度が違う。
空間がねじれるほどの聖域。
一切の攻撃を拒絶する絶対防壁。
「間に合って……!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ドガアアアアアアッ!!!!
虫の女王の針が、稲妻のごとく落下した。
ソーマ目がけて一直線に振り下ろされたその一撃は——
しかし、金属が砕けるような轟音と共に、何かに阻まれる。
「なっ……!?」
見えない鎧。
否——女神の加護が形となった鎧。
「……今度こそ、私は……!」
クリスは震える膝に力を込めて立ち上がる。
全身傷だらけ、脚も震えている。
それでも、立ち上がる。
倒れるわけにはいかない。
この想いがある限り、彼女は——立ち続ける。
「セイクリッドアーマーは……大切な人を守るための力……! 来るなら来いッ!!」
掲げた手が、聖光を生む。
女王の羽音が再び轟き、空気を震わせる。
だが、クリスは怯まない。
「ッ……構うか……来いよ!」
女王が再びソーマに殺到しようとした、その瞬間——
「ソーマさん! 見て、あれ!」
エーデルの叫び。
女王の動きが、明らかに鈍っていた。
苦悶のような振動を身体に走らせている。
光る破片。
砕けたお守りが、微かな光を放って空気中に拡散している。
「……あれって……虫の魔物には効かないはずじゃ……?」
ジョシュが困惑の声を漏らす。
「なんだっていい! 今しかない! 一気に畳みかけるぞ! 奴を……ダンジョンコアを破壊するッ!!」
ソーマの叫びに、皆が応える。
「ジェラウド! 女王の右脚がやられてる、そこから崩せ!」
「任せろオオオオオオ!!」
ジェラウドが雄叫びと共に跳躍し、盾を叩きつけるように叩き込んだ。
女王の右側に体重がかかり、バランスを崩した瞬間――
「シオニー! 上から狙え! 腹部を狙えッ!!」
「了解よ! ──ブチ抜いてあげるッ!! 悪しき魂に神の怒りを……【セイクリッドブレイム】!」
神の裁きが降り注ぎ、女王の腹部に光の杭が突き刺さる。
外殻が砕け、奥に潜んだ脈動が覗いた。
「エーデル、続け! いま、凍らせれば動きを止められる!」
「周りの虫ごと! 吹雪に飲まれなさい【ブリザード】!」
冷気が渦を巻き、女王の腹部全体を瞬時に凍りつかせた。
心臓部──融合されたダンジョンコアが、青白く脈打ちつつも動きを止める。
「ジョッシュ! 今度は中心を狙え! 全力を叩き込めッ!」
「──もう一発くらいなら……イケる!!」
ふらつきながらも、ジョッシュは魔力を握りしめた。
滾る熱が、再び手の中に集束していく。
「今度は……ど真ん中だ! 火の玉ストレート・MAX】!!」
灼熱の魔球が一直線に放たれ、脈動するコアに——直撃。
ドオオオオオオオンンッ!!!!
地鳴りと共に爆発が起き、女王の装甲が割れた。
苦悶の咆哮。
砕けた外殻の奥に、埋め込まれた赤黒いダンジョンコアが、ついに露わになる。
「——見えた!!」
ソーマとユーサーが同時に走り出す!
「道を作ります!」
「道を開けやがれッ!!」
群がる虫を、クリスのシールドが弾き、アイムが投げナイフで次々と射抜く。
仲間の援護を背に、ソーマとユーサーは突貫する!
「これで……終わらせるッ!!」
ユーサーが剣に雷を纏わせる——が、
「ッ……まだ動くか!」
女王の死に際の反撃が、ユーサーを狙う。
「させるかッッ!!」
ソーマが身を挺して一撃を弾き飛ばす!
「いけ! ユーサー!!」
「——聖なる意思よ、我が敵を討て【ライトニングセイバー】!」
ズガアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
雷鳴と共に、女王の胸部が爆ぜた。
粉々に砕け散るコア。
その身体が……完全に、静止した。
「……崩れるぞ! 離れろ!!」
巨大な女王の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
その腹部に埋め込まれていたダンジョンコアが砕け、粒子となって宙を舞った。
きらめく魔素の砂は、風にさらわれて夜空へと消えていく。
──そして。
静寂。
どこかで、誰かがへたり込む音がした。
誰もが言葉を失い、ただその場に立ち尽くす。
安堵。
重く淀んでいた空気が、すうっと引いていく。
まるで、何かがようやく許されたかのように。
ゆっくりと、ソーマが目を開けた。
目の前の光景を確かめるように、まばたきを繰り返す。
その視界に、仲間たちの顔が映る。
皆、信じられないように……けれど、確かに笑っていた。
女王は——倒れた。
その死と同時に、無数の虫たちが断末魔のように悲鳴を上げる。
特別種の個体は音もなく溶けてゆき、残った群れも、統率を失い、バラバラに飛び去っていく。
あれほど圧し掛かっていた圧迫感が、ゆっくりと霧のように消えていった。
けれど——今だけは。
この瞬間だけは、その余韻に身を委ねていい。
《アストレイと栄光の架け橋の死亡フラグが破壊されました》
──戦いは、終わった。
勝ったッ!第3章完!
もうちょっと続きます。
ボス戦の戦闘描写が難しすぎる。
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