35:再会はフラグの香りとともに
馬車の車輪が小枝を踏み、かすかな軋みを上げながら、木立の中の緩やかな坂を下っていく。
葉擦れの音に混じって、小川のせせらぎが耳に心地よいリズムを刻んでいた。
──視界が開ける。
その先に広がっていたのは、小ぢんまりとした素朴な村の風景。
煙突から立ちのぼる煙、静かに回る水車、遠くから聞こえる鶏の鳴き声──
ふと、頬に優しい風が吹きつけた。
懐かしさを含んだ、土と木の匂いを運ぶ風だった。
「……帰ってきたな、ヒュッケ村」
ソーマが低く呟いた。
その声に、荷台で身体を預けていた二人が、顔を上げた。
「へぇ、ここがソーマの故郷か……なるほど、空気がうまいな」
ジョッシュがゆったりと体を伸ばしながら、村の風景を眺める。
「水車……初めて見ました。なんか絵本の中みたいですね」
クリスが小声で感嘆の声を漏らす。
王都育ちのふたりにとって、こうした田舎の景色はまるで異国のようだ。
村の入口へと近づく頃、畑で鍬をふるっていた老人がふと顔を上げ、目を見開いた。
「……おおおお、ソーマ坊じゃないか!」
年老いた体を支えながら、老人は笑顔を崩しつつ、両手を大きく振った。
「おじさん! 元気そうでなによりです!」
ソーマも笑って手を振り返す。
「おうともさ。おまえさん、しばらく見ないうちにすっかり立派な冒険者じゃないか。王都で有名なパーティーに入ってるって聞いたぞ?」
「ええ、まあ、色々あって……いまは任務で戻ってきたんです」
そんなやり取りをしている間にも、村人たちが一人、また一人と集まってくる。
「まぁまぁ、ソーマちゃん! こんなに立派になっちゃって……!」
「リンちゃんは? まだ王都かい?」
「村もちょっとばかし様変わりしたよ。特に最近、虫がやたら増えててなぁ」
懐かしい顔が次々と寄ってきて、囲まれるソーマ。
しかし、その最後の一言に、ソーマの眉が僅かに動いた。
「……やっぱり、虫の異常発生は本当だったんですね」
「まぁなぁ、そのたびにケンさんや冒険者さん達に助けられてるよ」
「ケンさんっていうのは?」
クリスが尋ねる。
「うん、俺の父さん。剣の師匠でもある。道場をしながら村を守ってるみたいだな。いまだに鍛錬は欠かしてないらしい」
「へぇ……どんな人なんだろう。会うのが楽しみ」
挨拶が一通り済むと、ソーマは皆を振り返った。
「よし、まずはギルドに顔を出そう。先に調査に入ったパーティーの情報も気になるし」
「異常発生って言っても、何がどう異常なのか全然わかってないからね」
クリスが真剣な顔で頷く。
ヒュッケ村のギルドは、村の中央に位置する木造の建物だった。
重厚な梁と暖かみある柱で作られたそれは、村の冒険者文化の中心であり、同時にソーマにとっては育った根でもあった。
扉を押し開けると、木材の匂いと、やや湿った空気が迎えてくる。
奥には酒場と宿屋が併設されており、外の世界から訪れる冒険者たちの溜まり場となっている。
「お、ソーマじゃないか! 久しぶりだな!」
受付にいたギルドマスターのイルムさんが、笑顔で立ち上がった。
「イルムさん、ご無沙汰してます。虫系魔物の調査依頼で戻ってきました。先行してたパーティーがいると聞いてますが……」
「ああ、それなら……」
イルムが目線をテーブル席の奥へと向ける。
ソーマたちもそれを追い──
「……ユーサー?」
思わず口をついて出た名。
そこにいたのは、金髪に鮮やかな青のマントを羽織った青年。
王都でも有名な実力派パーティー【栄光の架け橋】のリーダー、ユーサーだった。
ユーサーはゆったりと立ち上がり、挑発的な微笑を浮かべながら答えた。
「やぁ、ソーマ。まさかこんな辺境で再会するとはね。……何をしに来たんだい?」
ゼルガンの鍛冶屋ですれ違ってから二週間も経っていない。
「ってことは、先に調査に入ったパーティーって……」
「うん、僕たち【栄光の架け橋】さ。三日前からこの村で調査を始めているよ」
その後ろから現れたのは、かつての仲間──シオニー、アイム、ジェラウド、エーデルらの姿だった。
「ふふん。あんたら、まさか馬車でのんびり来たんじゃないでしょうね? 貧乏パーティーはつらいわねぇ。私たちは王都から南のリーゼ港まで、飛竜便でひとっ飛びだったのよ」
得意げにふんぞり返るシオニーに、ジョッシュが肩をすくめた。
「そりゃすげえな。でも、飛竜便って一回でいくらかかるんだ……?」
王都から東西南北の港までは、馬車でも休みなく進んで一週間。
飛竜便なら、一日かからずに到着する。
だがその代償は高く、ソーマたちにはとても気軽に使える代物ではなかった。
「俺たちも虫の異常発生の調査で来た。まだ到着したばかりだが、すでに奇妙な虫型魔物に遭遇した」
ソーマが警戒を滲ませて答えると、ユーサーは笑みを保ったまま頷いた。
「奇遇だね。こちらも似たような虫を撃退している。……再会を喜ぶべきか、それとも競争相手として見るべきか」
ユーサーが冗談めかして言うと、エーデルがふっと微笑んだ。
「今回は競争じゃなくて、共闘になるかもしれませんよ。情報、出し合いませんか?」
「それなら助かる」
ソーマはすぐに頷いた。
「こっちもある程度の調査は済ませてる。今からでも構わないがどうする?」
ユーサーの提案に、場の空気が和らいだ。
「すまない、今日は俺の実家に寄るから、明日の朝からでも構わないかな?」
「ふん、のんきなもんだな……」
アイムがぼそりと呟くが、それをユーサーがすぐにたしなめた。
「アイム。今回は同じ任務を受けた仲間として、協調するのが先だよ」
静かに晴れ渡るヒュッケ村の空。
その下で、再び揃った旧友たち。
かつて共に戦い、今は異なる道を歩む彼らが、同じ目的のもとに集った。
だが、ソーマはわずかに空を見上げながら、腰の護符にそっと触れる。
──護衛任務の最後に、渡されたお守り。
妙な胸騒ぎが、風の中に微かに混じっていた。
「これで役者は揃った、ってところか……」
静かなる幕が、音もなく上がり始めていた。
再び登場【栄光の架け橋】。
色々因縁がありますがユーサーは優秀なのでソーマ達と協力します。
……しますよね?
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