16:語られるフラグと希望のギフト
陽が傾き、街の灯がともり始めた頃、ソーマたちは無事にホームである猪熊亭へと帰ってきた。
ギルドの依頼をこなし、Cランクへと昇格を果たし、新たなスタートラインに立った。
気が張り詰めていた旅のあいだの緊張も、今はもうない。
三人の顔には、どこか柔らかい笑みが浮かんでいた。
「おかえり。クエスト無事に終えたって顔してるね」
いつもの場所、カウンター越しに、女将のマールさんが笑顔で迎えてくれる。
「ただいま戻りました、マールさん」
「聞いてくれよ、おかみさん! 今回のクエストで、俺たちCランクに昇格したんだ!」
ジョッシュが誇らしげに胸を張る。
「パーティー名も、ちゃんと決めたんです。【アストレイ】って名前にしました」
クリスもにこやかに続けると、マールは目を細めてうなずいた。
「ふふ、言いたいことがいっぱいあるって顔してるね。今日帰ってくるって聞いてたから、ちょっと奮発して晩ご飯、用意してあるよ。そのときに、じっくりと聞かせてもらおうじゃないか」
用意された食卓には、煮込みハンバーグが湯気を立て、チーズがとろりととろけていた。
付け合せのマッシュポテトはふわふわで、彩り豊かなサラダや温かいスープも並ぶ。
漂う香ばしい匂いが、旅の疲れと空腹を優しく溶かしていく。
「うっわ……これ絶対うまいやつ……!」
ジョッシュが目を輝かせながら、フォークを手にする。
クリスは静かに手を合わせて、「いただきます」と言った。
ソーマも笑顔でそれに続く。
店の中に漂う灯りとぬくもりに包まれ、三人はまるで本当の家族のように、賑やかに食事を楽しんだ。
——そして、食後。
三人は自然と、ソーマの部屋へと集まっていた。
灯りを落とした室内は静かで、外の通りからは時折、人の笑い声や馬車の音が遠く響いてくる。
「……さて。そろそろ話してくれるか?」
ジョッシュが、ぽつりと口を開いた。
ギルドでも、馬車の中でも話せなかったこと。
ようやく、誰にも聞かれずに話せる場所と時間が整った。
「うん。ソーマさん、帰りの馬車で言ってたよね?『分かったことがある』って……」
クリスが、真剣な表情でソーマに目を向ける。
ソーマは一瞬、言葉を選ぶように目を伏せた。思考が迷う。
(前世の記憶を、話すべきか……)
迷いはあった。
しかし、今はまだそのときではないと判断する。
ジョッシュのギフトの可能性、そしてフラグの力。
その二つに焦点を絞り、語ると決めた。
「今回、俺のスキルでちょっとわかったことがあるんだ。俺のギフト【フラグ】って、いわば兆しみたいなもんなんだ。何かが起きる前の伏線、前触れって感じかな」
「伏線……ってことは、先にそれがあって、後で何かが起こるってことか?」
ジョッシュが首をかしげながらつぶやく。
「そう。今回発動したスキルは【フラグ破壊】って名前だった。俺は死亡フラグっていう、誰かが死ぬかもしれない未来の兆しを見た。それを、スキルの力で壊したんだ」
部屋に静寂が流れる。
「……ってことは、あのゴブリンとの戦い、本当は誰かが死んでたってことなのか?」
ジョッシュが、思わず眉をひそめる。
「多分、そうだと思う。だけど俺のスキルが、それを壊す選択を提示してくれた。今回の場合は、『持ちこたえろ』って……。ギリギリだったけど、結果的にオクトヴィアみなさんが助けに来てくれた。あれも、スキルが引き寄せた結果かもしれない」
「でも……未来が見えたからって、必ず助かるとは限らないですよね?」
クリスの声には理知的な冷静さがあった。
「うん、そこは間違いない。選択と行動次第じゃ、逆に悪くなるかもしれない。けど——未来を知って選べるってのは、大きなことなんだと思う。今のところ、フラグ破壊は死亡フラグにしか反応しないけど……」
ソーマは少しだけ笑い、言葉を切った。
「それと、もう一つ。ジョッシュ、お前のギフト——【野球】について、俺のギフトが何か教えてくれた気がするんだ」
ジョッシュが、反応を見せた。
「野球について……?」
「うん。正直、今までは『なんだそりゃ』って思ってたよな。でもな、ギフトが俺に教えてくれた知識が、野球がとんでもない可能性を秘めてるって……教えてくれたんだ」
「可能性……?」
ジョッシュが言葉の意味を咀嚼するように繰り返す。
「そう。使い方次第では、ジョッシュはもっと強くなる。技術も戦術も、全部一から構築できる。今は理解されないギフトかもしれないけど、いずれそれは”希望のフラグ”になるって、俺は信じてる」
しんと静まる空間で、ジョッシュは拳を握った。
誰にも認められなかった、自分のギフト。
それが、希望と呼ばれた。
ソーマの言葉が、ジョッシュの胸の奥深くに火を灯す。
「……ありがとう、ソーマ。俺、やっぱこのギフトで戦いたいって思ってた。どこかで、間違ってないって信じてたんだ」
「間違ってないよ。むしろ、これから俺たちはその間違ってるように見える選択を選んで進んでいくんじゃないかな」
ソーマが微笑むと、クリスもそれに応じて笑った。
「アストレイ——王道ではない人たちの名前に、ぴったりだね」
「もちろんだよ。オレたちは、【アストレイ】だからな」
王道じゃない。
正道でもない。
でも、だからこそ選んだ道。
この部屋で語られたのは、一時間にも満たない会話だった。
だが、それは間違いなく——新しい未来のフラグだった。
分からない事は全部フラグが教えてくれた。
今後便利になりそうな設定になりそうです。
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