第74話:「やっと気づいたんだ?」
「付き合う相手は、芽衣ちゃんじゃないとダメ?」
教室で小さく、だけどしっかりと告げられたその言葉は、二人だけの教室にたしかな質量を持って響く。
「赤崎……!」
「……答えて」
おれは射竦められたように少し黙り込む。
実際、その答えを出すのは難しくない。ずっと前から、それこそ物心ついたからおれの胸の中にあるものだから。
今、ここで口に出すのが、少し難しいだけ。
だとしても、今さらそこに嘘をつくわけにはいかない。
おれは、息を短く勢いよく吐いてから、赤崎の目を見据える。
「……うん、芽衣じゃないとダメだ。……だから、ごめん」
そして、膝に手を置いて頭を下げる。
すると頭上から、呆れたような、それでいてちょっと優しい声が降ってきた。
「……ごめんって何かな?」
「おれは、赤崎とは付き合えない……」
おれが頭を下げたまま言うと。
「っくふふ……!」
……え? 今……?
その声を訝しんだおれが顔をあげると、にたぁーっと赤崎が笑っていた。
「赤崎……?」
「いつ、私が勘太郎くんのことを好きだなんて言ったの?」
「…………え?」
素っ頓狂な声が漏れる。今、おれは相当に間抜けな顔をしているだろう。
「いや、それは……吉野が、というか、推理するとそうなるっていうか……」
「おっ。それはどんな推理?」
「『おっ』ってなんだよ……?」
しどろもどろのおれとは対照的に余裕の笑みで前屈みになる赤崎に、おれは今朝吉野とした推理を話す。
要するに、赤崎がおれのことを好きじゃないとおれを偽装彼氏に任命しないだろう、という仮説だ。
一通り聞いた後、赤崎は心底楽しそうにしていた。
「そっか、やっと気づいたんだ? そうだよね、私が勘太郎くんに嘘の彼氏を頼む理由なんて、それしかないよね!」
「じゃあ、やっぱり赤崎はおれのこと……?」
「ねえ、それ、芽衣ちゃんも気づいたのかな?」
その態度におれが混乱していると、赤崎は質問を重ねてくる。
「えっと、芽衣には、昼休みにおれが話したけど……」
なかば呆然としながらそこまでいうと、そこですぅっと目を細められた。
「……それで、芽衣ちゃんはなんて?」
「いや、別に……」
「はあ……」
赤崎は一変して、深くため息をつく。
「しぶといなあ……どこまでも現状維持ってことか……」
「赤崎ごめん、おれ、何がなんだか……」
「だから、私は聞いたんだよ。『付き合うのは、芽衣ちゃんじゃないとダメ?』って。芽衣ちゃんの現状維持に対するこだわりはちょっと並々ならないというか、一種の狂気すら感じるもの。このままじゃ、誰がどんなサポートをしても芽衣ちゃんはなびかない可能性が高いよ」
そして、一息だけついて、赤崎は再度おれに問い直す。
「それでも勘太郎くんは、芽衣ちゃんと付き合うことを目指すの?」
「なんで赤崎はそこまでしておれのこと……」
「今は、私が質問してるの」
赤崎の真顔に、もうこれ以上隠し切ってはいけないと悟る。
「ごめん、赤崎。実は芽衣が現状維持にこだわるのには理由があるんだ」
「え? どういうこと?」
今度は赤崎が顔をしかめる。
おれはふぅ……と息を吐き、バクバク鳴る心臓をなだめる。
よし、言うぞ、芽衣。いいな?
返事のあるはずのない問いかけを、今頃、駅までの道を歩いているであろう幼馴染に投げかける。
『その……もし、七海ちゃんが本当にそうだったらさ。あたしは勘太郎を見習って、全部、正直に話したいと思うんだけど、いいかな?』
赤崎がそうなのかは分からないが、だけど、あの時、おれたちはこの秘密を耳打ちする権利をお互いに託したはず。
「あのな、赤崎」
「うん……?」
よし、言おう。
「芽衣は今、うちに居候してるんだ」
「……………………ほぇ?」
あまりのことにキャラがブレるような返答をした赤崎に対して、おれはかくかくしかじかと、芽衣が告白を未遂にさせた理由を話した。
説明を終えると、赤崎はこめかみに指をあてて、眉間にしわをよせる。
「えっと……つまり……え? 芽衣ちゃんのご両親が海外に行っちゃって? その間、幼馴染の勘太郎くんの家に居候することになったんだけど、同居の条件が二人が『なんでもない』ことだってこと……?」
「……そういうことだ」
「しかも、それを勘太郎くんは当日まで知らなくて、たまたま告白しようとした日に芽衣ちゃんがそれを察して告白を未遂にさせた……と?」
「そう」
「……そんな漫画みたいなことが本当にあると?」
赤崎の言う通りだと思う。でも、実際にあったんだから仕方ない。
「本当にあるんだよ」
「本当の本当の本当に……?」
「うん、誓って真実だ」
「嘘でしょ……!? だとしたら、それって……」
赤崎がうつむく。
膝の上で丸め込まれた両手がぶるぶると震えているのが見えた。
そりゃあ、おれと芽衣でずっと騙していたようなものだ。
赤崎も戸惑うだろうし、どんなに怒られても仕方がない。
「赤崎、その……」
何の言い訳も思いつかないが、おれが声をかけると、
「だと、したら、さ……!」
赤崎は震える声を出してから、ガバッと顔をあげる。
その顔には、
「すぅっっっっっごく尊いシチュじゃない!?」
この上ない興奮と愉悦の表情が浮かんでいた。




