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第68話:「これ、誤解してもあたし悪くないよ?」

 一夏町ひとなつちょう駅を出発した電車に並んで座って、おれたちの家の最寄駅もよりえき秋ヶ瀬(あきがせ)駅へと向かっていた。


 まだフードをかぶったままで赤ずきんちゃん状態の芽衣めい他愛たあいない会話をしながらも、おれは時折ときおりカバンに手を入れてそこにある固い感触に、ゴクリとつばを飲む。


 先ほど芽衣のために買ったヘアピンが、家に近づくにつれて急に妙な重量感を持ち始めていた。


勘太郎かんたろう? どうかした?」


「え、な、なにが?」


「いや、その反応とか全体的に……」


 芽衣がこちらを心配そうに見上げる。


「べ、別に大丈夫だけど……」


「もしかして、具合悪い? パーカー返そうか?」


 フードの付け根あたりを両指りょうゆびでつまんで首をかしげてくる。


「いや、全然大丈夫。電車降りたらまた寒いだろ」


「そう……? 分かった……」


「えーっと……何の話だっけ?」


 おれは今さらかもしれないが、緊張を気取けどられないように直前の話題に話を戻すよううながす。


「あたしのクリスマスのプレイリストの話」


「ああ、そうだ」


 おれは心の中でそっとひざを打った。


 クリスマス大好きっ子の芽衣はスマホを買ってもらってから毎年、クリスマスソングのプレイリストを作っている。12月に入るとそれを聞いてクリスマスに向けてテンションを上げるらしい。


 去年だか一昨年おととし、年末に親戚しんせきで集まった時おれがその話をしたら、


『へえ、私たちの世代はカセットで作ってたけど、今の子はプレイリストなんだあ! 時代が変わっても媒体が変わるだけで、やることは変わらないもんねー』


 と、深いようで別にそうでもないことを言っていた。


 ちなみに同席していた従兄弟いとこりゅうくんは『僕の時はMDだったなー。懐かしい』と言っていた。


「プレイリスト、今年も作るのか?」


「まあ、そりゃね。って言っても、去年とそんなに曲目が変わるわけでもないんだけど」


「それもそうだよな」


 定番化しているクリスマスソングぜいが強すぎて、なかなか新しい曲が入っていく余地よちがない印象がある。


「ちなみに去年のは?」


「はい」


 おれが聞いてみると、芽衣はスマホを操作して、去年作ったらしいプレイリストを見せてくれた。


「この曲、初めて見た」


 大体有名曲だったが、そこには、有名男性ソロシンガーソングライターの知らない曲が。


「え、これめっちゃいいよ。毎年これだけは絶対入れてる」


「どんな曲?」


「あー……イヤフォン忘れちゃった。せっかくのチャンスだったのに……」


 おれがたずねると口惜くちおしそうに唇をゆがめる。なんのチャンスだったんだ。


「歌ってくれればいいよ」


「歌うわけないじゃん、ここ電車の中だよ……?」


 半目はんめでじろりとにらんでくる。


「電車の外でも歌ってくれないくせに」


「うっさいなあ……。歌詞的には、クリスマスにプロポーズしようとして緊張してる男の人の歌」


 へえ……、とおれがうなずいていると、芽衣の顔がふにゃける。


「いいよねえ、憧れるよねえ、クリスマスにプロポーズ……!」


「いや、クリスマス好きすぎるだろ……」


 片頬をとろけそうにおさえる芽衣。ずいぶんとベタなロマンチックをこのむらしい。……覚えておいた方がいいか?


「まあ、クリスマスじゃなくてもいいんだけど、冬に指輪をもらうっていうのがさあ……」


「指輪、ねえ……」


「まあ、指輪じゃなくてもいいんだけど、なんか寒い季節にそういう意味のあるプレゼントをもらうっていうのが最高っていうか……」


「段々理想が下がってる気がするけど……?」


 おれがツッコミをいれると、ふにゃけた顔を照れ笑いに変えて、


「あはは、まあ、なんでも嬉しいもんなんじゃないの? 分かんないけど」


 と会話にフタをした。


『まもなく、秋ヶ瀬駅です』


「ほら、降りよ?」


 そして、赤いパーカーのポケットに手を入れて立ち上がる。





 電車を降りて駅を出たところで、おれはもう一度カバンの中の袋を触る。


 ここで勇気を出せないままだと、家で親に見られてる中で渡すことになりそうだ。


 そもそも別にこれはなんてことないただのお礼だ。あれだけ長い時間おれの買い物に付き合ってもらったんだ。すごく高いもんじゃないし、コーヒー一杯分くらいの贈り物くらい、しても変じゃない。


「め、芽衣」


 心の中でたくさん言い訳をしたあと、よし、と勇気を出して半歩前を歩く芽衣を呼び止める。


「ん? どうしたの?」


 パーカーのポケットに手を入れたまま振り返る芽衣。


「その……」


「あ、やっぱりパーカー返す? 寒いよね?」


「いや、そうじゃなくて……」




 意を決してカバンからそっと袋を差し出す。





「その……これ。今日のお礼っていうか……」


「えっ……!」


 芽衣が目を大きく見開いて息を呑む。


「これ……いつ買ったの?」


「芽衣がトイレ行ってる時……」


七海ななみちゃんと話してたんじゃないの?」


「いや、その前に一人で」


「そ、そうなんだ……」


 小さな袋を、その指先で受け取ってくれた。


「……開けてもいい?」


「う、うん。いや、ただのお礼だし別にラッピングしてねえし、そんな大したものじゃないから、本当に……!」


「ねえ、この大きさもしかして……指輪だったりしますか?」


「ちげえよ……!」


「あ、はは、冗談です……!」


 芽衣の渾身こんしんのジョークだったらしいが、こちらにも余裕がないのでやめていただきたい……!




「わあ……!」




 手提げ袋から、透明のフィルムに入れられた、厚紙をはさんでいるヘアピンを取り出して、小さく歓声かんせいをあげる。


「これって、花言葉のヘアピンのところ?」


「ああ、うん……有名なのか?」


「うん、ちょっと変わったコンセプトだからhitona(ヒトナ)の中ではちょっと有名なお店なんだけど……」


 言いながら、芽衣はパッケージに書かれた文字を読む。


「へえ、『ピンクのバーベナ』……。花言葉は……?」


 あれ、書いてないっけ? と思って見てみるが、『ピンクのバーベナ』としか書いてない。


 そうか、お店の値札のところには書いてあったけど、パッケージには書いてないのか。


「……形で選んだだけだから、別に」


 なんだか、自分の口から説明するのも恥ずかしく、言葉をにごす。


「ふーん……?」


 芽衣がスマホを取り出して操作し始めた。多分、花言葉を調べてるんだろう。


 たしか、書いてあったのは『家族の和合わごう』だった。『和合』がなんなのか分からないけど、きっと、家族団欒かぞくだんらん的な意味の言葉だろう。


 おれは芽衣になるべく早く、あの家を自分の家だと思って欲しいし、期間限定でもいいのでうちの両親も含めて家族だと思ってもらえたらと思っている……というところまで言うと、さすがに押し付けがましいし恥ずかしいので口にはしないけど。


「ねえ、これって……?」


「なんだよ」


 おれはそっぽを向いてなんでもないふうよそおっていると、芽衣が小さくつぶやく。


「……勘太郎、これ、誤解してもあたし悪くないよ?」


「はあ?」


 なにが……? とおれがそちらをみると、芽衣は泣き出す直前みたいに顔を真っ赤にして、スマホを見せてくる。


「んな……!」


和合わごう』の意味の二つ目に書いてあったのは。




『男女が結ばれること。結婚すること。』


 


 おれは慌てて手を横に振る。


「ち、違う、そうじゃなくて……!」


「じゃ、じゃあ、なぁに……!?」


 お、おれが言いたかったのは……。


「芽衣とちゃんと家族になりたいって……!」


「それって……何が違うの……!?」


「う……!」


 そりゃ、そうとも取れますよね……!


 おれが言葉に詰まったのを見てから、芽衣はくるりとこちらに背を向けた。


「勘太郎、か、形で選んだんだよね!?」


「お、おう……!」


 背中越しでも赤い顔をしていると分かる声音こわね


「そっか、わ、分かった……!」


 そう言ってから芽衣はパーカーのフードでもぞもぞと手を動かして、またこちらを振り返る。


「ど、どうかな……?」


 その髪には、ピンクのバーベラのヘアピンがとまっていた。


「っ……!」


 おれは店員さんの言葉を思い出し、その意味を痛烈つうれつ強烈きょうれつ熱烈ねつれつに実感していた。




『……プレゼントした途端とたんに付け始めたら可愛くないですか?』




 本当にその通りです、最高でした、店員さん……!!




「ちょっと、黙ってないでなんとか言ってよ、勘太郎……! そのガッツポーズは何……!?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 相手の好きなシチュエーション覚えるとかもうゾッコンじゃん!! 2人ともいつ素直になるのかねぇ
[一言] もうあれこれ理由付けて誤魔化さずに素直に付き合えよ2人ともww 砂糖供給過多で血糖値がヤバくなりそうw
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