第63話:「ちょっと近々出費もありそうだし……ね?」
「もしよろしければ、お二人のお話を聞かせていただけませんか?」
「うん、もちろん大丈夫だよ」
「「え、いいの?」」
小佐田さんからの突然の依頼を快諾する芽衣に、おれと赤崎が目を丸くする。
「え、なんでそんなに驚くの? だって、菜摘ちゃん……って呼んでいいかな?」
芽衣が一度小佐田さんに確認して、
「はい、もちろんですっ!」
許可を受けて続けた。
「うん、ありがとう。菜摘ちゃんが頼ってくれてるんでしょ? せっかく会ったのも何かの縁だし」
「芽衣さん、すっごく良い方ですね……!」
小佐田さんはほわぁーっと口を開けて芽衣を拝むように見上げている。
「いや、本当に……! 芽衣ちゃん、聖人?」
さすがの赤崎も驚いたみたいだ。
「そこまでのことじゃないと思うんだけど……? それじゃ、どこかちょっと落ち着いたところで……。そこのカフェでいいかな?」
「はいっ!」
本当にこんなこと引き受けて大丈夫なんだろうか……? と気遣い屋の顔を見ていると、その視線に気づいたらしい芽衣がおれの耳元にそっと唇を寄せて、
「そんな顔しなくても、ちゃんとあとで勘太郎の服は選ぶよ?」
と言ってから顔を離してにひひ、と笑う。
いや、そんなことはいいんだけど、いや、もちろんありがたいんだけど、いや、いい匂いしたな、え、おれと同じシャンプー使ってるわけじゃないの……? 風呂場にはひとつしかなくない?
「……ということで、始めさせていただきます!」
カフェに入って店員さんに4人分のコーヒーやら紅茶やらを頼んだ後、ノートをテーブルの上に出して目を爛々と輝かせる小佐田さん。
その横には赤崎がいて、向かいにはおれと芽衣が横並びになって座っている。
「うん、なんでも聞いて!」
芽衣も笑顔で胸を叩いて応じた。
おれが向かいを見ると、赤崎が呆れた顔をして小佐田さんを見ている……かと思いきやそんなことはなく、むしろ前のめりになって芽衣の顔を見ている。
「赤崎、なんかワクワクしてる?」
「え?」
不意をつかれたように、こちらを向いた。
「そう見える?」
「うん」
「ワクワクっていうか……。そうだなあ、芽衣ちゃんとこういうカフェにくるの久しぶりだなって思って」
「そうだね、たしかに」
芽衣が応じる。相変わらず無防備というか、あまりこの状況を危機には感じていないらしい。
「……勘太郎くんとは久しぶりじゃないけどね?」
「……カフェなんか一回も行ったことないだろ」
「そうだね、あはは」
無駄に揺さぶりをかけてくるが、おれも嘘にならない範囲で突き返す。
おれの気持ちを分かってくれている赤崎にも別に本気にかき乱す意図はなかったらしく、すぐに矛をおさめてくれた。おさめてくれたっていうか最初から出すなよ。
「ん……?」
「続けて?」
「うん……?」
少し疑問に思ったらしい芽衣がこちらに眉をひそめてくるが、赤崎が本題への帰還を促す。
「まあ、そうだね。それで、菜摘ちゃんは何が聞きたいのかな? 受験のこと? 部活のこと? 入学してからの授業のこと?」
「へ? 受験……ですか?」
「え?」
二人して素っ頓狂な声をあげる。
なるほど、芽衣が妙に落ち着いてると思ったらそういうことか……。
「あれ? 菜摘ちゃんが中学生で、高校受験のこととか、うちの高校のこととかを聞きたいんじゃないの?」
「いえ、わたしは高一ですが……?」
「え、そうなの……? あれ?」
おっと。まだ飲み物も来ないのに取材が終わりを迎える予感がするぞ……?
「ごめん、菜摘ちゃん……じゃあ、何が聞きたいの?」
「えっと……」
こうなってくると小佐田さんも言いづらいと思ったのか、てへへ、とごまかし笑いじみたものを浮かべてから、
「すみません、幼馴染についてです……!」
ガバッと頭をさげた。
「幼馴染について……?」
そうだよな、芽衣、意味わかんないよな……。
「えーっと、なんか、小佐田さんは幼馴染の研究をしているらしいんだ」
「幼馴染の研究……?」
おれが助け舟を出しても芽衣の眉間に作られたしわはそのまま。そりゃそうだ。おれも同じくらい意味分からなかったもん。
「芽衣さん、あの、『もう一度、恋した。』って漫画、ご存知ですか?」
自分の不始末は自分で解決するくらいの気概は持っているらしい小佐田さんは、おずおずと右手を挙げて質問する。
「ああ、うん、なんか流行ってるやつだよね……? 読んだことはないけど……」
「読んだことないのっ!?」
ガタン、と音を立てて赤崎が立ち上がりかける。
「え? う、うん……」
「どうした赤崎……?」
「ななちゃん……?」
赤崎以外の3人が目を丸くして見上げた。
「い、いえ。芽衣ちゃんは流行に敏感なほうなのかと思ってたから。ちょっと驚きすぎちゃったよね、ごめんごめん」
赤崎は咳払いをしながら席に座り直す。
「……えっと、なっちゃんごめんね、話続けて?」
「あ、うん……!」
くしくしと小動物的な動きをしている小佐田さんに、今度はおれが聞きかじった程度の知識を披露する。
「なんか、その漫画って、幼馴染の話なんだろ? この間、同級生が言ってた」
「同級生って?」
「吉野」
「……へー」
「……なんだよ」
芽衣のジト目に身をよじっていると、斜め向かいの小佐田さんが嬉しそうににこぱっと笑顔を弾けさせる。
「そうなんですっ、幼馴染ものなんですっ! わたし、その漫画が大好きで何回も読んでいたら幼馴染って関係性の素晴らしさに気づいてしまって……」
「へえ……」
輝く瞳で天井の方を見上げる小佐田さん。そっちに幼馴染の神様でもいるのか?
「そっか、ごめん、あたしてっきり菜摘ちゃんが中学生でうちの高校を受験するとかでいろいろ聞きたいのかなって……早とちりだったね」
「いえいえ! すみません、そうですよね、わたしの幼馴染研究の話していたの芽衣さんがいらっしゃる前でしたから、あのタイミングだったらそう思いますよね……!」
そう言ってから、
「本当に、失礼しました……!」
寂しそうな笑顔を浮かべてノートをしまおうとする小佐田さん。
「あ、ま、待って!」
「はい?」
小佐田さんはそのままの笑顔で首を傾げた。
「その……幼馴染についてでも全然なんでも聞いて? 幼馴染がいるのは事実だし! ね、勘太郎?」
「お、おお……」
芽衣の気持ちはわかる。
なんだかさっきの狂気じみたところを見てもなお、そんなに儚い表情をされるとさすがに悪いなとは思ってしまう。……やっぱりもう懐に入られてしまっているのだろうか?
「本当ですか……? ご迷惑じゃないですか?」
「迷惑じゃないよ! むしろ、うん、あたしもちょっと話したいかも? みたいな」
芽衣さん、それは言い過ぎでは……? 優しいところが出過ぎてしまっている。
「というか、あたしも読んでおけばよかったね、その漫画。そしたらもうちょっとその気持ちわかってあげられたかもしれないのに」
「いえ、そんな、『本物』がいらっしゃるのですから、その良さはきっとお分かりになるはずです……! もちろん是非読んでいただきたいですが……!」
小佐田さんがへりくだりながら眉毛をハの字にして笑う横で。
「……!」
赤崎がうずうずした感じで芽衣を見ている……?
「今日はまだだけど、読んでみるよ。あたしのお小遣いでいきなり全巻買うのはちょっとハードル高いけど。ちょっと近々出費もありそうだし……ね?」
「ああ、おう、まあ……」
芽衣がおれを見て意味ありげに首をかしげる。先ほど話していたクリスマスプレゼントのことを言いたいのだろう。おれは口の中で同意ともつかない言葉をもごもごとつぶやいた。
「ねえ勘太郎、夏織ちゃんが持ってるっぽかった? 借りれたりするかな?」
助けを求めるモードに入っているのかなんなのか、おれの袖をくいくいと引っ張って芽衣が続ける。
「いや、吉野は読んだことないって。ほら、あいつ幼馴染が苦手だとかどうとか言ってただろ……」
と、おれが思い出しながら言うと。
「…………え?」
と目のハイライトを失った小佐田さんがこちらをじっと見ていた。……え?
「そんな方がいらっしゃるのですか? 幼馴染が苦手だと、そうおっしゃる方がいるということですか?」
ヤンデレ彼女が包丁を持って彼氏を追い詰めるときのような顔をしている……!
「えーっと……苦手って言うのとはちょっと違うかもだけど」
なぜかおれも追い詰められた彼氏のように冷や汗をかいて謎の弁解をする。
「へえ……変わっていらっしゃいますね?」
「ああ、うん、そうだね……」
……変わってるのはどっちだろうか。小佐田さん、目が据わってて怖いなあ……。
「うーん、じゃあ誰かに借りれるか聞いてみようかなあ……」
今のやりとりに恐怖感を感じなかったのか、芽衣がおそらくクラスメイトの顔を思い浮かべて思案していると。
「……るよ」
赤崎がすごく小さい音量で何かをごにょごにょとつぶやいた。
「へ?」
「……私、貸せるよ」
「「……え?」」




