第60話:「あたしの前で見栄はらなくてもいいのに」
「あたし今日初めて知ったんだけど、男性の服って女性向けより高いんだね」
たこ焼きを食べ終わり、水を飲みながら芽衣がぼやく。
「そうなの?」
「そうなんだよ、どれも2倍くらいする……。なんでだろ? 男の人の方がお金持ってるとか……?」
「大人はそうなのか……? おれらくらいの歳じゃ変わんないけどな」
「ね、気の毒だね、高校生男子。ちなみに勘太郎、今さらだけど一着にいくらまで出せる?」
今日の予算ということだろうか。
「んー、ものによるけど、お年玉崩して持ってきたから……あー……5000円、くらい……?」
「お、結構出せるんだ?」
驚いたような感心したような顔を作られるので、ちょっと言い過ぎたことを反省して撤回する。
「……本当は3000円くらいかも」
「あはは、あたしの前で見栄はらなくてもいいのに」
芽衣が弟かなにかを見るような目で笑う。
まあ、本当の本当は服に興味がないおれからすると3000円でも少し高いなあとは感じるのだが、予算を減らすと芽衣の選択肢を減らして苦しめるだけだ。これ以下の金額は見栄とかではなく言うべきじゃないだろう。
「……3000円でも、買えるものありそうか?」
「うん、あるっぽかったよ? じゃあ、やっぱりパーカーとかなのかなあ。そしたら勘太郎の今持ってるものとも合わせられるし変化もつくし……。ほかに何かこれ欲しいとか希望ある?」
「いや、芽衣を信じるよ。芽衣が選んだなら『Everyday is good!』のパーカーだって着る覚悟がある」
「なにそれ、おだててるつもり?」
ジト目でおれの顔を覗き込んでくる。
「事実を言っただけだ。ていうか正直、あれも悪くない気もしてきたなあ……」
「ほんと?」
ぱあっと顔を輝かせておれの目を覗き込んでくる。
「うん……いつの間にか。マグカップ使ってるからかな。なんとなく可愛く思えてきたっていうか」
芽衣が選んだと思うとなんだか好ましくなってくる。
「でしょでしょ? こうやってセンスをこちら側に寄せていけばゆくゆくは家具とかもあたし好みに……」
「いやまあ、それはうちの両親との話し合いもあるから」
「へ? あ、そ、そうだね……!」
なぜかこのタイミングで頬を赤くしてくしくしと自分の髪をいじりながらうつむく芽衣。
「どうした?」
「な、なんでもない……」
それだけ言ってから、気を取り直したように顔を上げた。
「ま、まあ、でも! 『Everyday is Good!』は、小沼くんとかぶっちゃうかもしれないから勘弁しておいてあげるよ」
「あーたしかに。同じ学校でもないし休日一緒に出歩くわけでもないから実害はないけど、なんか向こうにも申し訳ないし……」
「だよねー」
芽衣が苦笑いする。
「あとはそうだなあ。パーカーじゃなくても、あとはマフラーとかにしてもいいね。あと、手袋とか?」
「なんかクリスマスプレゼントみたいなラインナップだな、それ」
「たしかに……」
ふむ、と少し考えるような仕草をしてから、
「ねえ、クリスマスプレゼント、欲しい?」
芽衣はおれに問いかけてくる。
「え? 芽衣から?」
「そう、あたしから」
じっと見つめられて、おれはなんとなく視線をそらす。
……そりゃ、欲しいに決まってる。
決まってるけど、なんかここで「欲しいです!」っていうのはかっこ悪い気がするし、恥ずかしい気がするし、照れくさい気がするし……。
「あー、いや、別に……」
ちょっとした逡巡のあと、口の中でもごもごと答えると、
「あっそ? じゃあいっか」
芽衣が想像以上に淡白に切り捨ててしまった。
「あっ……」
降って湧いて、そして瞬時に立ち去っていく『芽衣からクリスマスプレゼントをもらえる権利』の後ろ姿に、つい右手を上げてしまった。
「なーに、その顔?」
おれの反応を見て余裕を取り戻したらしく、にやにやとこちらを見る幼馴染。
「いや、あの……」
「変な見栄はいらないって言ってるのに、忠告を聞かないからそういうことになるんだよ?」
「……すみません」
「……欲しがってくれる?」
「はい、欲しいです……」
あはは、と芽衣が楽しそうに笑った後、
「……ま、それじゃあ考えておくよ。何が良いかなあ」
と優しく微笑む。
「……ありがとう」
おれがお礼を言うと、
「あのね、勘太郎」
テーブル越し、芽衣が身を乗り出してくる。
「あたしが勘太郎にプレゼント買うってことは、勘太郎もあたしに何か準備するってことだよ?」
「……分かってるよ」
そんなの、芽衣がくれなくたって渡すつもりでいる。
「ほんと? うへ、めっちゃ楽しみ」
それが、瞳を輝かせて笑う芽衣の期待を裏切らないものでありますように。
おれは少し緊張して、拳をぎゅっと握り締めた。




