第58話:「んぇ…………!?!?!?」
小沼兄妹と別れて、いくつか店を回る。
「ううーん……」
とはいえ、なかなか良い服が見つからないらしい。
いやいや、「見つからないらしい」ってお前の服の話だろ、そんな他人事な。とは自分でも思うが、おれには芽衣がそこまで迷う理由が分かっていないのだ。
どれも同じ服に見えるというとさすがに言い過ぎだが、どれを買っても同じという感じはする。結果的に着るのはおれなわけだから、別に服が劇的によく映えるということはないだろうし。
「神の一着はどこかな……」
あと、目指す目標が高くなりすぎてるし……。
「芽衣、大丈夫か……?」
「だ、大丈夫……! んんー、おとなしく池袋に行くべきだったかなあ……」
「でも、二日連続であそこに行くのはちょっと大変なんじゃないか?」
池袋はめまぐるしい。人に酔うという感覚があそこに行くとよく分かる。
「そうなんだよね……疲れちゃうよね……」
「うんうん。昨日も寝られてないみたいだし、こっちでよかっただろ」
おれがそう言うと、
「へ? あたしの話してんの?」
と怪訝そうな顔をして振り返ってきた。
「あたしは勘太郎の話してるんだけど……? 昨日、ギター抱えて池袋のごみごみした中あっちこっち歩いたから疲れてるでしょ?」
本当に、この人はいつもいつも……。
「おれのことなんかどうでもいいよ……。芽衣、昨日今日で合計何時間寝たんだよ?」
「それこそどうでもいいでしょ。まあ実はもっと近場で瀬川のマルイとも思ったけど、あそこはさすがに高校の生徒がいるだろうし……」
「まあ、そうかもな……」
瀬川駅はその名の通りおれと芽衣の通っている瀬川高校の最寄駅である。
「……っていっても小沼くんに会ったってことは、一夏町に住んでる夏織ちゃんとか西山くんとかに会うかもってことだけど」
「フラグ立てるなよ……」
「ん、ここかな……!?」
おれがぼやいていると、芽衣は妖気を感じたみたいに立ち止まり、「……いくよ」となんだか覚悟したようにおれを先導しながらお店に入っていく。
「勘太郎、そこに立って」
ハンガーにかかったトレーナーをいくつか持った芽衣がおれに指示をする。
「はい」
「き、を、つ、け!」
おれの立ち方が気に入らなかったらしく、腰に手を当てながら叱られた。
おれはピシッと背筋を伸ばす。
「よし」
満足げにうなずくと芽衣はおれにトレーナーをあてがって、
「うーん……こっちかな……いや、色はこっちのがいいかな……?」
と比べたりしている。
おれをマネキンにしてうーんうーんと唸っている芽衣は可愛い。可愛いって言うか、嬉しいの方が近いか。いややっぱり可愛いな。
「……なにニヤニヤしてんの? モデルがそんなニヤニヤしてるファッションショーなんか見たことある?」
あのさあ……みたいな感じで芽衣が文句を言ってくる。
「ニヤニヤしてないしおれはモデルじゃないしこれはファッションショーじゃないしファッションショーは見たことねえよ。ていうか芽衣もファッションショーなんか見たことないだろ?」
「実物は見たことないけどファッションショーでは笑わないってことは知ってる」
「……芽衣、おれの本棚勝手にあさっただろ?」
そんでもって『ランウェイで笑って』を読んだだろ。
「……なんのことかしら? あたしにも分かるように説明してもらえる?」
「分かるようにしか言ってねえよ……。いや別に良いんだけど……」
どちらかというと芽衣がおれの部屋に一人でいるところを想像するとなんだか事後的に緊張すると言うか。
……まあ今さらだな。
ふう、と一息つく。
「この店終わったらいったん飯食おうぜ。ここ、銀だこあるみたいだし」
誤魔化せたつもりなのかなんなのか別のトレーナーを取って来た芽衣に声をかけた。
「まじで!?」
芽衣が瞳を輝かせる。
銀だこは芽衣の大好物だ。小さい頃、うちの親が買ってきた銀だこを二人でよく食べていた。あの頃のおれたちにとっては相当なごちそうだったな……。
「ていうか勘太郎、なんでここに銀だこあるって知ってるの!? 買い物しないのに」
「いや、さっき入り口でマップ見ただろ。その時に。芽衣は気づかなかったのか?」
「だってマップでは服のお店の場所しか見てなかったから……」
芽衣が拗ねるみたいに唇をとがらせる。
男性用の服屋がどこにあるのかは知らないから見てくれていたってことだろう。
「それはどうも……」
「べ、別に、勘太郎のためっていうか、勘太郎の服を選ぶあたしのためっていうかなんていうか……!」
「どちらにせよありがとうだよ。まあとにかく、今日は銀だこにしよう。芽衣が好きだから」
おれがそう言うと。
「んぇ…………!?!?!?」
文字にしづらい発音で驚いてからパクパクと口を動かしている。
「か、か、かん…………!」
「おい、どうした……?」
「え、いま、ルール……え? なに……? いきなりどうして……!?」
「はあ?」
おれが芽衣の好物を覚えてたことにそんなに感激してくれているのだろうか。いやこれは感激っていうかむしろ動揺と困惑だな。もっというとパニックだ。
「大丈夫か?」
「か、かんたろう……!」
「おれの名前で言語能力退化するのやめてくれ。……なんだよ?」
「い、いま、めいがすきっていった……」
「はあ……?」
なんだそれ。おれは今の自分のセリフを思い返す。
『どちらにせよありがとうだよ。まあとにかく、今日はそうしよう。芽衣が好きだから』
ああ……そういう……こと……ですか……!
『芽衣が(銀だこを)好きだから』を『芽衣(のこと)が好きだから』に聞き間違えたってこと……?
いやー、やっちまった感はあるけど、これはおれは悪くないだろ……。
自分に言い訳して正当化して、なんとか気恥ずかしさを噛み殺した。
そして、もう一度芽衣の顔をみる。
「かんたろう……!」
まだ言語能力が退化したまま真っ赤になって瞳をうるませている。
……なかなか見られない珍しい顔なので、もう10秒だけこのまま泳がせておくことにした。
「な、なんとかいってよぉ……!」




