第55話:「七海ちゃんは勘太郎の彼女として来たってこと?」
秋晴れの気持ち良い陽気が差し込む電車の中、おれと芽衣は並んで座っていた。
「今日は何を買おっか?」
「え、服じゃないの?」
芽衣の質問の意味が分からず、聞き返す。
「いや、そうだけど……。例えばTシャツ欲しいとか、アウター……じゃなくて上着欲しいとか、マフラー欲しいとかあるでしょ?」
アウターじゃ分からないだろうと思ったのか、さりげなく言い換えてくれる。助かる。
「ああー……。うーん、今のおれの服に何が足りないのかよく分からないからなあ」
「まあ、それもそうか。だからあたしが一緒に買いに来られたわけだし」
言葉尻にほんのり「来たかった感」がにじんでいて少しくすぐったい気持ちになる。
「まあ、基本は上着かなあ。中がユニクロでも上着でまとめたら印象変わるだろうし」
そんなおれのむずむずは気にもとめず、うーん……と引き続きおれの服について考えてくれているらしい。
「そういえば、芽衣っていつ頃から服とかに興味持つようになったんだっけ?」
「ああ、どうだろう……? あれからだから……中学生くらい?」
「あれからってどれからだよ?」
「い、いいでしょそれは別に……! って言ってもあたし、特におしゃれってわけじゃないから、なんかあんまりハードル上げないでよ」
中学生くらいの頃に服に興味を持つきっかけがあったらしい。まあ誰しも興味を持つときはそれくらいなのかもしれない。
「うーん、芽衣はおしゃれなんじゃないのか? 昨日選んでくれた服、みんな褒めてくれたし」
「みんな? 夏織ちゃんだけじゃなくて?」
「うん、赤崎…………も……えーと……なんでも……ないです……」
おれは途中でボロを出したことに気づいて言葉が尻すぼみになる。
「……今なんと?」
「なんでもござらん」
「なんでサムライ……? もう言っちゃってるんだから洗いざらい吐きなされ」
なんだか芽衣は今日ずいぶんと上機嫌らしく、茶化すような感じで先を促してくれるので、おれも正直に白状することにした。まあ、嘘をつくほどやましいことではないし。
「……赤崎がな、昨日練習にきたんだよ。青井さんも」
「あ、そうなんだ? あー、透子ちゃんと白山くんって付き合ってるもんね」
「そうそう」
「……で、七海ちゃんは勘太郎の彼女として来たってこと?」
ジト目でこちらを見てくる。
「違うって……! 赤崎は青井さんの付き添い」
「ふーん……?」
「なんだよその目は……!」
「べっつにー」
さすがに少し居心地が悪くて身をよじる。
「あー、あたしも管楽器とかやっとけばよかったかなあ」
「なんでだよ」
「だって、せっかく勘太郎がギター始めたって、ドラムのままじゃ一緒には出来ないじゃん。大黒くんがいるんだから」
「まあそうだけど……」
大黒はうちのバンドのドラムだ。一つのバンドにドラムは2人いない。
「あ。そういえば夏織ちゃんから聞いたよ? 勘太郎、夏織ちゃんにギター教えてるんだって?」
話題が変わってちょっとほっとすると同時、その内容に驚いた。
「え? 聞いたの?」
「うん、昨日」
「なんだよ、あいつ秘密みたいなこと言ってたのに……」
ていうか言うならおれと朝電車で会った時に言ってくれれば良かったのに……。
「うん、秘密は秘密みたい。だけど、あたしには教えてくれた」
「ふーん……? そんなに仲良いんだっけ?」
「いや……そういうのじゃなくてね」
「ん?」
なんだか言いにくそうにもじもじしている芽衣を見て首を傾げた。
芽衣は少し迷ったあと、
「……一緒にバンドやらないかって。ドラム叩かないかって誘ってくれたの」
と教えてくれた。
「おお……!?」
なるほど。たしかに吉野が応募しようとしている『青春リベリオン』は、バンドの甲子園だった。弾き語りだったら出られないということもないだろうが、一応バンドを組んでみようと思ったのかもしれない。
「それで、なんて答えたんだ?」
「うーん、『ちょっと考えてみる』って……」
「へえー……!」
「なんか、勘太郎、嬉しそう?」
唇をとがらせて芽衣が聞いてくる。
「いや、なんか、芽衣が楽しいことがあるならいいなと思って」
「そう?」
「うん」
なぜかもう一度念押しみたいに聞かれて頷く。
「ふーん……。あ。ていうか勘太郎、夏織ちゃんの家で吹部の写真めっちゃ見てたらしいじゃん」
「ああー……まあ、そういうこともあったかな……?」
中途半端にとぼけながら吊り広告の方に視線を逃がす。
「どうして?」
だが、芽衣は追及の手をゆるめてくれない。
「……芽衣が見せてくれないから」
「それは『どうして夏織ちゃんの家で見たのか』の答えにはなるけど、『どうしてそうまでして見たいのか』っていう質問には答えてない」
よく気づくなあ、芽衣ちゃん……。
まあ、あんまり隠すとまじで瀬川高校吹奏楽部の箱推しだと思われてしまうな……。
「……芽衣さ、自分であんまり見返してないだろ、あの時の写真」
「うん、だって……」
「泣いてる顔ばかりだから、だろ?」
「……うん」
それはあの学園祭以来、何度か言われていたことだった。
「それで、芽衣は1、2周だけして諦めちゃってるんじゃないかって思ってて。もしかしたら見落としてるだけでどこかに笑顔の芽衣も映り込んでるかもって思ったんだよ」
「え、そのために? わざわざ?」
目を丸くする芽衣。
「うん」
「……七海ちゃんが見たいからとかじゃなくて?」
「なんでだよ……」
「美人だから……」
照れ隠しなのかなんなのか、そんな取ってつけたような疑惑を向けてくるが、おれは呆れ目で返す。
「……それで、あった?」
上目遣い気味で質問される。
「……いや、やっぱりなかった」
「だよねー」
あはは、と笑う。
「……ごめん」
「いやいや、なんでよ、勘太郎悪くないじゃん。むしろ嬉しかったから大丈夫」
「なんで……?」
『まもなく、一夏町駅です』
おれの質問を車内アナウンスが打ち消す。
「よし、着いた!」
立ち上がった芽衣が笑顔で振り返る。
「ほら、いこ!」
一夏町駅から線路沿いに歩いて5分くらいすると、hitonaにたどり着く。
施設に入って一番手前のお店の前で芽衣が立ち止まった。
「ほら、これなんかいいんじゃない? このパーカー!」
ショーウィンドウのマネキンが着ているパーカー(チャックがないやつ)を見て芽衣が瞳を輝かせる。
「ええ、これ……?」
見てみると、その胸元には『Everyday is good!』と書いてある。
「マグカップとお揃い……」
「ね、いいよね! 中で試着してみようよ」
いいとは言っていないのだが、芽衣に背中を押されるまま店に入り、そのパーカーを見つけて、そちらに向かって歩いて行く。
……すると。
「ねえねえ、見て! 『Everyday is good!』がパーカーになってるよ……!?」
「おお、まじか、いいじゃん……! パーカーがちょうど一枚不足してんだよ」
またもやこの間一夏町駅で出会った二人組の、今回は男子の方……小沼拓人君が向かい側から歩いてくる。
「パーカーが一枚不足してるってどういうこと……?」
……今度は波須さんじゃなくて、黒髪の女子と。




