第53話:「あの、その、なんていうか……寒くなってきたよね?」
「二人とも真面目ね……!」
レジで税抜きぴったり5000円の伝票を見て、母親が目を見開く。
「いえいえ、謎解きパズルみたいでちょっと楽しかったです……!」
えへへ、と照れ笑いを浮かべて頭をかく芽衣。別に褒められてないと思うけど……。
「ちなみに父さんと母さんはいくら食べたの?」
ふとその金額が気になっておれが聞いてみると。
「……いくらも食べたよ、なあ母さん?」
「ええ。勘太郎と芽衣ちゃんは先に出て外で待ってなさい」
うわ、絶対かなり食べただろ。はぐらし方が芽衣と一緒だし。寿司屋あるあるか?
しぶしぶ外に出たものの好奇心をおさえられず、窓越しに目を細めてレジに表示された金額をみようとするが、さすがに遠くて見えない。
「くそ……」
おれが歯噛みする横で、
「わお」
と、声がした。
横を見ると、芽衣が「見ちゃった……!」みたいな顔をして舌を少し出してこちらを見た。
「見えたか?」
「……さあ?」
「さあってなんだよ。芽衣、視力いいから見えたんだろ?」
「どうでしょう……?」
あくまでもしらを切るつもりというフリをしているが、おれには分かる。これは本当は言いたくてたまらないという顔だ。おれは詳しいんだ。
「……何円だった?」
もうはぐらかされないように、質問につかう単語を変えて聞いてみると言いにくそうに芽衣が口を開く。
「……いちまんごせん」
「いちまんごせん!?」
「ちょっと、声おっきいから……!」
言っちゃった罪悪感であわあわとする芽衣。
「おれらの分も合算してなのか、二人だけでなのか……? いずれにせよおれたちの倍以上食べてるな……」
「ほら、大人はお酒とかも飲むだろうし……ね?」
「そうだろうけど……!」
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。あたしたちも美味しかったし楽しかったでしょ?」
「ま、まあ……!」
芽衣が苦笑いしながらおれをなだめる。
いや、別におれも本気で怒ってるわけじゃないんだけど。ただ、制限を設けられた側としては文句の一つでも言いたくはなる。
「……それよりさ、勘太郎」
「うん?」
急に少ししおらしくなって声をかけてくる芽衣に首をかしげる。
「あの、その、なんていうか……寒くなってきたよね?」
「ああ、うん……。夜はだいぶ冷え込むよな。寒い? コート貸そうか?」
おれは自分のコートの襟元をつかんで示す。
「ほぇっ!? う、ううん、それは大丈夫! 勘太郎が寒い思いするのは嫌だって言ってるじゃん。あたしのこの服あったかいし……」
「おう……?」
芽衣はベージュのダッフルコートのポケットに手を入れて少しうつむく。
「でも、ありがと」
「どういたしまして……?」
お礼を言われて嬉しいものの、芽衣の真意が分からず戸惑う。
「で、でもさ? これから冬本番がきたら、そのコートだと限界があるでしょ?」
「うん? うん……まあそろそろウルトラライトダウンの季節だな」
「そうだよね、あったかいよね、ウルトラライトダウン……」
撃沈……みたいな顔をして肩を落とす芽衣。
「どうした?」
「いや、だからね……」
芽衣がもじもじしているのを待っているうちに両親が出てきた。
「いやーお待たせお待たせ」
「……金額、見た?」
母親が目を光らせると、芽衣がとっさにびくっと反応する。
「勘太郎は見てません!」
「ほお……芽衣ちゃんは?」
「あー……どうでしょう……?」
嘘が下手すぎるなあ、芽衣ちゃん……。
家に帰ってからも、芽衣の様子が少しおかしかった。
例えば、テレビの前のソファに二人で座っていると。
「勘太郎、今日、誰かに洋服のこと言われた?」
「ああ、吉野に褒められたよ。シンプルでいいねって」
「そ、そっか……!」
そこまで言ってから、何かを求めるような視線でおれをちらちら見てくる。
……ああ、そういうことか!
「芽衣のコーディネートのおかげだよな、ありがとう。ごめんお礼言えてなくて」
お礼が欲しかったんだな。たしかにそれは伝えるべきだったかもしれない。
「へっ!? 別にそんなことは……。むしろあたしは今朝のあたしが憎い……」
「憎いの?」
「なんでもないです……!」
例えば、おれがお風呂から上がってリビングに向かうと。
「勘太郎、そのスウェット、ちょっと古くなってきてるね」
「え、まじ……? まあ、中学からずっと着てるしな……」
「中学から? 身体おっきくなってるんじゃないの? 新しいの買ったら?」
糸口見つけたり! みたいな顔で謎に瞳を輝かせて前のめりに言ってくる。
「いや、それが悲しいことにあんま変わんないんだよ……。なるべく物は大事にした方がいいから、着られるうちは着ていようかなって」
「そ、そっか。うん、そういうところ偉いよね……」
また芽衣は肩を落とす。
例えば、おれが寝る前の習慣にしている牛乳を飲んでいると。
「勘太郎、もう寝るの?」
「うん、まあ」
時計を見ると23時半。まあ、いつもよりは少し早いか。
「明日早いの? 用事あるとか?」
「いや、別にないけど」
ギターの練習でもするかなあ、と考えていると、
「そうなんだ!」
また、ぱぁっと顔を明るくする。
「なんだ? 夜更かしして映画とか見たいのか?」
「え? ああ、それはそれでいいかも……?」
言いながら自分で首をかしげる芽衣。もう、思考が追いついてなくて少女のようになっているじゃんか……。
「芽衣も寝不足なんだからそろそろ寝ろよ? 今日いつになく天然発言多発だったし」
「あ、うん……!」
その頭をなでたい衝動に駆られるものの我慢する。手が出てしまう前にそそくさと立ち去ろう……!
「それじゃ、おやすみ」
グラスを流しに置いて階段を上がろうとすると。
「ね、ねえ、勘太郎」
芽衣に呼び止められる。
「ん?」
「あ……。お、おやすみ!」
「おやすみ……?」
ん……? 芽衣はいきなりもじもじしてどうしたんだろうか。
考えながらベッドに入ってリモコンで電気を消す。
「あ、そうだ」
そういえば今日芽衣にもらったホットアイマスクをしよう、と起き上がったその時、スマホが一回震えた。
「ん……?」
どうやらラインのメッセージが届いているらしい。
画面に顔を近づけると、『芽衣 からメッセージが届きました』の文字。
「隣にいんのにどうしたんだよ……?」
首をかしげながらラインを開いてメッセージの内容を確認する。
そしておれは。
さきほどまで芽衣がもじもじしていた理由を把握し、謎におれのファッションの話題に触れてきていた理由を理解する。
同時に、今朝の言葉を思い出した。
『じゃあ、今度一緒に買い物行こうよ。あたしが選んであげる。人が選んだものなら抵抗ないでしょ?』
「うおお……!」
まじかよ、これが言いたくて言えなかったのかよ、あいつ……!
悶絶しながらも、もう一度スマホを確認する。
その画面に表示された文字は。
芽衣『明日、もしよければ勘太郎の服を選びに出かけませんか』




