第51話:「こーんな高く積み上がっちゃうよ?」
何やらふわふわ時間に入っていた芽衣を連れて、案内されたカウンター席につく。
「芽衣、大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ!」
いかんいかん、と自分の両頬を軽く叩き「よしっ」と気合を入れる芽衣。勉強でも始める時みたいだ。気を取り直したようにさっそくラミネートされたメニューを眺めはじめた。
「なるほど、120円のお皿が一番安いんだね……。2500円ってことは、もし税抜だったら120円のお皿を21皿も食べないと届かないってことかあ……」
芽衣が予想通り、先ほどうちの母親から言われた『ノルマ』に近づける算段をしているらしい。
「そうなるな。だから、高い皿も含めて食べろってことなんじゃないの? まあ、2500円っていうのもテキトーだと思うけど。ていうか、だとすると……ちょっとメニュー見して」
「ん、どしたの? はい、どーぞ」
おれはメニューをみながら、芽衣の計算をそのまま自分の今日食べていい上限に当てはめてみた。
「おれは2500円までだから20皿までしか食えないってことか……足りるかな」
芽衣とはプラスとマイナスが逆の方向だが、おれはおれで2500円ぴったりを目指して、質と量のバランスをどう組んでいこうかとメニューをみながら戦略を立てはじめる。
「たしかに……。って、うそ、20皿も食べたいの……!? こーんな高く積み上がっちゃうよ?」
芽衣が目を丸くしながら、自分の目の高さくらいに手のひらをあげて示してくる。小さい子供みたいに驚くのがなんだか可愛い。
「いつもそれくらい食べてるんだよ」
「そんなに積み上げたら倒れちゃわない? 危ないよ?」
「いや、別に20皿全部上に積み上げるわけじゃなくて、皿の色で分けて置いてくから……って細かいことはどうでもいいんだよ」
純粋すぎる質問についおれも真面目に答えてしまってからツッコミを入れた。
おれの食べようとしている量が異常だと思ったのだろう。顔色を驚嘆から心配に変えて、気遣わしげにおれの顔を覗き込んでくる。
「ねえ勘太郎、もしかしてお昼食べてないの? そういえば12時から練習だったもんね……、食べる時間なかったかな……」
お前はおれの母さんか。
「……いや、食べたけど」
「食べたの!? 何を?」
「つけ麺特盛」
「え、まじで? めっちゃ食べてるじゃん……」
おお、ひいていらっしゃる。
「ていうかそれ、12時からの練習のあと食べたの?」
「うん、そうだけど」
「誰と?」
「……練習に来てたやつと」
「……練習に来てたやつ? 変な言い方。まあいいけど」
怪訝そうに眉をひそめる芽衣。危ない、赤崎とつけ麺を食ったことがばれるところだった。いや、ばれてもやましいことはないんだけど……。
「でも、じゃあ、つけ麺特盛だっけ? を食べてからまだ6時間も経ってないでしょ……? このお腹のどこに消えてんの……?」
芽衣がおれの脇腹を軽くつねる。一番慣れている間柄であるはずの芽衣からのそんな軽いボディタッチに、おれは相変わらず内心で喜んでしまう。
「う、うっせえよ……!」
喜んでしまった結果反応が中学生のようになってしまうのも致し方ないだろう。口角が持ち上がるのを必死に押さえつけないといけないのだ。
「うっさくないって。どちらにしろ2500円以内にしときなよ。お腹壊しちゃうよ?」
「分かったよ……。せっかく寿司屋だからな、少数精鋭でいこう。足りない分は帰ってカップラーメン食って補う」
「いや、食べない方がいいって話をあたしはしてるんだけど……」
「大丈夫だよ、おれ、食べ盛りだし」
はあ……と芽衣が頬杖をついて呆れたようにため息をつく。
「もう、将来が心配だなあ……。中年太りしないでよ?」
「しねえよ、いくら食っても太らないんだから」
「あのね、シュークリームの時も言ったけど、それ女の子の前であんま言わない方がいいよ」
「おお、すまん……」
「いや、あたしはいいんだけど」
ふむ……と息をついて芽衣がメニューに目を落としてぼやきはじめる。
「もう10年くらい経って、代謝が落ちた頃が危ないらしいんだよね。栄養素バランスとか気にしながら献立考えないといけないなあ。そういうの勉強しとかないと……」
……ん?
「……誰が?」
「え?」
おれの質問に芽衣がピタッと固まる。
「……え?」
おれがもう一度問い直すと、首元からぐぐぐっと顔を真っ赤にした。
「し、し、知らないよ! 勘太郎に料理を作る人じゃない!?」
「お、おう……! いや、そうだけど、今そのシミュレーションが」
「う、うっさいなあ、勘太郎は! て、ていうか、席ついてからいつまでも頼みもせず皿を取りもせず、あたしたち迷惑じゃない!?」
「話をそらすなよ! ……でもその通りだな!」
ふと気づくと、先ほどの女性の店員さんがニコニコとこちらを見ていた。
「……注文するか」
「そうだね……!」




