第50話:「むしろ勘太郎とがいいです、はい……!」
「4名様でお待ちの諏訪様、諏訪勘太郎様〜」
秋の夜の冷気にあてられ、顔の火照りもさすがにおさまったころ、回転寿司屋の店員さんがおれの名前を呼んだ。
「はいはーい」
母親と父親は、芽衣が『諏訪勘太郎』と書いたことについては特に疑問を抱かなかったらしく「やっと呼ばれたー」と入り口に向かう。まあ、わざわざ不思議がる方が変か。
ただ、周りは気にしていないにも関わらず「あぅ……」とか芽衣が小さく声を発するものだから、なんとなくそっちを見るとなんとなく目が合ってしまい、なんとなくそのアイコンタクトが妙に意味ありげな感じになってしまう。
「……なに、勘太郎」
「何も言ってないだろ……」
照れてるのかなんなのか、少し唇をとがらせてふいっと逸らされてしまった。
おれは多分まったく悪くないのに冷たくされるというその自分勝手な仕草を可愛く感じたのは、あばたもえくぼというやつだろうか。
「……行こ」
芽衣のあとについて入り口の自動ドアのあたりまでいくと、女性の店員さんに申し訳なさそうにお辞儀された。
「すみません、ただいまテーブルのお席が満席なんですけど、つい先ほどお席につかれたお客様ばかりなので、空くのも少し時間かかっちゃいそうで……。カウンターが2席ずつ空いていて、ふたりずつだったら入れるんですけど、いかがされますか?」
なるほど、この混雑だもんな……そういうこともあるだろう。
「全然それでもいいですよ。ね、芽衣ちゃん、勘太郎」
母親が鷹揚に答えて、こちらに話を振ってくる。
すると、芽衣が少し不意を突かれたように、素っ頓狂な声を出す。
「へ、あたしと勘太郎が二人でってことですか?」
「まあ、そうなるかなあ。あれ、勘太郎とは嫌かな?」
あんたなんかしたの? とでも言いたげに母さんがおれを見る視線を気取ったらしく、芽衣が胸の前で手を振って否定する。
「い、いえ、そんなこと!」
「本当に大丈夫?」
「もちろんです!」
それくらいで話を切り上げればいいものを、芽衣はよほどおれを庇わないといけないと思ったらしい。
「むしろ勘太郎とがいいです、はい……!」
と、そう続けたのだった。
「め、芽衣……!?」
おれの動揺してる姿を見て、「あっ……!」とやってしまった顔をする芽衣は、さらに慌てて目を回す。
「あ、いえ、もちろんおじさんとかおばさんとが嫌だってことじゃないんです!」
いや、そっちじゃなくて……!
「その、言葉のあやっていうか、その、勘太郎とは気心知れてるので、二人でも気まずくないっていうか、二人で話すのもとても楽しいですし、一緒にいるととても楽しいというか幸せを感じるというか……!」
諏訪家を全方位的にカバーをしようとした結果、事態は悪化していく一方だった。
「芽衣、分かったから、大丈夫だから……! ありがとうな……!」
「あ、あれ、勘太郎、顔が赤い? 熱とかある?」
「ねえよ……」
芽衣さん、完全に寝不足がたたっちゃってるよ……。さすがの芽衣も、ここまで寝不足でなければここまでポンコツになることはあまりないはずだ。
「んーと、とりあえず二人でいいってことね? 勘太郎、そんなに言ってもらえてよかったね」
「うるせえし……!」
ニマニマするわけでもなく、あくまで子供同士が仲良いことを喜ぶように言われてかえって恥ずかしくなってしまい、中学生みたいな反応を返す。
「じゃあ、二人ずつでお願いします」
「可愛いご協力をありがとうございます。それではお席ご案内しますね!」
穏やかな顔で見守ってくれていた父親が、こちらもまた穏やかな顔で見守ってくれていた店員さんに伝えると、店員さんが紙に書いたおれの名前を二重線で消しながら席の確認をする。
それにしても、昼のつけ麺屋といい、今日は店員さんがいい人ばかりで助かっている。こんなに混んでるのにすみません……。可愛いご協力の意味はさっぱり分からんが……。
おれが心の中で店員さんに頭を下げていると、母親が「あ、そうだ」と、手を叩いた。
「ねえ芽衣ちゃん。芽衣ちゃんだけで2500円は食べてね。足りない分は芽衣ちゃんのお小遣いから払ってもらうから!」
「2500円ですか……?」
不意に具体的な金額を提示されて芽衣が戸惑ったように首をかしげる。
「そう! いくら遠慮しないで食べてって言っても芽衣ちゃん遠慮しちゃうだろうから、ノルマ制にします! だいたい食費は芽衣ちゃんのパパとママからもらってるから私にそんなことを言う資格はないんだけどね」
「はあ、分かりました……!」
ここまで言われたら引き下がるわけにもいかないのだろう。芽衣も頷く。
「あ、ちなみに勘太郎は2500円までね」
「なんでだよ」
などと一応反抗してみるものの、自分で会計をしたことがないから、回転寿司で2500円っていうのが高いのか安いのかはよく分からない。ここがもしマックなら、2500円分は相当な量になり食べきれなさそうということは分かるんだけど。
「はい、それでは先にお父様とお母様、こちらです」
「「はーい」」
父親と母親がまずは席の方へと消えていった。
「ねえ勘太郎、2500円って税込かな、税抜かな……?」
「いや、そこはどっちでもいいだろ……」
「よくないでしょ……」
気遣い屋の芽衣はノルマを設けられたら設けられたで律儀にそれを守ろうとしているらしい。2500円ぴったりにする算段でもしようとしているのだろうか。
「相変わらず真面目だなあ、芽衣は」
「おじさんとおばさんに、お金にだらしないって思われたくないもん」
「別にいいのに……リラックスしろよ、自分ちなんだし」
「そういう意味でだらしないって思われたくないってわけじゃなくて……。勘太郎がだらしない分あたしがって言うか……」
「どういう意味……?」
そんな会話をしていると、先ほどの店員さんがニマニマしながら戻ってきた。……ニマニマしながら?
「それでは、息子さんと彼女さんはこちらへどうぞ」
「彼女さんって……」
先ほどの会話や、なんなら名前を書くやりとりをみられていたのかも知れない。普通はそんなこと言わないだろうが、この店員さんはかなり茶目っ気のある人らしい。この適度にふざけてるくらいでいるのが、繁忙時でも笑顔を失わないコツなのかも知れない……。
「か、かのじょさん……」
ちなみに、芽衣はまた言語能力が退化している。
「どうぞ?」
「はいはい……」
有無を言わさぬ笑顔で歩き始める店員さんについて歩き出す。
おれは赤崎に昼間言ったことを自分でも守るべく、顔が熱くなるのを感じながらも特に恋人関係を否定はしなかった。悪い気はしないしな、うん……。
とはいえ、おれも周りを見るほどの余裕はなかったらしい。
「あれ? 彼女さんついてきてないですよ?」
「え?」
言われて振り返ると、自分の両手でほっぺを挟んで顔を真っ赤にしながら立ち尽くしている芽衣がそこにいた。
「か、かのじょさん……うわぁ……!」




