第5話:「『都合良い』って思ったか?」
「どうだ諏訪、ブタメン、うまいか?」
「たまに二人になって飯食いにラーメン屋行った時の父親かよ……。美味いよ、ありがとう」
「よかったよかった」
満足げにうなずく白山と二人、帰り道の駄菓子屋に寄って、店の前のベンチで二人並んでブタメンを食っていた。今日は白山のおごりだ。
フラれてしまったおれを励ますためらしい。価格は安いが、気持ちはありがたい。
「ていうか、青井さんと帰らなくて良かったのか?」
「透子に話したら、諏訪のそばにいてあげてってさ」
「お前らカップル二人していいやつだな……」
青井透子は白山の彼女だ。元吹奏楽部で、芽衣や赤崎と同じ部活。
おれは青井さんとはそこまで深い付き合いではないが、白山と話してる時の流れでおれが芽衣のことが好きだということは知っている。……ていうか、今朝の赤崎の話からすると、どうやらおれの気持ちは顔に書いてあるらしいから、おれが思ってるよりもみんな知ってるのかもしれないが……。
「いや、透子も普段だったらもう少し嫌な顔するだろうけどな、諏訪にやけに感情移入してるんだよ、あいつ。幼馴染に告白する時の勇気がなんとか……」
「へえ……? ああ、青井さんが白山に告白したんだっけ?」
おれがそう聞くと、がっくりと肩を落とした。
「はあ、そうなんだよ。俺、男らしくないだろ?」
「そんなの今時、男も女も関係ねえだろ」
ラインの件といい、白山は微妙に前時代的だ。文化部のくせに。いや、これも偏見か?
首をひねっていると、ポケットの中でスマホが震える。
画面を見て、「は?」と声が出る。
芽衣『勘太郎、あたし鍵持ってなかった…』
そうか、芽衣は今朝おれよりも先に家を出て、おれが鍵を閉めて出て行ったから……。ていうか、まだうちの合鍵を受け取ってもいないのかもしれない。
「白山、おれ……」
おれが言いかけるとほぼ同時、白山が右肩にガッと手を置いて、
「……行ってやれよ、諏訪」
すごく真剣な顔でおれを見ていた。
「え、あ、うん。……え、もしかして画面見た?」
「うん」
「見るなよ!?」
おれのツッコミにも真剣な顔を崩さない。ていうか、このライン見たってことは、芽衣と一緒に住んでるってことがバレたってことでは? 芽衣に怒られる……。
「南畑、鍵ないんだろ? 近くに住んでるのお前くらいだしな。お前の家で一旦待たせて欲しいってことだよな」
「あ、そう、かな、多分……」
……どうやら都合の良い解釈をしてくれているらしい。良かった。
「『都合良い』って思ったか?」
「え!?」
思ったことをそのまま言われて肩が跳ねる。え、心を読まれた?
「俺だってちょっとそう思うよ。振ったばかりの相手を頼るなんて都合良すぎる、ってな」
「ああ、そういうこと……」
ほっと胸を撫で下ろすおれの隣で白山はこんこんと語っている。
「でも、男には、分かっていても『都合がいい男』になるべき時もあると思うんだよ。それでも南畑のところに駆け出すお前のことを、俺はかっこいいと思うよ」
「うん……ありがとう」
こいつ、いちいち熱いやつだな……。でも、それに乗じて帰ることにしよう。秋のいい気候だけど、芽衣が外にずっといたら寒がるかもしれない。
「ごめん、じゃあ、行くわ」
おれはブタメンの残り汁を飲み干して立ち上がる。
「それにしても、南畑って、あんまりそういう、諏訪を都合よく利用するような、不義理なことするタイプには見えなかったけどなあ」
「白山」
白山がぼやくように言った言葉に、おれも真剣な顔になった。
「ん?」
「芽衣は、おれと今まで通りに過ごしてくれようとしてるだけだよ。おれは、めちゃくちゃ感謝してる」
「……そっか」
ニカっと笑う白山。
良かった、誤解は解けたらしい。
それがどういう経緯であっても、おれは芽衣が悪く言われるのを看過するわけにはいかないのだ。
「分かってくれればいい。じゃあな、白山」
「……おう!」
おれが地元の駅に着くと、駅の柱に寄りかかって芽衣が立っていた。
「芽衣」
おれが声をかけると、ぱあっと瞳を輝かせて芽衣は顔を上げる。
「いや、そんな嬉しそうな顔しなくても」
鍵が帰ってきたからって……と、おれが苦笑いすると、
「ち、違う。鍵が帰ってきたのが嬉しいだけで、別に勘太郎が駆けつけてくれたことが嬉しいわけじゃないから」
わたわたと両手を胸の前で振る芽衣。
「おれ、元々そんなこと思ってねえよ……」
「……ばか」
芽衣は少し頬を紅潮させて視線をそらした。おれは別にばかじゃないけど、可愛いから良いことにしよう……。
「じゃ、行こう」
おれが歩き出すと、
「家、そっちじゃなくない?」
芽衣は戸惑いながらついてくる。
「ホームセンターに行く。合鍵作んなきゃだろ?」
「あいかぎ……」
「何で言語能力が退化してんだよ……」
「いや、なんか、合鍵って。ほら、うん、まあ、なんか、うん」
芽衣はごにょごにょといいながら、いつもよりもきつめに下唇を噛んでいた。




