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第49話:「……ねえ勘太郎、何かつっこんであげた方がいいの?」

「いやー運動した日の夜ご飯は回転寿司に限るね!」


「そうね、ビール、サワー、日本酒などの豊富に用意されたお酒も進むし、子供たちも大喜び!」


「漁港から直接仕入れた厳選されたネタが美味しいしプリンや唐揚げなどのサイドメニューも充実しているからな! よーし、今日もたくさん食べちゃうぞ!」


「こらっ! いくら一皿ずつもリーズナブルでふところにも優しいからって食べすぎないでよ!」


「いっけね! どわっはっはっは……」


 秋の夜、おれの両親が地元ローカルCMのパロディみたいなコントをしながら前を歩いている。


「……ねえ勘太郎かんたろう、何かつっこんであげた方がいいの?」


 いろんな意味でだいぶ冷え込んできた空気の中、芽衣めい戸惑とまどった顔をしておれに耳打ちする。


「いや、二人で楽しんでるだけだから放っておいてやって……。……あのな、芽衣、一応言っとくけど、別にうちの両親は普段からこう言う話し方をするわけじゃないから」


 おれはこういうノリにそれなりに慣れているし、多分両親的にも雰囲気ふんいきを盛り上げようとしているんだろうけど、裏目うらめに出て芽衣が面食らって居心地いごこちが悪くなったら困る。


「分かってるよ、ふざけてるんでしょ?」


「分かってくれてるならいいんだけど……」


 前を見やると、両親が謎のドヤ顔でこちらにサムズアップしていた。いや別に全然ナイスでもないから……。


「うーん、相手の両親に対して『ふざけてる』はいくらなんでもちょっと無礼講ぶれいこうがすぎるかな……」


 横を見ると、そんな両親の仕草しぐさにも気づかず、小さな声で芽衣が真顔で何かを思案している。


「何ぶつぶつ言ってんの?」


「い、いや、こっちの話っ」


 おれの質問にしゃきっと背を伸ばして芽衣は少しだけ早歩きになる。


「『相手』って……?」


「なんでもないってばっ!」




 そんなこんなしているうちに、うちから徒歩5分の回転寿司屋にたどり着いた。


 ちなみに、回転寿司というチョイスは芽衣が希望を出したわけではなく、うちの母親と芽衣の、


「芽衣ちゃん、何が食べたい?」


「ああ、えっと、迷っちゃいますね……!」


「じゃあ、肉か魚かだったらどっちがいい?」 


「どちらかというとお昼にお肉を食べたのでお魚が……」


「分かった! じゃあ寿司だね!」


「お、お寿司ですか!?」


 という会話の結果である。




 入り口の手前で不意にうちの母親が振り返り、


「芽衣ちゃん、そういえば書道習ってたよね?」


 と笑顔でたずねてくる。


「はい、小さい時の話ですけど……?」


「いきなりなんだよ?」


 おれが聞き直すと、


「芽衣ちゃん、それじゃあ待合受付の紙書いてきてもらえる?」


 と笑顔で続けた。


「は、はい……!」


 芽衣は少し驚いたような顔をしたが、その後嬉しそうに頷いて自動ドアの方へと向かう。


 待合受付の紙というのは、名前と人数とカウンターかテーブルかどっちを希望か、みたいなのを書くあの紙のことだろう。


 さすがに土曜日の夜、みんな考えることは同じらしく、回転寿司屋はかなり盛況せいきょうのようだった。何組くらい待っているのか分からないが、寒空さむぞらの中、外の壁に寄りかかって待っている人もいるようだから、結構覚悟した方がいいかもしれない。


 そんな人々を尻目に、自動ドアをくぐる芽衣についていく。


「ごめんな、芽衣。ていうかうちの母親はなんでいきなり……」


「ううん、多分仕事を与えてくれたんだよ」


「仕事?」


 おれが聞くと、芽衣はうなずいた。


「あたしがこの家にいやすくなるように、家族の一員としての仕事を与えてくれたんだと思う。つまり……『もうお客さんじゃないよ』って、『外の人じゃないよ』って言ってくれてるような気がして、あたしは嬉しい」


「はあ、なるほど……」


 さっきまで父親と二人でアホコントをしていたうちの母親が本当にそこまで考えているのかは分からんが、芽衣がそれを喜んでいるなら良いことだ。


「じゃあ、おれもそれに従って芽衣に頼むか」


「頼むって言ったって、名前書くだけだけどね」


 あはは、と笑いしながら、ペンを取り、そこで芽衣はピタリと止まった。


「芽衣、どうした……?」


「か、勘太郎……!」


 困ったような、うるんだ目でこちらを見てくる。その耳が赤い。


「なんだよ?」


「こ、ここに、あたしが『諏訪スワ』って書いて良いのかな……?」


「そりゃそうだろ。だって、芽衣は諏訪家の……」


 そこまで言って芽衣の赤面せきめんの理由に思い当たる。なるほど、過剰反応に違いないだろうが、おれたちにとってはなんだかクリティカルヒットな事象だった。


 つまり、芽衣が自分の名前を書くべきところに『諏訪』と書くのが……。


「そ、それって、まるであたしがす、すすす諏訪、芽衣って名前みたいじゃん……!」


「そ、そうだな……! いや、でも、名字だけ書けばいいんだろ……!?」


「フルネームって書いてあるんだよう……!」


 覗き込むと、紙の上の方に『お客様の間違い防止のためフルネームで記入をお願いします』と書かれている。


「あ、じゃあ、おれの名前を書いておけば……!?」


「ああ、そうだね、あたしが諏訪勘太郎って書けば……。んん、それはそれで……!?」


 うん、分かる、それはそれで夫婦みたいだな!?


「と、とにかく、諏訪勘太郎か諏訪芽衣かしかないだろ……!」


「諏訪芽衣って言ったあ……!」


 おれらがふたりしてドギマギしているうちに、後ろに人が並んだ。咳払いが聞こえる。


「とりあえず、諏訪勘太郎で一旦書いとけよ……!」


「う、うん……!」


 震える手で、それでもきれいな字で芽衣が『諏訪勘太郎 4名』と書き込んでペンを置く。


「勘太郎の名前、代筆しちゃった……」


 もうすぐ冬だというのに、火照った顔で外に出たおれたちは、周りからは何に見えるんだろうな……。

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