第46話:「ちゃんと幼馴染を喜ばせてあげなよ」
「で、その幼馴染にどんなもの買いたいの」
波須さんがやけに『幼馴染』というところを強調してそんな質問を投げかけてくる。『ここらへんで、女子が喜んでくれそうなものを売ってる雑貨屋とかって知ってる?』というおれの質問に対してのことだ。
「うーん……快眠グッズかな」
おれはそれとなく考えていたアイデアを打ち明けてみる。
「なんで。眠れない人なの」
相変わらず語尾が上がらないので判別するのが難しいが、きっとこれも質問なのだろう。
「いや、普段はそういうわけじゃないと思うんだけど。なんか、おれのせいで昨日2時間くらいしか寝てないらしくて……。今日はぐっすり寝てもらいたいから、それを助けるものをって思って」
「はあ。あなたのせいでって何」
「あー……なんかいろいろ」
小さく笑いながら言葉を濁す。
笑ったのは誤魔化すためもあったけど、どちらかというと、『あんた』とか『お前』とか言いそうな風貌なのに、そこだけ妙に丁寧に『あなた』と呼んできたのが面白かったのもあった。
「意味わかんないんだけど」
「まあ、長電話に付き合わせたとでも思ってくれれば」
「ふーん。電話とかするんだ。まあ、とりあえずそしたらあそこかな」
相変わらず無表情で頷きながらどこかを考えてくれているらしい。
「どこ?」
「ん。お会計してちょっと待ってて。うちもすぐメトロノームだけ取ってきてお会計してくるから」
「はあ……。え、ついてきてくれるの?」
思わぬ展開に驚いてつい首をかしげる。
「いや、ついていかないでしょ」
「なんだ、びっくりした。そりゃそうだよな……」
バッタリあっただけのおれにそこまでしてもらうのも悪いので、なんとなくほっとしていると。
「うちがついてくんじゃなくて、あなたがついてくるんでしょ」
ということで、怒ってるんだか優しいんだか粗暴なんだか丁寧なんだかよく分からない金髪の人のほんの少し後ろについて池袋の街を歩く。
「ていうか、布は良かったのか?」
「もうちょっとちゃんと選びたいから、今日は弦とメトロノームだけで良い」
「はあ、そうなんだ」
まあ、プレゼントだって言ってたもんな、と納得していると、波須さんがこちらを見た。
「あなた、ラッキーだね。うちがたまたま快眠グッズはちょっと詳しかったから」
「そうなの?」
「うん。うち、一時期眠れない時期があって、そのときにいろいろ試したから」
「そうなんだ……? 眠れないっていうのは、不眠症、みたいな?」
少々立ち入った質問だとは思ったものの、ほとんど向こうから話題を振ってきているようなものなので、素直に尋ねてみる。
「不眠症っていうと大袈裟だけど。長引いた喧嘩というか仲違いがあって、その時に、しばらく」
「はあ……」
「で、その時比較的効いたのは、ホットアイマスク」
「ああ、動画広告で見たことあるかも?」
たしか、蒸気が出るあったかいアイマスクだ。
「あれ、つけてる間は当たり前だけど目を開けられないから、スマホもいじれないし、眠る以外にやることなくなるんだよ」
「へー……。なんか、使用者の実感がこもってるな……」
「そう言ってるじゃん。逆に、安眠用のフレグランスとかはあんまりうちの場合は効果がなかった」
「ふれぐらんす……」
なんだっけそれ、最近聞いた言葉な気がする……。
「まくらにシュッシュってする、良い匂いのやつ」
「ああ……良い匂いのやつ」
「そう、良い匂いのやつ」
この人の言葉はシンプルで分かりやすい。テキトーな言葉選びにも聞こえるが、なんとなく嫌な感じがしない。
「じゃあ、一番効いたのがアイマスクってことか」
「一番っつーわけじゃないけど」
「そうなの?」
でも今、そんな話じゃなかった?
「うん、一番効くのは、やっぱり仲直りと……」
「ああ、たしかに」
それは、精神的なものとか悩みからきている不眠の場合は、問題解決が一番効くよな。ん?
「仲直りと、何?」
「……肩」
「……肩?」
少しうつむき気味につぶやいた波須さんについ聞き返す。
「なんでもない。これ以上聞いたら殺す」
「いや、殺されたくはないな……」
自分から言い出したくせにいきなり物騒な波須さんの言葉に追及を諦めた。
誰かの肩まくらが一番快眠だった、みたいな話だろうか。その場合の誰かって、誰だろう?
ふと気になって、
「なあ、波須さんってかれ……」
質問をしかけて口をつぐんだ。
「なに」
「……なんでもない」
おれがここで『彼氏とかいるん?』などと聞こうものなら、波須さんの視点から見たら口説いているのとほぼ同義だ。
「そ。まあいいけど。もうすぐ着くよ」
「なあ、もしかしてなんだけど、今向かってるのって……?」
西武のエスカレーターを上がっているうちになんとなく感づいていたが、これはもしかしておれでも知っている超有名店なのではないか?
「ロフトだけど」
「やっぱりかあ……」
「……なに」
「いや、なんでもない、ありがとう……!」
正直ロフトならわざわざ連れてきてもらう必要もなかったが、波須さんの優しさに対しては正当にお礼を申し上げるべきだろう。それに対して文句を言うほどおれも恩知らずではないつもりだ。
ロフトのフロアに降り立つと、
「で、安眠グッズはこっち」
と、波須さんはスタスタと目的の場所に進み出す。
「おお……!」
改めて前言撤回。そんなニッチなコーナーを紹介してくれるのはやっぱり波須さんに連れてきてもらった時ならではだろう。
改めて「ありがとう、波須さん」とお礼を伝えながら歩いていって、ホットアイマスクが置いてある棚の前についた。
「これ、使い捨てのやつがほとんどだけど、レンジでチンして何回も使えるのもあるから」
「おお……」
波須さんが指をさしながら簡単に商品の説明をしてくれる。これは本当にありがたい。
「じゃ、うちはこれで。ちゃんと幼馴染を喜ばせてあげなよ」
「おう、ありがとう……!」
おれが向き直って改めてお礼を言おうと、波須さんの立ち去ろうとする方向を見た時。
「勘太郎……?」
亜麻色のショートボブ、よく見知った顔とピタッと目があった。
「め、芽衣……!」
「その方は、どなた……?」




