第43話:「はい、私が彼の彼女です」
「お待たせしましタァ! つけ麺おふたつ、彼氏さんが特盛と彼女さんが並盛味玉にチャーシュートッピングデェス!」
カウンターに赤崎と横並びに座るとほどなくして、先ほど注文を取ってくれた店員さんがつけ麺を持ってきてくれた。
「はい、私が彼の彼女です」
「いや別に肯定もしなくていいんだけど」
おれが『撤回しなくていい』と言ったのを曲解したのかなんなのか、今度はわざわざ自分を彼女であると名乗り出した。なぜかやけにキリッとした顔で。
「おめでとうございマァス! ごゆっくりィ!」
店員さんもノリノリである。よくこの繁忙の中こんないい笑顔でいられるものだ……。むしろこんなに繁盛しているのも店員さんの接客の気持ちよさによるところもあるのかもしれない。
店員さんが厨房に戻っていくと、赤崎がパシャリとスマホでつけ麺を撮影した。なんだ、インスタにでもあげるのか?
「美味しそうだね……!」
画像の加工でもはじめやしないかと思っていたらすぐにスマホをしまって、水玉のシュシュでポニーテールを作る。
「おお、本物……」
「何が?」
「いや、ごめん、自分でも分からない」
こちらを見て首をかしげる臨戦体制の赤崎に首を振った。
「じゃ、いただきます」
「はい、いただきます……!」
おれが手を合わせると、赤崎も真似するように同様に手を合わせてから、れんげでスープをひとすくいして、お上品に口に運ぶ。いや、でもそれ……。
「うっ……!」
赤崎が顔をしかめて、こちらを向いてべえっと舌を出す。
「勘太郎くん、この汁、すっごくどろどろで濃くてしょっぱい……!」
……やっぱり言わんこっちゃない。(言ってないけど)
「いや、これつけ麺のつけ汁だから、ラーメンのスープと違って、飲む用じゃないんだって……。今赤崎がやったのは麺つゆそのまま飲んだようなもんだから」
「たしかにそうだね……。じゃあ、濃くてしょっぱいわけだ……。でも、じゃあどうしてれんげがついてきたの?」
「最後に飲むのもあるんだよ。割りスープっていって、そば湯みたいなやつが」
「そうなんだ、分かった。よし、じゃあまずはつけて食べてみよう」
「うん、つけ麺だからね……」
最初からそうすればいいのに……と思いながら、なんとなくそのまま赤崎の食べるところを観察してみた。
赤崎は麺を音を立てずに口に入れてもぐもぐして飲み込むと、ぱぁっと瞳を輝かせる。
「……うん! 美味しいね!」
「はは、そりゃよかった」
なんとなくどこぞのお嬢様を屋敷から連れ出してこっそり庶民の味を教えている貧乏人みたいな気分になってくる。いや、おおよそ間違ってはないんだろうけど。
「こほん……なにを微笑ましそうに見ているの?」
「いや、見てないけど」
咳払いと共に恥ずかしそうに赤崎が尋ねてくる頃には、おれは自分の丼に向かい合っていた。なんせ特盛だし、どんどん食べないと。
「見てたじゃない」
「別に。なんか初めてつけ麺食べる人ってこういう感じなんだなと思っただけだよ」
「そう……」
なぜかぽつりと呟いてからまた赤崎も自分の並盛を静かに食べ進める。
少しの間無言の時が流れる。
おれと赤崎の間には、一人分の麺をすする音だけが鳴っていた。
「……なんか、勘太郎くんってお兄ちゃんみたいだね。私にはそういう存在っていなかったから、なんか新鮮」
「どういうこと? ていうか何いきなり?」
おれは食べながら眉をひそめた。
「んん、私って昔からこんな感じだから、しっかり者だと思われてる節があるせいか、あんまり妹扱いとかはされないんだよね。甘やかされないっていうか」
「おれもしっかり者だと思ってたけど。ていうか、甘やかされたいのか?」
「うーん、甘やかされたいっていうとちょっと違うんだけど。なんか下心みたいな甘やかされ方とか支配欲から来る甘やかしじゃない甘やかされ方ってあるんだなって思って。それが意外と心地よかったというか……」
「なんだよそれ……? 何を指して言ってんの?」
おれはそんな高度で難しい甘やかし方をした覚えはない。ていうか甘やかした覚えすらない。
「うーん、だから、こういう可憐な女子に味玉とチャーシューのトッピングしちゃうみたいな甘やかされ方っていうか……」
赤崎は自分の麺の上に置いてある味玉とかチャーシューを見ながら難しい顔をしている。自分でもよく分かっていないのだろう。そりゃそうだ、何言ってるのか全然わかんない。
おれがずるずると麺をすすっていると、ややあって、
「本当の彼氏も『私をなんとも思ってない人』が良いのかな……」
と小さく呟いた。
「偽の彼氏じゃなくってってこと?」
たしか、おれを偽の彼氏に任命した理由の一つが、おれが赤崎に興味を持っていないことだった。
「そういうこと……なのかなあ。それはちょっと困っちゃう気もするけど。好きになる相手は私に興味ない人って……」
「そうだなあ……」
「うーん……」
なおも箸を止めて考え込んでしまっている。
「……伸びるぞ、赤崎」
「そういう風に叱ってくれる人がいいのかな……?」
「いやだからそれはあとで考えろって」
「はーい……」
また赤崎が麺をすすらずに上品に口に運ぶ。
「ていうか、その食べ方、外国人かよ」
別におれは他人様の食べ方にケチをつけるつもりはないが、なんだか面白かったのでツッコんでみると、怪訝な顔を向けられた。
「……それはどういう意味?」
「いやなんか、外国人って麺をすすれないんだってさ。そういう文化がないから」
「へえ、そうなんだー……!」
結構有名な話だと思ったけど、赤崎が知らないのは意外だった。
「……なんか、赤崎って、普通のやつなんだな」
「どういうこと?」
言ってからもぐもぐとする。
「いつも完璧な顔して澄ましてる感じだし、演技力とかやばいけど、つけ麺とかの知らないことについては、そんな感じなんだなって」
「褒めてる?」
「いや、ただの感想」
おれはまたつけ麺をすする。
「やっぱうめえな、ここのつけ麺……!」
並んだ価値があったぜ……と改めて感動していると、なんだか右から視線を感じる。
「なんだよ?」
おれがそちらを見てやると、真顔の赤崎はそのまま無言で麺を取って、不慣れな感じでちょっとわざとらしくずるずると音を立てて食べた後に。
「うめーな? ここのつけ麺?」
なぜか疑問形でやけに嬉しそうに笑うのだった。




