表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/78

第41話:「ちょっとちょっとちょっと」

 昨日深夜までおこなった一夜漬け練習のおかげもあって、合奏は順調に進み、あっという間に二時間が経った。


 フロントにて元々のメンバー4人で割り勘して料金を支払う。


 青井あおいさんも支払うと申し出てくれたが、今回はゲストなので断った。ちなみに結局演奏者として出るまくのなかった赤崎あかさきは当然支払わない。


「せっかく楽器持ってきたのになー」


「ごめんね、七海ななみ


「ううん、私は青井が練習しすぎで唇が痛くて音が出なくなった時用の保険だもん」


「練習してこなくて音が出なかったって可能性は?」


「そんなことありえないでしょ?」


 赤崎が可憐かれんに笑って、青井さんも「へへ」と少しくだけたように笑う。


 そんな姿を見ながら、おれはふと気になってたずねてみる。


「青井さんのこと、名字で呼んでるんだな?」 


「うん、そうだよ。なんかアオイって下の名前みたいで可愛いでしょ?」


「はあ、まあ、たしかにそうかも」


 可愛いかどうかはそれぞれの価値観だけど、下の名前があおいさんっていう人はたしかに結構いるし、漫画とかで『葵』というキャラはたいてい美少女として描かれているようにも思う。


「お、分かってくれた。ほら、そう思ったら勘太郎くんも、アオイさんって、下の名前で呼んでるみたいな気分になってこない?」


「うーん、青井……青井……。いや、『青井』って漢字が浮かんでるから名字だなあ」


「勘太郎くんひどいよ、いつまで経っても私のことは下の名前で呼んでくれないのに、アオイのことは呼び捨てにした……!」


「いやだから青井って名字だろって……」


 いや、ていうか名字じゃなかったとしてそんなことを赤崎になじられる理由が分からない。


「……あんまり無意味に人の名前を連呼れんこしないでくれない?」


 やりとりを見ていた青井さんがジトっとこちらをにらむ。むしろよく今までえて見てたな。


「ていうかあたしはそれよりも、七海ななみ諏訪すわのことを下の名前で呼んでることに驚いたんだけど」


「呼ばせてもらってるんだ。ね? 勘太郎くん?」


「はいはい……」


「へー……?」


 いぶかしげに見られたところで、


透子とうこ、楽器預かってもらうぞー」


 と、白山しろやまが声をかけてくる。


 楽器預かってもらうのか。なぜ?




「なあ、昼飯とか食わない? 腹減った」


 スタジオの外に出る階段を上がり切ったところで、おれは提案する。


 今は14時。12時からの練習だったものだから、昼飯も食べてないし、実は朝飯も食べていない。


 はちみつレモンでなんとなくお腹を満たしたものの、胃が固形物こけいぶつほっしていた。


「あ、いいね勘太郎くん。私もお腹すいたよ」


 赤崎が真っ先に乗っかって手を上げてくれる。


「ごめん、僕はちょっと用事が。ジュンク堂で本を買って帰らないと」「オレもちょっと姉ちゃんから呼び出し受けてて……」


 飯田いいだ大黒おおぐろが申し訳なさそうに頭を下げる。


 ちなみに、飯田は読書好きで、大黒は姉ちゃんによく呼び出しを受けている。呼び出しっていうのが何かはよく分からない。


「あー、俺たちは……」


 そこに引き続き、困り顔で笑っている白山と横でもじもじしている青井さん。


「2人はデートかな?」


 赤崎がにやーっと笑って身体ごと首をかしげる。


「ごめんな、水族館に行こうって決めてて」「べ、別に行き先言わなくてもいいでしょ」


 白山がすまなそうに言ってきて、青井さんが恥ずかしそうにツッコミを入れる。別に恥ずかしい行き先じゃないと思うけどな、水族館。いかにもデートって感じで。……いや、それが恥ずかしいのか。


 ていうかそれで楽器を二人してスタジオに預けていたのか、と納得する。


 スタジオでは次回利用客のために楽器を預かってくれるサービスがある。断じてリア充のデートのためのクロークではないけどな。


 ということで、なんとなく駅の方まで歩きながら、それぞれがそれぞれの用事のある方に散っていく。


「じゃ、またな、赤崎」


 最後に駅前で赤崎とふたりになったタイミングから、ラーメン屋にでもいくかと赤崎に手を振りながら歩みを進めると、おれのコートがぐいっと引っ張られて前に進めなくなる。


「ちょっとちょっとちょっと」


「ん?」


 振り返ると赤崎が信じられないと言った顔で首を降っていた。


「いやいや、『ん?』じゃないよ。なんでひとりでどこか行こうとしてるの? お昼ご飯食べようよ」


「え、ふたりでも一緒に食うの?」


「お腹のき具合にひとりとかふたりとか関係ないでしょう?」


「まあ、そうだけど……」


「今、何を食べに行こうとしてたの?」


「ラーメン」


 池袋はラーメンの激戦区である。せっかく池袋に来てひとりなら並ばないと入れない店に並ぶのも一興いっきょうだろうと思ったのだ。


「ラーメン、私も食べたい」


「じゃあ、好きなところに行けよ。ラーメン屋、たくさんあるし」


「女子ひとりでラーメン屋入りづらいんだよ! でも、ラーメンが食べたいか食べたくないかで言ったらもちろん食べたいわけで」


今時いまどき、女子がどうとかそんなのないだろ」


「いいえ、あります。というか、逆になんでそんなにかたくなにふたりでご飯食べることを拒否するの? 芽衣ちゃん?」


 顔をしかめて首をかしげる赤崎。流れるように『芽衣ちゃん?』って聞いてくるのはなんだよ、と言いたいところだが、今回については図星ずぼしである。


「あのな……実は今、芽衣めい吉野よしのが池袋にいるんだよ。ふたりでいるところ見つかったら面倒だろ?」


「……どうしてそんなこと知ってるの?」


「いや……吉野と行きの電車でたまたま会って、それでそのまま待ち合わせ場所のいけふくろうの場所が分からないっていうから行き道で連れてったら芽衣がいたんだよ」


「ふーん?」


 おれは事実を伝えているだけなのに、何かを見透かしたように赤崎はにやりと笑う。


 そして。


「それじゃあ、行こうか、勘太郎くん」


 おれの腕に赤崎が両手をからめる。


「いや、だから……、おれの話聞いてたか?」


 おれは振り払おうとするも、想像以上に強い力でしがみつかれていた。


「普通はこれさいわいとばかりに鼻の下をのばすタイミングなんだけどね?」


「普通とかは知らないけど……。おれは芽衣が好きなんだから関係ないだろ」


「……っ!」


 おれが本当に困ったので正直にそう話すと。


「ほんっとうに、良いなあ……」


 そう言いながら、瞳をうるませて見上げてくる。


「え……?」


 え、嘘でしょ? 泣くの? ここで?


「あ、赤崎……!」


 おれがしどろもどろになって名前を呼ぶも、泣きそうな顔をしながらこちらを見続けるだけの赤崎。


「じゃ、じゃあ、ラーメン屋だけな? 結構並ぶかもしれないけど、それでもいいな?」


 別におれだって拒絶がしたいわけじゃないのだ。


 ただ、芽衣と遭遇そうぐうしたりしてそれがデートに見えたらまた余計な心配を芽衣にかけるだろうと身の程知らずにもそう思っただけで。でも、まあ、ラーメン屋ならロマンチックじゃないからデートとかにも見えないだろう。実際やましいことがあるわけじゃないし。うん。見つかっても大丈夫だ、うん。なんなら先に芽衣に一報入れるか? いや、それはそれで何様なにさまって感じだな。だから、まあ、大丈夫だ。


 おれは何度も自分に暗示をかける。


「うん! よし、池袋でラーメンデートだね?」


「いや、だから、人がせっかくかけた暗示をそんな造語一つで吹き飛ばすなよ……!」


 ていうか今さっきまで瞳に溜まってた涙はどこへ行ったんだ。また演技かよ。


「はあ、一杯いっぱい食わされたな……」


「え? 私、ラーメンおごらないよ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ