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第38話:「ヒントは諏訪君も知ってる人!」

諏訪すわ君の私服見るの初めて。結構大人っぽい感じなんだね。そのチェスターコートとか素敵!」


 偶然同じ車両に乗り合わせて、一緒に池袋いけぶくろ行きの電車に揺られていた吉野よしの夏織かおりが笑顔でおれの服装をめてくれる。芽衣が選んでくれたコートだ。


「ちぇすたーこーと? そういうの? これ」


「うん、そうだよ。わたしのこれもチェスターコート」


 そう言って自分のコートをひらひらとさせる。たしかに似た形をしている。


 そう話す吉野は白いニットに黒いスカート、上にはベージュのチェスターコート(覚えた言葉をすぐに使うスタイル)を羽織はおっている。ザ・清楚せいそな感じの服装だ。車窓しゃそうから車内に漏れ入ってくる日差しにその黒髪が照らされている。


「ほお……、まあ、おれのはユニクロだけど……。でも、ありがとう」


「なんかすっごく嬉しそう」


 微笑ほほえみながら首をかしげる吉野。


「ああ、いや、ちょっと今日はなんというか、出る前にいろいろ考えたから……」


「ふーん? 諏訪君って自分で服選んでるの? それともマネキンい?」


「まねきんがい?」


 チェスターコートに引き続いて、またしても謎の単語が出てきてしまった。ファッションの用語は全然分からない。


「服屋さんでマネキンが着てる服をそのまま買うことだよー。諏訪君って結構知らないこと多いんだね! 勉強できるし、なんでも知ってそうなのに」


「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」


「なにそれ?」


「何でもないわよ。ちょっとふざけただけ」


 ……そうだった、この人にこの手のギャグは通用しないんだった。赤崎あかさきに伝わるか今度やってみよう。


「へえ……まあ、なんかそういうのがあるんだね。アニメのセリフかなにか?」


「相変わらず飲み込みが早いな……」


 おれのことを勉強ができるとめてくれたが、吉野もかなり勉強できるし頭がいいと思う。ここ2、3日の付き合いだけど。


「それで、自分で服装選んでるの?」


「うーん……」


 なんとなく言いよどんでいると、吉野が引き取ってくれる。


「ってマネキン買いを知らないならそういうことになるのかあ。それでそんな服選べるならすごいね。センスあるんだ」


「いや、まあ……。家族にアドバイスしてもらったりしてるから、おれっていうよりはそっちのセンスだな」


 せっかく褒められてるが、これは芽衣の功績なので、あまりそのままおれの手柄てがらとして受け取るのもずるい気がして少し訂正した。


「へえ! ご家族と仲良いんだね! お母さん? きょうだいいるんだっけ?」


「まあ、姉はいるけど……」


「そうなんだー」


 直接の嘘はついていないが、ここで『家族』の内容にあまり言及げんきゅうされるとボロが出るのは確実なので、曖昧あいまいに口の中で答える。


「あ、そういえばそれギターでしょ? 今日バンドの練習?」


 すると、ちょうどよく吉野が自分で話題を変えてくれた。


「うん、まあ」


 ギター自体を初めて見るわけでもないのに、やけに物珍しそうにしている。


「わたし、あれから結構練習してるんだよ」


「あれからって、あれ、一昨日おとといだけど」


 手をわきわきとさせながらアピールしてくる吉野にツッコミを入れる。もう練習してなかったら三日坊主みっかぼうずどころか一日坊主だ。そんな言葉があるのかは知らないけど。


「あはは、そうだね。でもやっぱりFが押さえづらいんだよねえ……」


「まあ、ギター初心者あるあるだな」


 ギターを始めた人にとって、Fコードを押さえるのは誰しもが一番最初に挫折ざせつをするポイントだ。人差し指で全ての弦を押さえた上で他の指も全て使って押さえるコードで、おれも慣れるまではかなり苦労した。


 しかも吉野はエレキギターよりも押さえづらいアコースティックギターをこうとしているわけだし、さらにおれよりも手も小さそうだし握力あくりょくも弱い可能性が高いから、おれの時よりもさらに大変だろう。


「やっぱり握力あくりょくが足りないのかなあ……。でも、わたしにギターを最初に教えてくれた人は女の子だけど押さえられてた気がするんだよね。気がするだけかな?」


「おれはその人のこと知らないから聞かれても分からないけど……。まあ、けては通れない道だから頑張るしかないよ。どうしても厳しかったら裏技を教えてやるからまた言って」


「え? そんなのあるの? 今教えて欲しいんだけど」


「いや、まだだめだ」


「鬼教官……?」


 吉野が怪訝けげんそうにこちらを見上げてくる。


 実は『簡易F』という、押さえる弦を減らしてもっと簡単に押さえるやり方が存在するというだけの話なのだが、簡易Fに甘えてしまうとなまじ曲が弾けてしまい、いつまでも本物のFを押さえることが出来なくなるため、吉野のためにならないだろう。


「まあ、まだ今日で3日目だろ? Fはみんなそんなすぐには押さえられないよ」


「うーん、それもそうだね」


 ふむ、と頷いてから、吉野は突然パン!と小さく手を叩く。


「ところで! わたしはこれから誰と会うために池袋に向かってるでしょうか?」


「え?」


 いきなり謎のクイズタイムが始まってしまった。


 しかも、答えを知っているだけに答えられないタイプの、正解を出してはいけないクイズだ。


「ヒントは諏訪君も知ってる人!」


 ニコニコ笑顔の吉野。無邪気だなあ……。ヒントいらないなあ……。


「そ、そっか……。誰だろうなー。赤崎、とか?」


 そのヒントだとほとんど赤崎か芽衣めいかくらいしか選択肢がない。西山にしやまという可能性もなくはないが、だとしたら一夏町ひとなつちょうから一緒に来ているだろう。自分の推理力すいりりょくがこの場での『正解』を導く邪魔をする。


「ぶっぶー。ななみんじゃないよ」


「わー、外したー……」


 とはいえ、なんとかうまく答えを外すことができた。気がする。


「はい、(イチ)バツね。あと2回まで間違えられるよ。どうぞ」


 手で即席そくせきのマイクを作って吉野がこちらに向けてくる。ナナマルサンバツってそういうルールじゃないと思うんだけど……。


「いやー、もういいよ。外したし、ほら、男に二言にごんはないって言うか、そういうのずるいだろ?」


「男って……結構古い考え方なんだね、諏訪君って」


 純粋に意外そうにこちらを見上げてくる。


「いや、そういう話じゃなくて……」


 おれが言葉をにごしていると、吉野が一転してニヤッと笑う。


「じゃあ、現地で答え合わせにしよっか!」


「現地……?」


「うん!」


 ……余計にややこしいことになった気がする。


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