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第36話:「でも勘太郎が寒い思いするのやだな」

勘太郎かんたろうの私服ってシンプルだよね」


 脱衣所からちゃんと服を着て出たおれを見て開口かいこう一番、芽衣めいがそんなことを言った。


「あ、そう? 全身ユニクロだけど……」


「なるほど、だからか」


「え、変か?」


 なんかわざわざ言及げんきゅうされたものだから自分の服装を改めて見返してみる。上から、ユニクロの白シャツの上にユニクロの灰色のカーディガンを重ね、ズボンはユニクロの黒いジーンズだ。パンツもユニクロのボクサーパンツだし、覚えてないけど靴下もどうせユニクロだろう。3そく990円。


「ううん、似合ってると思う。でもそれじゃ寒くない? 今日最高気温16℃だよ?」


「え、今日そんななの?」


「うん、ほら」


 そう言いながら芽衣がスマホの天気予報の画面を見せてくれた。


「勘太郎、寒がりでしょ?」


 気遣わしげに首を傾げてくる芽衣。さすがよく知っている……。


「そうだな……でもまあ、今日はほとんど屋内おくないだし」


「ダメだよ、風邪ひいちゃうよ? ヒートテックは着てないの?」


「着てない……」


「あれ、ユニクロ主力商品だと思うけど?」


「知ってるけど、あれ着て演奏してると、かなり暑くなるから……」


 いや、その前に別におれはユニクロの社員でもないし、ユニクロだけで着回しチャレンジをしているYouTuberでもないのだが。


「まあ、それもそうか……。でも勘太郎が寒い思いするのやだな。ちょっとこっち来て」


 そう言いながらユニクロの白シャツの袖口そでぐちをくいっと一度だけ引っ張ってから、ついてこいと背中で語り、階段を上がっていく芽衣。その行き先とは。


「……おれの部屋じゃん」


「クローゼット見るよー」


 なんのためらいもなくおれの部屋に足を踏み入れた芽衣は、そう言いながらクローゼットの引き戸に手をかける。


 すると、そこで一度動きを止めてから、ジト目でこっちを見てきた。


「……えっちな本とか見つかったりしないよね? 嫌だよ、そういう気まずいの」


「じゃあ勝手に開けようとするなよ……」


「だから開ける前に聞いてるんじゃん。 あるの? ないの?」


「ないけど……」


 おれがそう答えるとじぃー……っとおれの目を覗き込んで、


「……うん、嘘じゃないね、良かった」


 と真顔まがおで言ってからクローゼットの扉を開けた。


「どれがいいかな……」


 芽衣は首をかしげながらクローゼットの中を物色ぶっしょくして、ユニクロのパーカーやユニクロのトレンチコートやユニクロのモッズコート(最近覚えた)等々を取り出して、ハンガーにかかったままおれの胸元にあてがう。


「ていうかまじで全部ユニクロだね……」


「うん、他に服屋知らないんだよ。人生の中で服に興味を持つ機会がなかったし」


 おれはされるがままになりながらそんなことを白状はくじょうした。


 ここまでユニクロで固めているのはもしかしたら少し特殊かもしれないが、男子高校生の中でファッションに興味を持てないのは結構あるあるだと思う。


 興味を持てないというよりは、なんとなくファッションに興味があるということ自体がなんかスカしているというか、自分のことをイケメンだと思ってると思われそうというか、そんな感じがして気恥きはずかしいのだ。


「そうなんだ……。じゃあ、今度一緒に買い物行こうよ。あたしが選んであげる。人が選んだものなら抵抗ないでしょ?」


「え、まじで?」


 おれの内心での言い訳がましい自己分析を知ってか知らずか、芽衣がそんな提案をしてくれたので、ついちょっと大きめに声が漏れた。


「い、いきなりそんな嬉しそうな顔しないでよ……! なんか、ハードル上がるじゃんか……! 別にセンスあるわけじゃないし……!」


 ほほを赤らめて顔をしかめる芽衣。そんな顔してたのか、おれ。恥ずかしい。


「いや、別に、ハードルとかないっていうか、選んでくれたらそれで嬉しいっていうか……」


「だ、だからそれをやめてって言ってるんだけど……! ちょっとルール違反だし……!」


 しどろもどろで返していると向こうもしどろもどろになってドロドロの泥仕合どろじあいだ。泥仕合の意味ももはやよく分からない。


「と、とにかく! 今日はとりあえずこれとかいいんじゃない?」


「お、おお、ありがとう……!」


 結局芽衣が選んでくれたのはユニクロのカーキ色のコート(名称不明)だった。大きめのえりと、ボタンがおなかのあたりで3つくらいだけあるコート。


 これが一番良かったのか分からないし、『Everyday is good!』マグカップを選ぶ芽衣のセンスをどれくらい信じていいのかはよく分からなかったが、これは芽衣が選んでくれたコーディネートなんだということだけで、今後ずっと着ていられる気がした。


 この色がいいねと芽衣が言ったから今日はおれのコート記念日なのだ。


「ありがとう、大事に着るよ」


「別にあたしがプレゼントしてるわけじゃないんだけど……。でも、それ、その……」


 話しながらコートを羽織はおったおれをちらっと見てから。


「に、似合ってる、と、思うから……!」


「お、おう……!」


 照れたようにそんなことを言われて、おれは今身に付けたばかりのコートを脱ぎそうになるくらい身体が熱くなるのを感じた。


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