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第32話:「うひゃー、赤崎の赤は血の赤だねー……」

「おはよう、ななみん! 諏訪すわ君!」


 おれと赤崎あかさきが二人で碁盤ごばんの目状になっている登校道を歩いていると、最後のかどの、道が全部収束(しゅうそく)する校門の前で黒髪セミロングの女子が笑顔で肩を叩いてきた。


「おお、吉野よしの」「おはよう、吉野ちゃん」


 赤崎の横に並ぶ吉野に挨拶あいさつを返す。


「諏訪君、昨日はありがとうね。すごく助かったよ」


「いや、全然」


 吉野が赤崎越しに腰を少し曲げて手を合わせてくる。お礼を言われているのがギターの教本を選んだことなのか、わざわざ家まで行ってギターを教えたことなのか、それとも吉野の想い人・西山にしやまとの帰宅をアシストしたことなのかは判然はんぜんとしなかったが、まあなんにせよ答えはそんなもんだ。


勘太郎かんたろうくんが吉野ちゃんの参考書を選んだんだって?」


「かんたろうくん?」


 赤崎の言葉に吉野はほけーっと首をかしげた。『参考書』の方に反応しなくてよかった……。


「そんな風に呼んでるんだね? 二人が仲良しなのって、前からだっけ?」


「いや、仲良しっていうか……」


 とりあえずやんわりと否定しようとして、自分でも疑問に思う。仲良しっていうか、なんだ……?


 その一瞬のためらいが余計な疑念ぎねんを吉野に与えたらしい。さらにいぶかしげに顔をしかめる。


「あれ、二人ってどういう関係なんだっけ……?」


 その質問をきっかけに赤崎の口角こうかくがニヤリと上がる。そして、おれの耳に唇を寄せて、小声でささやいた。


「ほら、勘太郎くん、こういう時、なんて答えるんだっけ?」


 少し背伸びをしていたらしい赤崎は身体の高さを戻して、意地悪いじわるな目で見上げてくる。


 はあ……とおれはため息をつきながらも、


「……ご想像にお任せします」


 と先ほど学んだばかりの受け答えをする。


「……ええ? そんなこと言われても想像できないしわかんないよ」


 頭の上にハテナを先ほどよりもたくさん浮かべて吉野がうーんとうなってしまった。


「ほら、わかんないってよ?」


 ほれ見たことか、と赤崎に言うと、


「いや、今のは勘太郎くんが下手なだけだよ。ね、吉野ちゃん、私に聞いてみて」


 となぜか自信満々に妙なことを吉野に振る。


「え、なにを……?」


「勘太郎くんに聞いたのとおなじこと」


「ああ……えっと……二人はどんな関係なの?」


 ていうか吉野、物わかりいいな……。


 おれがむしろ吉野に感心していると、赤崎は若干もじもじとしながら、猫のようにした手を自分の口元に添えた。


 そして。


「……ご想像にお任せします」


 照れた感じで、頬なんかも少し赤らめながら、そんなセリフをしっとりと言った。


「うわあ……!! なんか妖艶ようえんだね……!」


 吉野の顔までなんだか赤くなっている。ていうか妖艶って。吉野はちょくちょく本でしか見ないような言葉を使うな……。


「へえ……大人なんだなあ……そりゃ、諏訪君も女の子の部屋に来ても落ち着いてるわけだ……」


「おい、吉野……!」


「……今なんか不穏ふおんな言葉が聞こえたけど?」


「あ、なんでもない」


 あはは、と苦笑いをしながら両手を胸の前で振る。笑って誤魔化ごまかすの典型的な感じだけど、そんなの通用するのか……!?


「ふーん……。まあいいや、あとで勘太郎くんを詰問きつもんするから。勘太郎くん、今日の帰りには爪がなくなってるかもね?」


「それは詰問きつもんていうより拷問ごうもんですよね……!」


 怖すぎるよななみん……!


「うひゃー、赤崎の赤は血の赤だねー……」


「吉野ちゃん、余計なこと言ってない?」


「うん、今のは自分でも余計だったと思う……。でも、ななみんを見てたらなんか勇気が出てきたよ!」


 本当に余計で、かつ無駄むだ物騒ぶっそうなことを言った後にニカっと吉野が笑う。


「どういうこと……?」


「つまり、幼馴染がいても、しかもその幼馴染がとびっきり魅力的でも、勝ち目はあるってことだよね!」


「その話か……」


 吉野は好きな人(西山)に幼馴染がいて、その絆の深さと戦っている最中さいちゅうらしいからな……。


「ああ、西山君のこと……」


 すると、事情をよくわかっているらしい赤崎が少し顔をくもらせる。そして、やけに神妙な顔つきで、ぽつりと呟いた。




「……幼馴染は手強てごわいよ、吉野ちゃん」



 今までの流れを無視した赤崎の言葉に吉野が「ええっ!?」と頓狂とんきょうな声をあげる。


「でも、ななみんと勘太郎かんたろう君って付き合ってるんじゃないの!?」


「ううん、本当は付き合ってないの。私の男()けの作戦に付き合ってもらってるだけで。あと、どさくさにまぎれて勘太郎君って呼ばないで」


「え? どういうこと? 理解が追いつかない……。男除けって、そんなことしなきゃいけないの、ななみんくらいだよ……!」


 理解が追いつかないという割にはやっぱり飲み込みが早くて怖い。吉野さん、あと、勘太郎君の件も質問してくれないかな……。


「別にあらゆる男子をけようっていうわけじゃないんだけど……。まあとにかく、勘太郎くんに彼氏のフリをしてもらってるんだ」


「へえ、諏訪君、そんなことしてるんだ……。大変だね……? それとも役得やくとくって感じ?」


 スムーズに諏訪君呼びに戻す吉野。いやむしろさっきのがなんなんだ。


「ていうか、いいのか? 赤崎。さっきまで『にごそう』みたいなことを言ってただろ?」


「ううん、吉野ちゃんには隠す方が得策とくさくじゃないし、これからいどもうとしているものの大きさをちゃんと説明しておく方が優先だと思って」


 そうおれに説明すると赤崎は真剣な眼差まなざしでもう一度吉野に向き直る。


「挑もうとしているものって……幼馴染のこと?」


 吉野が首をかしげる。


「そう。幼馴染ほどの勝ちヒロインはいないんだよ、吉野ちゃん」


「かちひろいん……?」


「うん、勝ちヒロイン」


 出た、赤崎の意外な言葉遣いシリーズ。


「というかなんか、いつもと顔つきが違うね、ななみん……?」


「……そんなことないけど」


 その指摘を受けて、すん、と表情を戻す。


「いや、違かっただろ」


「あ、私たちの教室が見えてきたよ勘太郎くん。それじゃあね、吉野ちゃん。また会うことがあれば続きを話しましょう」


 なぜか頬を赤くしながらまし顔を作った赤崎はおれの腕を引っ張って教室に向かう。


「なあ、赤崎ってもしかして……」


「な・な・み!」 


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