第30話:「『彼女』っぽいこと、したかったんだ」
芽衣『瀬川駅の改札出たら、一回立ち止まって周りを見回してね』
「はあ……?」
おれが家を出た頃、スマホが震えたので見てみると、これまで通りおれよりもだいぶ早く家を出た芽衣から謎のメッセージが届いていた。
勘太郎『何それ? 謎解き?』
芽衣『そういうんじゃないけど…とにかく!』
勘太郎『よくわかんないけど了解』
首をかしげながらも電車に乗って、学校の最寄駅である瀬川駅に到着する。
改札を出ると、芽衣に言われた通り邪魔にならないところに立ち止まって、周りを見回してみた。
すると。
「おはよう、勘太郎くん」
柱を背もたれにして立っていた赤崎が右手を上げた。一緒に登校する誰かを待っているのだろう。
「おお、赤崎」
「な、な、み」
「ちょうど今日話したいこと、っていうか聞きたいことがあったんだよ」
呼び方の訂正を面倒臭いやら気恥ずかしいやらで無視して、こちらの用件を伝える。
「あとでどっかで話せるとありがたい。今日の帰りとかでもいいんだけど……」
「あとで? 今から学校に行く途中じゃだめなの?」
目を丸くして赤崎が首をかしげる。
「いや、だって、誰か待ってるんだろ?」
「ああ、そう思ったのかあ。私が待っていたのは勘太郎くんなんだけどな」
「え、そうなの? わざわざ? なんで?」
「私も話したいことがあるし、それに……」
そこまでは真顔で、そして演技がかったにやけ顔を浮かべて、
「『彼女』っぽいこと、したかったんだ」
とあざとく首をかしげてくる。
「はあ……でも、おれがもっと早く登校してたらどうするつもりだったの? おれが登校する時間知らないだろ?」
偽装の彼氏を待った結果遅刻したなんて目も当てられない。顔をしかめて聞いてみると赤崎は残念そうにため息をついた。
「はあ……相変わらず1ミリもときめいてくれないね、勘太郎くんは……。今の、『とくん……』って効果音が聞こえてもいいところだと思うんだけど」
「何それ……?」
「なんでもないですー。かなり前から待機してたから勘太郎くんがよほど早く来ない限りは大丈夫なんですー」
肩をすくめて拗ねたような顔をする赤崎。
「ああ、それで……」
おれはその一言でさっきの芽衣からのLINEを理解した。
つまり、芽衣は登校時に赤崎に一回会っていて、それでおれが赤崎を見失わないようにLINEを送ってくれたのだろう。『七海ちゃんが待ってるよ!』と言ってくれなかったのがなんでかはよく分からないが、多分、本当は言いたくないけど赤崎のためには言わないとというせめぎ合いの結果なのだろう。いいやつだなあ……。
でも、だとしたら赤崎は自分でも言ってた通り、かなり待ってくれていたと言うことになる。
「かなり待たせてごめん、いや、別におれ悪くないけど……。寒くなかったか?」
「その『いや、別におれ悪くないけど……』っていうのがなければ勘太郎くんも完璧な彼氏なのにね?」
赤崎は言ってる内容に反してにこにこと嬉しそうに笑っている。
「芽衣ちゃんも同じこと心配してくれたよ」
「やっぱり会ったんだ」
「やっぱり?」
「いや、……芽衣ってほら、朝早いから」
「ああ……やっぱり幼馴染だとお互いの電車の時間とか知ってるものなんだ……。あんなに早いんだって、私知らなかったよ」
ふむふむ、と有益な情報かのようにうなずく。別に幼馴染の標準スキルではないだろうが、言及しないでおく。
「で、芽衣がなんだって?」
「ああ、うん。ここに立ってたら『あれ、七海ちゃん何してんの?』って聞いてくれたから、『勘太郎くん待ってるんだよ』って言ったんだ。そしたら芽衣ちゃん、『あぅ……』とか言ってほっぺ赤くしてから、『か、勘太郎来るまで待ってたら寒くない? まだ結構かかる気がするし……。学校まで行って待ってたら?』って、なんか慌ててて可愛かった」
「そうですか……」
「そのあと小声で『ていうか、勘太郎、うまくやれてるの……? その……』って聞いてきたから『私の彼氏を?』って言ってみたら『か、かれし……!』って顔真っ赤にして! 本当に可愛い……!」
赤崎はなぜか身体をくねらせんばかりの勢いでとろけながら会話を説明してくれる。意地悪をしているというよりは、ただただオタクが推しを愛でるみたいな顔になっている。
「なに、赤崎って芽衣のこと好きなの……?」
「へ? まあ、もちろん好きは好きだけど、『尊い』って言う方が近いかなあ……」
「尊いって……」
昨日に『フラグ』に引き続き、赤崎から出る言葉にしては意外な言葉だ。
「ていうかなんであんな感じなのになんで勘太郎くんのこと振ったんだろうね?」
「いや、おれに言われても……。普通にそれ、傷口に塩塗ってるし……」
「ああ、ごめんね……? あまりにもそこだけ分からなくて、つい」
謝っている割には悪びれもせず肩をすくめる。
「まあまあ、とにかくそろそろ行こうよ。一応『彼女』として強がってみたけど、普通に寒かったは寒かったし」
そう言いながら赤崎が自分の両手に息を吹きかけてすりすりした。『彼女』として強がったセリフとやらを聞いた覚えはないが、寒かったのは純粋にかわいそうだ。
おれはポケットとカバンをあさってみるが、防寒に役立ちそうなものは入っていなかった。
「ごめん、ホッカイロとか持ってたら良かったんだけど……」
「本当に勘太郎くんに私の彼氏は役不足だよ」
「はあ?」
なんだか不意にしっとりと言われたのでつい素っ頓狂な声が出てしまう。
「彼氏なら、ほら、手とかつないでくれるんじゃない?」
にやりと笑って赤崎が付け加える。なんだ、また意地悪言ってるだけか……。
「いや、つながないし……ていうか、『役不足』ってそれ、有名な誤用だから。役の方が不足してるって意味で……」
「ううん、誤用じゃないよ」
おれが辞書的な意味での『役不足』を説明しようとすると遮られる。
「勘太郎くんは私にはもったいないって言ってるの。ほら、行くよ?」




