第27話:「……別に、疑ったわけじゃないからね」
「勘太郎、夏織ちゃん、お待たせ!」
一夏町駅の改札前、声のする方を見やると、
「芽衣……!?」「メイちゃん……?」
なんとそこに南畑芽衣が立っていた。
「ごめんごめん、ちょっとトイレ混んでて……って、西山君じゃん!」
なぜかこんなところにいる芽衣は、ややわざとらしく西山の登場に驚いてみせる。
「ああ、南畑さん。久しぶりだね」
「えーと……、あれ、二人は知り合いなんだっけ?」
本当はもっと手前に聞きたいことがあるのだが、少なくとも芽衣がおそらくおれたちを助けようとしてくれているらしいのを邪魔するわけにもいかず、差し障りのないことを聞いてみる。吉野はおれの横でほけーっとしている。無理もない。それが正しい反応だと思う。
「うん、去年度、同じクラスだったんだ」
西山が答えてくれる。去年度って普通言う?
「それで、3人で一夏町に来てたの?」
首を傾げる西山に芽衣が口角を上げる。
「うん! 夏織ちゃんの家に持っていくものがあって、ちょっと重かったからあたしの近所に住んでる勘太郎に付き合ってもらったんだよ。その帰りで、夏織ちゃんに送ってもらってたわけ」
「へえ、そうなんだ。何を渡しに来たの?」
「そ、それは女の子同士の秘密、かな」
あはは……と笑って誤魔化す芽衣。さすがにそこまでは考えていなかったらしい。
「そうなんだ。諏訪はいいの?」
「か、勘太郎は女子みたいなもんだから!」
なんでだよ……。
「へえ、そうなんだ」
爽やかな笑顔で返してくる西山。なんで納得してんだよ。へえ、ってなんだよ。
「じゃあ、吉野さんはこれから家に帰るところ?」
「あ、うん……! そう、です!」
吉野がいきなり水を向けられてびくっと肩を跳ねさせる。
「そっか。じゃあ、途中まで一緒に行こうか」
「……うん!!」
吉野、満面の笑みである。これが恋する乙女の反応か……!
「暗いから、夏織ちゃんの家まで送ってあげたら? なんてね。とりあえずあたしたちはもう行くね! それじゃあね、夏織ちゃん!」
芽衣がこれは好機とばかりに話を切り上げるので、おれも「じゃあな、吉野、西山」と後に続いた。
「うん! ありがとう! メイちゃん、諏訪君!」
幸せそうな笑顔で手を振る吉野。好きな人と帰れるということでとりあえず芽衣がなんでここにいるかとかはどうでもよくなってるらしい。とはいえ、あとでなんとかフォローしといた方がいいだろうな……。いや、おれもなんで芽衣がここにいるのか分からないんだけど。
改札を入り、二人で一夏町のホームに降り立ち、ベンチに座る。
「……で、なんで一夏町駅にいたの?」
「……LINE見てよ、勘太郎」
「LINE?」
おれが聞いているはずなのに不満げにそう返されたのでスマホを取り出すと、15分前に芽衣からメッセージを受け取っていた。
芽衣『一夏町駅にいるから、帰る時教えて』
「はあ。……で、なんで?」
見てみたものの、全然疑問が解決してない。
「なんか家に一人でいるの落ち着かないって思って、勘太郎のこと迎えにでも行くかと思ったら、いつの間にかついここまで……」
「え、わざわざ電車乗って?」
「う、うん。なんかどうせならと思って足が勝手に。夏織ちゃんの家が一夏町なのは知ってたから……。それで、改札出ないで待ってたんだけど、なんかピンチになってるぽかったから、つい」
「いや、よくピンチだって分かったな……」
「夏織ちゃんが西山君のこと好きなのは知ってたから。吹部の二年生はだいたいみんな知ってるんだよ」
「そうか……」
それを知っているとしても、よくあの状況を見てそこまで判断出来たな、とは思う。思うけど、芽衣の気遣い力を持ってすれば出来なくもないのかも知れない。
「まあ、とりあえずありがとう。助かったよ」
「別に……」
芽衣の声が少し暗いので見てみると、結構思い切ったことをした自覚があるのだろうか、なんだかバツが悪そうにしている。
「……別に、疑ったわけじゃないからね」
「へ、何を?」
「勘太郎のこと」
「いや、だからおれの何を……?」
尋ねるおれをちらっと一瞥だけして、
「ただ、ちょっとでも早くって、そう思ったっていうか、なんていうか……」
モゴモゴと説明する。
「はあ……?」
芽衣が何を言いたいのかよく分からない。いや、まったく分からないでもないだけに、なぜいきなりそんなことを言い始めているのかがよく分からない。ついでに今おれが何を言ってるのかもよく分からない。
「勘太郎、ちゃんと電話してくれたでしょ?」
「吉野の家に行くって話を?」
「そう」
小さく頷く。
「だから、なんか、迎えに来たかっただけ。その……居候として」
「電車賃かけてまで迎えにくる居候なんているのか?」
「あ、あたしはそういうタイプの居候なの! 居候のスタンダードなんか知らないし……! ていうか本当は改札出る予定なかったんだから」
「まあ、それはそれで違法だから……」
電車賃は乗ったら払わなくてはならないものだ。
「……まだやっぱり人の家って感じか?」
先ほどの、『なんか家に一人でいるの落ち着かないって思って』という言葉を思い出して聞いてみる。
「うん、まあ……。勘太郎がいれば大丈夫だけど、一人だとなんか、落ち着かない」
「昨日は一人でいたじゃん」
「昨日は結構すぐ勘太郎帰ってきたし、ムカついてたからそれどころじゃなかった」
「そうすか……」
おれは苦笑いする。
「自分の家だって思ってもらっていいんだけど、まあ仕方ないか……」
おれもついさっき吉野の部屋に一人でほんの少し待たされただけで居心地が悪かったから、それと似たような感じなのかも知れない。
「……今日、レモンケーキなんだってさ」
唐突かも知れないが、切り出してみる。
「ほえ、何が?」
「吉野のお母さんケーキ作りが趣味らしくて、それで吉野の家でケーキもらってきたんだよ」
おれは手元に持っていた白い箱を軽く掲げる。
「ああ、うん、知ってる。吹部でもよくマドレーヌとか持ってきてくれた。それで?」
突然の話題変更にうつむきがちだった顔をあげて首をかしげる。
「帰って、ハンバーグ食べたあと一緒に食べよう。芽衣の買ってくれたマグカップにコーヒー入れて」
「え? でも、あたしが食べちゃったらおじさんとおばさんの分がなくなっちゃわない?」
相変わらずの気遣い屋だ。でも、だからこそ、この話をする意味がある。
「……4切れ、もらったから」
「え、そうなの? どうやって……? まさか……!」
「4人家族って答えた」
「ば、ばかじゃないの!?」
ホームに少しだけ大きく声が響く。
「……なんでだよ」
「だって、そんなことしたら、バレちゃうかも知れないじゃん!」
「そういう問題じゃない、から」
おれが何を言いたいのかは分かったのだろう。芽衣が目を見開く。
「ばか。本当、ばか。ばかばか」
「そうかよ……」
なんとなくキザなことを言った反動で視線をそらす。
「なんでそんなに考えなしなのかなあ、勘太郎は。嘘がつけないとかじゃなくて、ばかだよ、ばか」
「いや、さすがにばかって言い過ぎなんだけど……」
「そうですかそうですか、勘太郎はそんな風に答えたんですか」
「ほら、電車来たよ」
同じ言葉を反復している芽衣を差し置いておれが立ち上がると、おれのブレザーの裾をきゅっと掴む感触が走る。
「……ありがとね、勘太郎」
ちらりと後ろを見ると、芽衣は嬉しそうに、下唇を強く強く噛み締めていた。
「……こっち見ないでっ、ばか」




