第12話:「あたしたちのこと、バレてる?」
「彼氏のふり!?」
カレーを食べながら、おれが赤崎からのお願いについて説明すると、芽衣は素っ頓狂な声を出す。
「そういうことだってさ」
「はあ、なんじゃそりゃあ……。ていうかそれ、あたしに言っていいことなの?」
「うん、芽衣とか白山とか、身近な友達には言ってもいいらしい」
「ふーん、どうして?」
怪訝な顔の芽衣。
「その、言い寄ってくる先輩とやらに分かってもらえばいいから、身近な友達まで騙す必要はないんだってさ。バラさないって信用出来る人なら別に伝えてもいいと」
「へえ……」
本当はもう一つ理由があって、『芽衣ちゃんとの仲をアシストしようっていうのに、芽衣ちゃんに誤解させるのは勘太郎くんにとって酷でしょ?』とのことだった。じゃあ最初からおれにこんなこと頼むなよ、と反論してみたものの、そこはなぜか聞く耳を持たなかった。
「でも、七海ちゃんにそんな先輩がいるなんて初めて聞いたなあ……。結構仲良しのつもりだったんだけど、知らないことがあるもんだね」
「そうなのか?」
「うん。まあ、あたしもそういう話しないからお互い様か」
「芽衣の『そういう話』ってどんなのがあるんだ?」
「それは……、い、今、それはいいから!」
うーん、流れるように聞いたら教えてもらえると思ったけど、さすがに無理だった。
「で、どうすんの? 受けるの?」
誤魔化すようにカレーを何口か口に運んでから、気を取り直したように首を傾げてくる芽衣に、
「……まあ、ほとんど名前だけ貸せばいいようなもんらしいし、芽衣に……芽衣とか白山に嘘つかなくて良いってことなら、受けてもいいかなと思ってる」
と素直な今の心境を答えた。
「そうなんだ……?」
どんな反応をするんだろう、と思って顔色を伺ってみるけど、芽衣はほけーっとしているだけだ。
「それ、どういう表情?」
「いや、なんとなく意外だなあって……。勘太郎にメリットあるの? それ」
呆れているわけでもなんでもなく純粋に疑問に思っているっていう感じらしい。
「おれって、メリットがないと人助けしなさそう?」
「ううん、そんなことないよ。勘太郎、優しいもん」
「お、おう……」
いきなり真っ向から褒められると照れるな……。
「でも、なんかそれって、普通の親切とちょっと種類が違くない?」
「まあ、それもそうだな……」
おれは頬をかく。本当はおれにとってもメリットのある交渉だったのだが、その『メリット』を芽衣にはまだ伝えるわけにはいかない。
なんと答えたもんかな、と考えていると、
「……ねえ、もしかして、あたしたちのこと、バレてる?」
眉をひそめて芽衣が聞いてくる。
「どういうこと?」
「あたしたちの同居がバレてるのかなって。その……あたしたちが一緒にコンビニ行った時とか、鍵作った時とかの写真を撮られてて、それをバラさない代わりに……とか脅されてたりとか……」
「いや、全然?」
思いもしないことを言われて、おれははっきり首を振った。
「そう……?」
「誓ってそんなことはない。もしそうだったら100億円やるよ」
「100億円って、小学生じゃないんだから……。でも、じゃあ、どうして? なんか良いものでももらえるの?」
「……まあ、そんな感じかな。内容は秘密だけど」
嘘をつくのはあまり得意ではないから、隠し事をするにとどめよう。
すると芽衣は、ジト目でこちらを見てきた。
「ふーん……。いやらしい」
「いや、そういうんじゃないからな? 芽衣って、そういう妄想たくましいよな」
「はあ!? べ、別に、そ、そんないやらしいこと考えてないし!」
「先にいやらしいって言ったのは芽衣だろうが……」
カウンターを打てた快感を感じながらカレーを食べ進める。
「ていうかさ、芽衣って赤崎と仲良いんだろ? なんでそんなに怪しんでるんだよ」
「あのね、七海ちゃんは良い子だけど、頭が良くって、かなりの策略家なんだよ。これまでにその知恵を悪用してるのは見たことないけど、敵に回した瞬間にもう負け確定だよねって吹部のみんなで言ってるんだから。だから、万が一のことがないように覚悟してるだけ」
「そうなんだ……。すごいんだな、赤崎。まあたしかに、あざといところあるなあとは思うけど」
おれがもぐもぐとカレーを咀嚼していると、
「いや、現に、勘太郎自身が偽装彼氏なんてよくわからないこと請け負っちゃってるじゃん。もう策にはまってるとしか思えない」
と芽衣がツッコミを入れてくる。
「たしかに……」
たしかに赤崎もあれがおれにクリティカルで効くとよくわかったなあ、と思う。
「それにしても、彼氏のふりかあ……。具体的にはどんなことするの?」
「さあ、知らない」
「そんな状態で受けちゃって大丈夫……? まあ、あんまり深追いしないように気をつけなね? ごちそうさまでした。美味しかったです」
いつの間にかカレーを食べ終えたらしい芽衣は、手を合わせてから食器重ねて、立ち上がる。
「お粗末様でした。ていうか芽衣、意外とこの話、すんなり受け入れるのな」
もっと呆れられたりとか、バカじゃないのと罵られたりするかと思ったけど。
「別に偽の恋人だってわざわざ知らされてたらヤキモチも妬かないよ。だし、どうあっても家に帰ってくるんだから、あたしの方が長い時間一緒にいることになるし」
そうクールに言いながらキッチンに向かう芽衣。
「なあ、芽衣」
「なに?」
おれが呼びかけると、幼馴染はクールな表情で振り向きざまに首をかしげた。
「ヤキモチとかおれ、一回もいってないけど……?」
「うにゃ!? そうだっけ!?」
ところが一転して、顔に火がついたようになる。
「顔、真っ赤だけど」
「か、カレーの辛さがちょっとあとからきただけだから!」




