099 遺跡探索04――『ふふん。気のせいな訳がないでしょ。馬鹿なの』
ターケスは納得出来ないという顔をしながらも俺の指示に従って動く。そして、赤い光点から安全が確認出来るほど距離を取り、小高い砂の丘を乗り越えたところで、その集団が見えてきた。
まるで川のように流れて進み、蠢くそれらは二足歩行で動く赤子の姿をした機械の一団だった。百や二百ではきかない数が蠢いている。このマシーンの戦闘能力がどの程度かは分からないが、玩具に毛が生えた程度の機銃と火炎放射器しかない、武装が乏しい今の状況では厳しいだろう。
……やりあって勝てる武装があったとしても、数が数だ。パンドラの残量を考えれば難しいか。
俺はターケスの方を見る。コイツが協力してくれたとしても厳しいだろう。
そのターケスは驚いた様子でマシーンによって作られた川を見ていた。
「本当にいたのかよ。こんなのは見たことがない」
「あー、なるほど。あれはケンボクに棲息しているマシーンによく似ていますよー」
ターケスの呟きを拾った教授は無駄な知識を披露していた。
『ターケスが言いたいのはそういうことじゃないと思うが』
『ふふん。そんなことどうでもよいから』
『確かに』
俺は肩を竦める。そんな俺の態度が気にくわなかったのか、ターケスの単車が俺の方へと走ってくる。
「おい」
「何だ?」
「どうやって……知った!」
ターケスがこちらに殴りかかってきそうな勢いで聞いてきた。
「あ、それ僕も知りたいですよー。この砂漠ってレーダーによる索敵があまり効果ないし……あれって普通のレーダーでは範囲外でしょ」
教授も話に参加しようと荷物の山の中からこちらへ身を乗り出してくる。
レーダー、レーダー、ね。そんなものがあるとは思わなかったが、クロウズの活動を考えればあって当然か。
「俺は親切に手の内を晒すほど馬鹿じゃない。お前の持っているレーダーが安物だったんだろう」
「ちっ」
ターケスは俺の言葉に舌打ちで返事をすると、マシーンの集団の方へ視線を戻した。
何かを迷っているような様子だ。
「おい、まさか……」
「お前が考えているような無謀なことはしない!」
今、自分が受けている依頼が護衛だと思い出せる程度の知能はターケスにもあるようだ。ここで猪のように突っ込まれたらどうしようかと思ったな。
「だが! この状況を報告する!」
ターケスが有無を言わせない速さで単車のメーター類と同じ場所に取り付けられた液晶パネルを操作する。
「ターケスだ。ポイントE3の辺りでマシーンの集団を発見した。はい、はい、ええ。はい、数は推定千」
どうやら単車に通信機が取り付けられているようだ。
『相手はオフィスか?』
『ふふん。でしょうね』
オフィスとの通信、か。
レーダーの索敵能力が弱まるような場所で普通に通信出来る通信機? おかしな話だ。ターケスはこれをおかしいと感じていないのだろうか。
ん?
と、そこで、何処かを目指して蠢いていたマシーンの集団の中の一体が動きを止め、こちらを見ていたような気がした。気付かれた? いや、気のせいか。
俺が気付かれたと感じたのは一瞬で、マシーンの集団は何事もなかったように何処かを目指して動いている。
『ふふん。気のせいな訳がないでしょ。馬鹿なの』
『……気付かれたということか』
『当然でしょ。近くで通信なんて大声を出せばどんな雑魚でも気付くに決まっているから。馬鹿でしょ』
当然、か。それでもマシーンどもは移動を優先したということは――俺たちは相手するまでもない、脅威ではないと判断されたということだろう。
顔に手を当て、大きく息を吐き出す。まったく護衛の依頼を受けていなければ、突っ込んでいただろう。
倒せるだけ倒して、戦えるだけ戦って、そして、どうしても戦えなくなったら撤退していただろう。
まったく馬鹿にされたものだ。
『今の武装で突っ込もうって考えるなんて身の程を知らない馬鹿なの? ブーメランって武器知ってる? お前みたいな馬鹿に相応しい武器だから』
『分かってるさ。今回は連絡を受けたオフィスの依頼で集まる見知らぬクロウズたちに譲るさ』
ターケスが突っ込まないか心配した自分が猪みたいに突っ込んだら間抜けすぎるだろう。
大きく迂回したことで到着が遅れ、砂漠で一泊した後、ついに遺跡へと辿り着いた。
遺跡を守っていたはずの賞金首、巨大なエイの姿はすでに無くなっている。オフィスの職員たちが回収したのだろう。百メートルクラスの巨体の運搬を――マシーンやビーストどもがうじゃうじゃいる砂漠を横断して運び出すことが出来るのだから、オフィスの連中の能力は侮れないものがある。
『ふふん、当然でしょ』
セラフは何処か得意気な様子だ。オフィスは、マシーンどもの親玉、マザーノルンの組織だから、それくらいは出来て当然か。
見えてきた遺跡は――遺跡と呼ぶのが躊躇われるものだった。断崖に取り付けられた巨大な金属の扉。クルマが問題なく走れる舗装された道。砂漠の中にあって風化せず、それはそこにあった。
「着きましたね。いやぁ、ここがファンノルンの遺跡ですか。かつてマウンテンファンと呼ばれていた場所で見つかったノルン遺跡ですよー。あそこの壁、あの崖が崩れなければ見つかることはなかったでしょうね」
「……ノルンだと?」
俺は教授の言葉に反応してしまう。
「ええ。旧時代の文明を調査していると、突如、文明のレベルが上がったかのような遺跡を発掘することがあるんですよー。技術力が、それはもう! 全然違うんですよ。僕たちはそれをノルン遺跡群と呼んでいるんですけど、ここもその一つですね」
風化しない金属の扉。
ノルンという名前。
俺は頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
『セラフ、お前、知っていただろう』
『ふふん』
セラフは笑うだけで答えない。賞金首を倒した後、俺を放置して人形を遺跡の調査に向かわせる訳だ。
まったく、やれやれだ。




