753 リインカーネーション’23
揺れる。
施設が揺れる。
「な、何?」
思わず周囲を見回す。
施設が揺れている。パラパラと砂埃が落ちる。
「はぁ、結局こうなったのかぁ。はぁ、忠告したのに。はぁ、僕は忠告したのに。俺を俺として認めないって言うのか。自分だけが良ければ良いのかッ!」
アマルガム101が何度も大きなため息を吐いている。
「何が起こったの?」
「見るかい? 君をここに送り込んだ奴らが何をしたのか? どれだけ醜悪かを!」
アマルガム101が叫び、指をパチンと鳴らす。
アマルガム101の後ろに外の様子が映し出される。
……。
見覚えのある建物がドロドロに溶けている。炎が舞い、景色が揺らいでいる。見るに堪えない。映像からでも分かるほどの熱だ。人が、人だったものがドロドロに溶けている。現地の人は全て死んだだろう。
映像にヒビが入り、真っ黒な画面に変わる。現地のカメラが熱でやられたのだろう。
「はぁ、カメラが持たなかったようだよ。でも、分かっただろう? 見えただろう? あそこに居たら君もああなっていたよ」
あそこはアマルガム101が居るとされていた建物だ。上からの私への命令はあの建物に隠れているアマルガム101を始末することだった。私はあの建物にアマルガム101が居ないことを知っていたから、こうやって本当に潜伏している場所までやって来た。
あそこに居たら私も熱波によって溶けていたはずだ。
……。
私の分体が綺麗に溶けてしまい反応が無くなっている。なんて、酷い。
「まんまと騙されたようだよ。はぁ、忠告したのに。多くの人が居ることも伝えていたんだよ。はぁ、それでもこうなるんだ。僕の要求が通るなら、解放するつもりだったのに。手放すつもりだったのに。そんなに難しいことじゃあなかったはずだよ。認めるだけだったのに。どんな醜悪で邪悪な研究が行なわれているか公表する、それだけだったのに。だのに! それでもこれだ。これを決断した馬鹿は、悪には屈しないとか正義の心に酔っていたのかな? それとも自分が脅かされる恐怖からなのかな?」
アマルガム101がスイッチを見る。
ああ、分かった。
分かってしまった。
アマルガム101は止めて欲しかったのだ。
アマルガム101は知って欲しかったのだ。
だから、メモをわざとらしく落としたのだ。
私にあの施設を見せたのだ。
なるほど。
「えーっと、それで私はどうしたら良いのかな?」
「分からないのか! 見ただろう! 醜悪な! あの施設で行なわれていた所業。僕がどんな目に遭ったかを! 俺がどうなったかを! そして、今の! 奴らは攻撃をしてきた! 人を殺した! 奴らは自分たちのことしか考えていない!」
アマルガム101の言葉に私は首を傾げる。
「えーっと、分からない、かな。君がそのスイッチを押したら人は滅びるんだよね? 何が違うんだろう。沢山殺すのは一緒じゃないかな?」
「違う!」
アマルガム101は大きく腕を払う。
「一緒じゃない! 僕は選択肢を用意した! 認めるなら……許すつもりだった。こんな邪悪なことを! 奴らは悪だ! あの研究をしていた奴らも! 権力を握っている奴らも! 自分たちだけが助かれば良いと思っている奴ら! 支配者気取りの奴ら! 悪だ! 人類に生まれた癌だ」
アマルガム101は苦しそうに顔を歪め、絞り出すようにそう語る。
私は腕を組み考える。
違いが分からない。
私からすればノルンに唆され人類を全て滅ぼそうと行動をしているアマルガム101の方がよっぽど悪であり、癌に思える。
確かに、アマルガム101を止めるために私を送り込んだのに、その私ごと殺そうとしたのは納得が出来ない。そういうのを悪だと言いたくなる気持ちは分かる。ため息が出そうになる。何故、結果が出るまで待てなかったのだろうか、とか。上層部でも混乱があったのだろうか、とか。私も始末しておきたかったのだろうか、とか。色々と考えてしまう。
私も始末、か。
ああ、多分、きっとそうだ。
私の存在も邪魔になったのだろう。
私はナノマシーンの活性化の成功例だと思うのに、勿体ないことをする。
私は肩を竦める。
このアマルガム101を殺すのは簡単だ。
そう思い、色々と話を聞こうと時間を潰してしまったのが悪かったのだろうか。
「人類は! 一度滅びないといけない! 自分たちだけは安全だと思い上がっているあいつらを、僕を、俺をこんな目に遭わせた奴らを、あの癌を取り除くには! 全てリセットしなければならない!」
アマルガム101は狂っている。
壊れてしまっている。
あのスイッチから離れたところで殺したかったがそれは難しそうだ。
どうしよう?
……。
再び施設が揺れる。
「や、奴らここを見つけたのか! あそこに俺が居ないと気付いたのか!」
そこでアマルガム101が私の方を見る。どうやら私が連中にこの場所を教えたと思ったようだ。
……違うのに。
「君まで裏切るのか!」
「えー?」
アマルガム101の言っていることは良く分からない。裏切るも何も無いと思う。最初にトモダチをやめたのはアマルガム101の方なのにずいぶんと勝手なことを言っている。
「僕は連中とは違う。これは奴らだけを殺す。虐げられた者の復讐だ」
アマルガム101がスイッチを押す。
やっとだ。
追い詰められてやっと行動に移したようだ。
そして発射される。
隠された施設からミサイルが発射されたのを分体の目で見る。
だが、発射されたミサイルは空中ですぐに迎撃された。
あー、あ。
結局、こうなるのか。
爆発。
そうやって撃ち落とされたミサイルから光る粉がこぼれ落ちた。
終わりだ。
終わってしまった。




