655 ラストガーデン26
俺はナイフを左手で持ち直し、獣化させた右腕を顔の前へ動かす。そうやって身を守りながら駆ける。左手でナイフを持っている時点で、俺は、まだまだ相手を舐めているのだろう。そんな自分に思わず苦笑する。だが、こいつら相手ならそれで充分だろう。
「やはりミュータントか」
「学園に入り込むとは……」
「イベントの修正に駆り出されてみれば大当たりだろ」
「お前たち無駄口を叩くな。下手なことを言って、上に……拾われてみろ。大目玉だ」
兵隊たちがそんな会話をしている。
拾われる?
ああ、なるほど。このイベントを見て楽しんでいる観客に自分たちの声が拾われるのを嫌がったのか。となれば、そんな忠告をした奴は、こいつらの中で少し上の立場なのではないだろうか。
俺は、その忠告をした男を狙い走る。
俺を蜂の巣にしようと奴らの銃が火を吹き、無数の弾丸が飛んでくる。俺はそれを獣化させた右腕で受ける。いくつもの銃弾が右腕にめり込み血が流れる。
「やったぞ」
「お前のシールドは切ってある。残念だったな」
連中はのんきにそんなことを言っている。
だが、問題ない。
俺は右腕に力を入れ、肉にめり込んでいた銃弾をひねり出す。そのまま駆け抜け、先ほど忠告をしていた男を獣化させた右腕で薙ぎ払い、引き裂く。
一人。
これで三人。残りは七人だ。
「シールドが……」
「分かってて近接を選んでいるんだろ。ミュータント連中の常套手段だろ」
「油断するな。ガキのフリをした熟達のミュータントだ」
俺は大きく息を吐き出す。
「急に良く喋るようになったじゃないか。上の奴らに聞かれたくなかったのでは?」
俺はナイフを持った左手で上を指差す。
「それを知っているとは、お前、ミュータント連中が送り込んできた刺客か」
「音声は切った。残念だったな。先ほどまではお前を舐めて喋らないようにしていたが、これで良いだろ」
どうやら音声を切り、会話を拾われないようにしたことで好き勝手喋ることが出来るようになったらしい。俺は小さくため息を吐く。
「それで?」
ミュータントに詳しいだろう男を狙い動く。
「は! 俺の方に来たか。それは悪手だろ」
俺は男を薙ぎ払う。男が俺の爪に引き裂かれ、吹き飛ぶ。
これで四人。
ん?
俺は自分の右腕に何かが刺さっているのを見る。注射器か? どうやら先ほど倒した男は吹き飛ばされながら俺の右腕に注射器を差し込んだようだ。
「喰らった、な。これで……お前は、……終わり、だ」
吹き飛ばした男がよろよろと上体を起こし、それだけ言い残して倒れる。俺は倒れた男の脳天を狙い、獣化した右腕で礫を飛ばし、撃ち砕く。
今度こそしっかりと死んだようだ。今度こそ四人。
注射器か。
中に入っていた液体が俺の獣化した右腕に染み渡る。どうやら獣化する因子を破壊し、おかしくさせる薬のようだ。
これは……。
あの時、俺がミュータントに使った治療薬を改良……いや、改悪したものらしい。ミュータントたちの延命のために行なったことを、こうやって利用するのか。
なかなか愉快なことをしてくれる。
だが、無駄だ。
俺は右腕の群体を制御し、右腕に入り込んだ薬液を抜き出す。俺はミュータントではない。こんなものは何の意味も無い。
「そうか、それで?」
俺は兵隊の一人へと飛びかかり、その防護服ごと切り裂く。五人。
「なんだ! こいつは! くっ」
兵隊の一人が小さな笛のようなものを取りだし、吹く。だが、笛から音は流れない。
俺は音の出ない笛を吹いている男へと飛びかかり、その頭をねじり飛ばす。六人。
容赦はしない。確実に殺す。眼鏡や猿顔、のっぽなどの足手まといが居る状況で敵に情けをかけるような余裕はない。これは殺すか殺されるか、そういう戦場だ。この兵隊たちもそれを覚悟してここに居るはずだろう?
……。
俺は、こちらに近づく気配を感じ舌打ちをする。
そして、狼型の機械が現れる。どうやら、先ほどの音が出ない笛はこいつらを呼び寄せるためのものだったらしい。
「ヴァレー」
俺は今の急展開についていけず、崩れ落ちたままの小柄な少年に呼びかける。ヴァレーがハッとした様子で顔を上げ、俺を見る。
「任せた」
俺がそう言うと、ヴァレーはゆっくりと頷き、流れていた涙を拭き、立ち上がる。
「転入生……、君は? その姿は」
そんなヴァレーの様子に、我に返ったのか、眼鏡がのんきなことを聞いてくる。
「俺のことは後にしろ。死ぬぞ」
俺はこちらに銃弾を撃ち込んでくる兵隊へと突っ込み、その身に銃弾を受けながら兵隊を蹴り上げる。無防備になった胴体へと右腕を突き刺す。七人。
「こちらはすぐに処理する。それまで耐えろ」
俺はヴァレーにそう告げる。
ヴァレーが、まだまだ頼りない足取りで現れた狼型の機械の方へと向かっていく。
「くっ。僕もやろう。僕だって戦えるはずだ」
眼鏡が狙撃銃を構える。俺は小さく舌打ちする。
「眼鏡、ヴァレーに任せるんだ」
「だ、誰が眼鏡だ!」
眼鏡が眼鏡をクイッと持ち上げ、のんきにそんなことを言っている。俺は思わずため息が出そうになる。
ヴァレーが狼型の機械に噛みつかれそうになる。だが、その一撃を何とか躱す。そして、次の瞬間には狼型の機械はバラバラになっていた。
狼型の機械が分解されている。
ヴァレーの運動神経は並だ。良くはない。性格故か戦うことも苦手だ。だが、逃げること、回避すること、そして機械の扱いは今の時点でも超がつく一流だ。
機械が相手ならヴァレーは無敵だろう。
さすがにそのヴァレーでも機械の数が増えれば危険だ。狼型の機械が集まる前に、兵隊たち――残りの三人を始末してしまおう。




