625 ドラゴンファンタジー47
何度拳が砕けただろうか。
何度拳が再生しただろうか。
――無駄だ。
拳が砕けるほどの勢いでガラス管に右拳を叩きつける。いや、実際に砕けている。骨が砕け、血肉が飛び散る。見るも無惨な右拳からは骨が肉を突き破っている。
激しい痛み。
構わない。
骨の突き出た拳でガラス管を殴る。
さらに拳が砕ける。
それでも殴る。
――無駄だと何故わからない。
殴る。
ボロボロになった右腕が再生していく。
再生する速度よりも拳が駄目になる方が早い。
追いつかない。
――愚かなことを。無駄なことを。
構うものか。
痛みが無い訳では無い。
痛みを感じない訳では無い。
気絶しそうなほどの痛みを、無意識に目から流れていた滴を、苦痛を、歯を食いしばり耐え、意識的に無視する。
殴る。
人狼化は必要ない。
ただ、俺の力で、俺が出せる全力で殴る。
ガラス管はビクともしない。
ガラスの表面に衝撃が伝わっている様子すら無い。
まったく効いてないのだろう。
だが、構わない。
――無駄だということが何故、わからない。無駄だ。
殴る。
ただ殴り続ける。
ここでこいつに出会えたのは運が良かった。
本当に運が良かった。
トビオに感謝しなければならないだろう。
こんなものが存在している――存在していたという汚点を消すことが出来る。
殴る。
再生する。
拳が砕け、飛び散った肉片が、血が、俺の体へと戻り再生する。ナノマシーンが俺の体を強制的に再生させる。
俺の右拳は壊れない。
砕けないッ!
――再生能力を過信しているのか? だとしても、その程度で壊せるものでは無い。無駄だ。全て無駄だ。
俺は殴る。
目の前のガラス管に全力で拳を叩きつける。
その身が砕けようが構わない。
殴る……。
――止めろ。無駄だということが何故、分からない? お前がやっていることは全て無駄だ。
俺は殴る。
強く歯を食いしばり過ぎたからか口元から血が流れる落ちる。だが、関係無い。
俺は殴る。
飢えも渇きも――全て、歯を食いしばり耐える。
我慢?
我慢では無いだろう。
気にしたところで餓えが満たされる訳では無い。
考えたところで渇きが癒される訳では無い。
だから、殴る。
空腹に倒れ込みそうになる。
だからこそ、強く一歩踏み込み、その勢いのまま拳を叩きつける。
渇きに喉を掻き毟りそうになる。
だからこそ、強く一歩踏み込み、その勢いのまま拳を叩きつける。
痛みに意識せず顔が引き攣り、声にならない呻きが漏れ出る。
だからこそ、強く一歩踏み込み、その勢いのまま拳を叩きつける。
――無駄だ。無駄だと何故わからない。何故、そこまで出来る。狂っているのか。
聞こえてきた声に俺は思わず苦笑する。
目の前のガラス管に拳を叩きつける。
人を超越した?
神になった?
素が出ているぞ。
思い上がりという傲慢なメッキが剥がれて、ずいぶんと人間くさくなったじゃあないか。先ほどまでの偉そうな態度はどうした? もう演技は止めたのか?
拳を叩きつける。
殴る。
殴る。
殴る。
これだけやってもガラス管には傷一つ無い。
この程度ではなんともないのだろう。そんなことはわかっている。
拳を叩きつける。
そこで一瞬、意識が飛ぶ。どうやら限界を超えたらしい。一瞬、俺は死んでいたのだろう。だが、俺は死ねない。すぐに生き返る。
だから殴る。
目の前のガラス管を殴る。
――止めろ。無駄なことは止めろ。
殴る。
未だ目の前の愚者は何か言っている。言い続けている。だが、それがどうした?
関係無い。
俺はただ拳を叩きつける。
いくら拳が砕けようが、いくら死のうが関係無い。
殴る。
どれだけ同じことを繰り返しているだろうか。
こいつは、こいつらは、いつだって俺に同じことを強要する。
何度も、何度も、何度も、何度も、だ!
そんなに俺が何度も死ぬのが、何度も生き返るのが見たいのか。
殴る。
良いだろう。
付き合ってやるさ。
一年でも二年でも付き合ってやる。
俺の拳がお前に届くまで何度でも繰り返してやる。
殴る。
こんな体になったのも、こんな風になったのも、全ては――
死なない体。
死ねない体。
セラフも居なくなり、俺は一人になった。
それでも死ねない。
終わらない。
終われない。
殴る。
どれだけの年月をただ殴り続けることに費やしたのだろうか。数えることはやっていない。
殴り続け、死に続け――そして、届いた。
目の前のガラス管にヒビが入る。




