521 ダブルクロス43
ミメラスプレンデンスが新しい外殻を作り直し、俺を吹き飛ばす。空中へと吹き飛ばされた俺は、その場で体をねじり、体勢を整え着地する。
ミメラスプレンデンスに大きく距離をとられてしまった。
仕切り直し。
だが、問題無い。
「それで? どうするつもりだ」
俺の言葉にミメラスプレンデンスは大きなため息を返す。そして、爆発が起きた建物の方を見る。
「ふふん、時間みたいね。あなたには悪いけれど、そろそろお暇させて貰うわ」
ミメラスプレンデンスが折れた足をポンポンと叩き、ニタリと笑う。体内のナノマシーンを活性化させ折れた足を治療しようとしているのだろう。
奴との距離――吹き飛ばされてしまったことで奴が逃げ出すには充分な距離を稼がれてしまった。折れた足を治した奴が逃げ出したら、俺が追いつくのは難しいだろう。
「それで?」
だが、俺がそれを許すと思うか?
折れた足を治そうとしていたミメラスプレンデンスの手が止まる。疑惑――そして驚愕。ミメラスプレンデンスが驚いた顔で俺を見る。
「な、何をしたの?」
「何? どうした? 足を治さないのか?」
ミメラスプレンデンスの足は折れたままだ。
ミメラスプレンデンスも俺と同じように、ナノマシーンという目に見えないほどの小さな機械が人の細胞のフリをし、それが集まって体を構成している。どれだけ怪我をしようが、どれだけ死にかけようが、その小さな機械が無事なら、何事も無かったかのように元に戻る――小さな機械は命令のままに元の姿へと戻そうとするだろう。
ナノマシーンが無事なら俺たちが死ぬことは無い。いや、人のフリをしているのだから、確かに死ぬのだろう。だが、死んだとしてもすぐに元に戻る。
「まさか、まさか、まさか!」
ミメラスプレンデンスは驚いた表情のまま体を震わせ、俺を見ている。
「そのまさか、だ。さっきお前を殴った時に命令を書き換えた。やっと行き渡ったようだな」
俺はミメラスプレンデンスを構成しているナノマシーンの命令を書き換えた。殴った顔面部分から、足まで――それがやっと行き渡ったようだ。
「特殊な装置や特別な機械も無く生身でそんなこと出来るはずが無……」
「俺が何度死んだと思っている。出来るようになったんだよ」
俺はミメラスプレンデンスとの間合いを詰めるために駆け出す。
ミメラスプレンデンスが外殻を発動させ、俺を近寄らせないように弾き返そうとする。だが、もう遅い。
俺の拳は――お前に届く。
ミメラスプレンデンスは病んだ瞳を歪ませ、迫る俺の拳を、ただじっと見ていた。俺の拳がミメラスプレンデンスの顔面に刺さる。そのまま奴の体は跳ねるようにバウンドしながら転がり、倒れる。
「あ、ああ! そんな! なんてこと! なんてことかしら! 私の想定よりもずっと……」
ミメラスプレンデンスの体が崩れていく。さらさらと目に見えないほどの小さな粉となって消えていく。
これで終わりだ。
……。
ふぅ。
俺は大きく息を吐き出し、額の汗を拭う。
ナノマシーンの命令を書き換えるのはかなりの負担だ。自分の体に行なう場合でもかなりの難易度だが、それが他者の体になれば、それはさらに跳ね上がる。自身のナノマシーンを活性化させ、脳が焼き切れそうなほどの高速処理を行ない、細胞一つ一つを――ナノマシーン一つ一つを書き換えていく。
細胞一つ一つに指示を出すという無茶。多用できるような技ではないだろう。だが、それでも俺は必要ならやる。
体がぶるぶると震え、立っていられなくなった俺は、その場に座り込む。高速処理の負荷によって俺の体のナノマシーンのいくつかが休止状態になったのだろう。
……。
このまま休みたい。眠りたい。体が俺に休めと訴えている。
「ふぅ。今更、か」
俺は大きく息を吐き出し、気合いを入れ直す。力が入らない体を無視し、機械の左腕を使い無理矢理立ち上がる。
爆発の起きた建物を見る。
まだ終わりではない。
爆発の起きた建物から大きな揺れが起きる。建物が崩れ始めている。何か大きなものが建物を、壁を――全てを壊し、生まれようとしている。
――ERROR――
俺の右目に赤く文字が表示される。
――ERROR――
――ERROR――
警告している。
――ERROR――
――ERROR――
――ERROR――
――ERROR――
「分かってるさ」
休む間も無し、だ。俺はグラスホッパー号のもとへ向かう。よろよろとそれでも、今、俺が出せる全力の速度でグラスホッパー号へと向かう。
――CHORD:KERYKEION――
崩壊した建物から二匹の巨大な蛇が現れる。
お互いがお互いに絡み合い、喰らいあう巨大な蛇。蛇は喰らった側から体が再生していた。俺はその蛇に見覚えがあった。
「こんなものまで同じか」
かつて俺が片腕を犠牲にして倒した蛇。それが二匹。
俺はグラスホッパー号のハンドルを握る。
「あいつは無事だろうか?」
建物の中にいるはずのあいつ――トビオ。
あいつが無事かどうか気になるところだ。だが、それは後回しだ。今は先にやることがある。
目の前の二匹の蛇が大きな口を開け、耳障りな声で鳴き、俺を威嚇する。やる気だ。俺という獲物を見つけたことで絡み合う二匹の蛇は自分の使命を思い出したのだろう。二匹の蛇が俺に死を告げる。
「まずは蛇退治」
死者を導き死を覆す医と科学の杖。




