516 ダブルクロス38
俺は目を閉じ、助手席に深くもたれかかる。
マップヘッドへの潜入は上手くいった。トビオの作戦勝ちだろう。強固な防壁に、その上から近づくものを狙うトーチカ。厄介な代物だ。俺一人でも潜入が出来なかったとは思わないが、かなり苦労しただろう。それを考えれば、少しくらいの遠回りは許容範囲だ。
それに、だ。
その遠回りのおかげで、俺は仇の一つに出会うことが出来た。
コックローチ。
俺を湖に沈めた片割れ。
当たり前のように生きていたコックローチとミメラスプレンデンス。アクシード四天王の二人。
俺は俺を舐めた奴を許さない。敵対する者は潰す。連中が俺を殺すというのなら、俺は全力で対抗し、食いちぎってやる。
俺は自分の手を開き、握り直す。
ハルカナの街でコックローチを二匹潰すことが出来た。どちらのコックローチも強さは本物だった。どちらかが偽物ということはないだろう。三つ子? なりすまし、遠隔操作――そのどれとも違う。俺が戦った二匹、その両方が本物だった。
では、クローンか?
違うな。
クローンでは説明出来ないことが多すぎる。マザーノルンのところにあった施設のように、複製をつくり、それに同じ人格や記憶を移植したとしても、生まれたクローンは同じにはならない。あの場で出会ったアクシードの首領がそうだった。それぞれに個性が、違いが出るはずだ。
だが、あの二匹のコックローチにはそれが無かった。
両方が本物のコックローチだった。
まるで分裂したかのように――同じだった。
偶然、あの爆弾を搭載した単車を手に入れなければ勝つのは難しかっただろう。エムが俺に貸し出しを渋ったのは、単車に価値があったからではなく、その単車に搭載されている爆弾に価値があったからなのだろう。
予想外の威力に俺自身、驚き、不意を突かれ、死んだ。
一度目はコックローチの強靱さに助けられ、奴自身を盾にすることでなんとかなった。単車が壊れなかったのは盾になってくれたコックローチのおかげと言えるだろう。俺は爆発から逃げるように単車を走らせた。それでも俺は被爆し、その影響で死に、再生され、ただ地下から抜け出すことしか出来なかった。地下は、あの爆弾の毒に汚染されてしまっただろう。オフィスが上手くやるとは思うが、汚染された地下は封鎖され、二度と近寄ることが出来なくなるのは……間違いない。
二度目はナノマシーンを操作し、それを防壁とすることで周囲に被害を出すこと無く、コックローチを倒すことが出来た。だが、コックローチをその中に押え込むために、俺自身が爆発の中心に――コックローチと一緒にいる必要があった。
そして、俺は死んだ。
二回も死んだ。
俺は背もたれに深く体を沈めたまま大きく息を吐き出す。
あれで終わりだとは思えない。
またコックローチは現れるだろう。
アクシード最強、か。確かに、最強に厄介だ。
だが、俺は次も潰す。
倒す。
……。
俺は閉じていた目を開ける。
こちらに近寄ってきている存在がある。
気配。
覚えのある気配だ。
そいつはわざと俺に知らせるように存在感を放ち、こちらへと近寄ってきている。
近寄ってきていた女は俺を見て笑う。
「ふふふ、予想外」
女――ミメラスプレンデンスが病んだ瞳を歓喜に歪ませ、微笑んでいる。
「ああ。俺もこんなに早く再会出来るとは思っていなかった」
俺はミメラスプレンデンスを待ち構えるためにグラスホッパー号から降りる。
「ふふ、本当にそう。後、もう少しは……ふふん、あそこに沈んでて欲しかったのだけれど、今からでも戻るつもりはないかしら?」
「後もう少し、ね」
「ええ。後、百年くらいはお願いしたいわ」
俺はミメラスプレンデンスの言葉に肩を竦める。
「百年、か。俺が死んだとは思わなかったのか?」
ミメラスプレンデンスとコックローチは俺を殺すつもりではなかった? 俺の胸に大穴を開け、湖に沈めたのに、俺が生きていることを当然だと思っているようだ。
「ええ。そんなはずがないでしょう? ふふ、何処かのお馬鹿さんが拠点が空になるほどの兵隊を連れて行くから、そのサポートのために来てみたら、あなたと出くわすんだもの、驚いたわ。ふふん、ええ、本当に驚いたわ」
「そうか、それで?」
俺はミメラスプレンデンスの病んだ瞳を見て警戒を強める。ミメラスプレンデンスは肩を竦めながら首を横に振る。
「ふふん。あなたを見なかったことにしようかしら?」
「それで? あの悪趣味なのはお前の仕業か?」
俺の言葉にミメラスプレンデンスは腕を組み、首を傾げて考え込むフリをする。
「悪趣味?」
「ああ、ここに居た。死者を冒涜するようなそっくりさんさ」
俺の言葉を聞いたミメラスプレンデンスが、理解したと、ポンと手を叩く。
「ああ、アレね。もう出会ったのね。アレは本物よ。何を持って本物とするかだけれど、本物で間違いないわ。ふふ、博士にお願いして、新しく作ったの。博士の実力は疑っていなかったけれど、博士も、もうご高齢だから、ふふん、それでも試作品は必要でしょう? ふふふ、良く出来ているでしょう?」
ミメラスプレンデンスは病んだ瞳のまま、口元を邪悪に歪め、笑っている。
「そうか」
俺は拳を構える。
これ以上は、相手を叩きのめしてから聞いた方が早そうだ。




