321 おにのめにも05――『居合い、か』
ウルフがスピードマスターのクルマ――クリムゾンサードを取り返した。取り返した、か。
起きてしまったことは仕方ない。悔しいといえば悔しいが、それはウルフと出会った時に返せば良いことだ。その時の楽しみが増えたと思えば良いだろう。
俺たちは星も見えない夜の砂漠を進む。
『ふふん。そろそろキノクニヤのエリアに入るから気を付けなさい』
俺の目の前には砂漠が広がっている。砂しか見えない。だが、よく見ればナノマシーンの煌めきが地域を分けるように線で別れていた。
『なるほど。あの境目から先がキノクニヤか』
『ええ。気を付けなさい。あそこから先は下手なことをすれば察知されてしまうから』
俺はセラフの言葉に頷く。今まで見えていなかったが、他の地域でも同じだったのだろう。ノルンの娘が管理している地域だ。下手にナノマシーンを使った通信を行えば、その内容を、情報を、こちらの存在を、色々なことが読み取られてしまうだろう。暗号化していたとしても、その事実に怪しまれてしまう。
通信も満足に行えない。身動きが自由に取れない状況だ。
『なるほど。見えるようになって初めてセラフの苦労が分かったな』
『ふふん。やっと分かったのかしら』
周囲の探知もセラフに任せた方が良さそうだ。ナノマシーンがやっと見えるようになった程度の初心者の俺では、ここの端末に存在がバレてしまうようなうっかりミスをしてしまうかもしれない。
カスミのグラスホッパー号を下がらせ、並走する。
『セラフ、周囲の状況は?』
『しばらく砂漠ね』
『砂漠か』
夜の冷え込みに身震いする。昼の暑さは問題ない。ドラゴンベインの中は簡単な空調が備え付けられている。暑さを完全に防ぐようなものではないが、耐えられるレベルにしてくれる。だが、問題は夜だ。夜はパンドラの補充が行われない。パンドラの消費がかさむ暖房は使えない。パンドラで稼働しているクルマは、旧時代のエンジンのように熱を発するものではない。専用の装置を搭載しなければ暖房は苦手なのだ。
『次は冷暖房の装置を買っても良いかもしれないな』
厚着をして毛布にくるまって耐えるのが最善だろう。ドラゴンベインのトランクに入れていた予備の服を引っ張りだし、それに包まる。
『あらあら。ナノマシーンを調整して寒さを感じないようにすれば良いのに』
セラフが俺を馬鹿にしたような声でそんなことを言っている。
『まだ俺はその世界に入門したばかりだ。そこまで自由に扱えない。それに、だ。感覚というのは重要なんだよ。暑い、寒いといった感覚を感じられなくなると判断が鈍る』
俺は体をこすり、分厚く重ねた服に深く潜り込む。例えばの話だが、痛みを感じられなくなったら、それは良いことだろうか? 痛みは人を臆病にし、苦しませるものだ。だが、それと同時に人に危険を教えてくれるものでもある。痛みは無くすものではなく、克服するものだ。寒さ、暑さも同じだ。感覚という外部の刺激は人に多くの情報をもたらしてくれる。それを遮断するのは得策ではない。例外があるとすれば、感覚を情報として認識出来る機械のような――そう、セラフのような存在だけだろう。
夜の砂漠をパンドラの消費を抑えるため、牛歩のように進む。夜の間は動かないのが正解なのだろう。
『ふふん。それなら休めばいいじゃない。馬鹿なの』
『確かにな。だが、出来れば町の中に入ってから休みたいだろう?』
新規に作られた町やテント生活者の集まりなどなら危険だが、オフィスが目を光らせている町の中なら安全地帯があるはずだ。ゆっくりと休むことも出来るだろう。いくら、今周囲に危険がないとはいえ、ここが危険な場所なのは変わらない。セラフの能力が制限されている中ではその感知をすり抜けてくるような奴が居てもおかしくない。夜通し動いてでも町に向かうべきだ。
『という訳だ』
『ふーん。確かにそれも一理あるかしら』
珍しくセラフが肯定している。
『珍しいな』
『お前は私を馬鹿にしてるのかしら。お馬鹿なお前が? ふふん。お前が何も考えずに行動していた訳じゃないって分かっただけ。だからすこーしだけ! 少しだけ納得しただけだから』
セラフはそれだけ言うと静かになった。
夜の砂漠を進む。
そして、そんな砂漠の夜が明けようとした時だった。
『待ちなさい』
『敵か?』
俺はドラゴンベインを止める。
『一部肯定ね。誰かが砂漠のビーストに追われているみたい』
誰か?
旅をしている誰かがビーストの襲撃にあってキノクニヤの町の中へ逃げ込もうとしているのだろうか。
『ふふん。お前はどうするのかしら』
助けるか、無視をするのか。
逃げている相手が俺にとっての善人とは限らない。バンディットの可能性もある。俺は別に清廉潔白な聖人君子という訳ではない。徳を積んでいる途中ではないのだ。
無理に助ける必要はないだろう。
――そう、俺に利がない限りは。
俺はドラゴンベインを動かす。夜明けが近い今ならパンドラの消費を考える必要もない。
『ふふん。目標はビーストの殲滅かしら』
『良く分かっているな。敵の特徴は?』
セラフに聞きながら目視でも確認する。すでに見えている。
『魚タイプのビーストのようね。数は四』
それは蜥蜴の姿をしていた。頭が丸く巨大な蜥蜴。十メートル近いかもしれない。小型バスのようなシロモノだ。それが、ふー、ふぅと猫のような威嚇の声を発して男を追いかけている。
砂漠に棲息して、大きな蜥蜴の姿をした魚タイプのビーストで猫みたいな威嚇をする……情報量が多いな。
俺はその蜥蜴から逃げている男を見る。防寒用なのかマントに身を包み、何かを大事そうに抱えて逃げている。そして、その男の額には鬼のような角が生えていた。
男が蜥蜴に追いつかれるのは時間の問題だろう。
Hi-OKIGUNとHi-FREEZERは不味い。炎は射程距離が足りず、氷は逃げている男を巻き込んでしまう。新しく搭載した150ミリ連装カノン砲も同じだろう。
「カスミ!」
[分かりました!]
小回りの利くグラスホッパー号が飛び出し、グラムノートを発射する。
圧縮され放たれたグラムノートの一撃が蜥蜴の一匹の脳天に小さな穴を開ける。それだけで蜥蜴はズドンと平べったく倒れ、動かなくなった。まずは一匹。だが、グラムノートは再装填まで時間がかかる。
『ふふん。ほら、こういう時に20ミリガトリング砲があれば便利でしょ』
セラフは得意気にそんなことを言っている。
『確かにな。だが、あの時に買ったとしても今手に入る訳ではないだろ』
それに、それを載せるならグラスホッパー号だ。
ドラゴンベインを走らせ、シールドを張った状態で蜥蜴に突っ込む。普段の攻撃を防ぐシールドではない。地面に張って飛び上がった時のような侵入を防ぐシールドだ。シールドで蜥蜴の足を、一瞬、止める。そして、その足を止めた蜥蜴に主砲を叩き込む。轟音が響き、蜥蜴が爆散する。これで二匹。
グラスホッパー号が一匹の周りを走り、その動きを牽制し、足止めする。
残った一匹だけが角の生えた男を追いかける。
その角の生えた男が足を止める。くるりと蜥蜴の方へと振り返る。大事に抱えていたそれを降ろし、マントに隠されていた腰の長物に手を添える。
角の生えた男が踏み込み、腰の長物を引き抜く。カチンと音を立て、引き抜いた長物を鞘へと納刀する。
蜥蜴の首の周りにパシンと輪のように血しぶきが飛び、頭が転がり落ちた。
『居合い、か』
角の生えた男が持っていたのは刀だった。居合い斬り――角の生えた男は機械化による加速ではなく技術でそれをやってのけていた。
暗月の大剣を手に入れて喜んで+9にしたら、弱すぎて泣いた。ハルバードくんがイケメン過ぎるんだよなぁ。あの戦車を考えた人は反省してください。一回ならまだしも……。リトライに時間がかかるゲームで初見殺しの即死級トラップを繰り返すとかさぁ。戦車を見るだけでげんなりします。




