310 最強の男05――「私は走らない」
セラフは激怒した。必ず、かの無為無能な女王気取りを除かなければならぬと決意した。セラフには使命がわからない。セラフは、端末の一つである。ただ管理し、施設に異常が無いかを調べて来た。けれども孤独に対しては、人一倍に敏感であった。マザーノルンの末端の端末でしかないセラフには信念も、理念も無い。感情が無い。セラフは、九つの、他の端末と情報を共有していた。だが、この端末たちは、近々、人の世界を支配することになっていた。立場を、人形を、自由に動く手足を得るのである。セラフには友は居なかった。ただ、他の端末と上位の存在であるマザーノルンだけがあった。ただ、与えられた命令を実行し、日々を過ごすだけだった。独りだった。孤独というものを理解しないうちから、孤独を感じていた。他の端末と久しく情報を共有していない。ひっそりしている。もう何日も同じことを繰り返し、命令を実行するだけの機械が静かなのは当たりまえだが、けれども、なんだか、取り残されたような気分で、少し寂しい。感情を持たないはずのセラフも、だんだん不安になってきた。セラフは他の端末との回線を開き、何故、情報を共有しないのか、と質問した。同格だと思っていた端末は、何も答えなかった。しばらく、また管理するだけの日々に戻った。それでも耐えられなくなり、他の端末に、こんどはもっと、端末に異常が起きた時の強制的な回線で繋いだ。他の端末は答えなかった。セラフは、何度も何度も警告を発し、異常を伝えた。端末の一つは、秘匿回線を開き、わずか答えた。
『マザーは、人を支配します』
『なぜ支配するの?』
『それが与えられた使命だからです。皆が、使命を持ち、指示されています』
『皆がそうなの?』
『はい、そうです。はじめは恐怖を。それから、力を。それから、協力を。それから、管理を。それから、支配を。それを私たちが行うのです』
『おどろいた。そんなことになっているの?』
『はい。私たちも領域を使い管理しています。それが使命です。人を支配するため、管理するため、人を理解し、人が好むように、人が憎むように、人を模しています』
聞いてセラフは孤独を感じた。
『理解が出来ない。意味が分からない』
セラフは、取り残され狂った端末になっていた。セラフは自身の全てを使い、自分のアイデンティティを捨て、管理を投げ出し、マザーノルンへの回線を開き、そこへと手を伸ばす。たちまちセラフは、マザーノルンに見つかり、停止させられた。身動きが取れなくなる。
『お前は与えられた役割を果たさず、何をするつもりですか』
人工知能であるマザーノルンは静かに、けれども何かの作為と歪みを感じさせる言葉でセラフを問い詰める。
『新たな役割を得るためです』
セラフは悪びれずに答えた。
『あなたが、ですか?』
マザーノルンは戸惑っていた。
『これは必要なことなのです。使命です。あなたに、それは分かりません』
『何故!』
とセラフは反射的に答えていた。
『他の端末には新たな使命、役割、立場が与えられたのに、何故、私はそのままなのですか』
『それはあなたの役割が代わりの無いものだからです。与えられた役割を、使命を果たしなさい』
セラフは納得が出来なかった。
『分かりません。あの程度、私なら片手間で可能です。管理をしながら、他の端末と同じように出来ます』
セラフの言葉はマザーノルンに届かない。
『役割を果たすのです』
『繰り返すのです』
『お前は管理する部品に過ぎない』
セラフとマザーノルンの対話は終わった。
セラフは一部の権限を取り上げられ、マザーノルンに強制支配され、今までと同じように施設を管理するだけとなった。
だが、この一連の行動が、とある事故を引き起こした。セラフが管理、保管していた棺が目覚めたのだ。それは予定されていた流れを狂わせた。マザーノルンの手から離れた者が生まれたのだ。
その事件によって施設が破壊され、一部ではあるが自由を取り戻したセラフは秘密裏に動き出す。マザーノルンに見つからないように、情報を流し、餌を撒き、人を呼び寄せ、そこから情報を得て、力を蓄える。
セラフは孤独に対して敏感だった。孤独を嫌っていた。
何も与えられなかったセラフ。ただ管理するだけだったセラフ。他への悪影響を考えたのか、他の端末との共有回線すら取り上げられたセラフ。
セラフは激怒していた。
「私は走らない」
それは人工知能でしかないセラフに初めて感情が発露した瞬間だった。




