302 最弱の男37――「シン、悪いな」
牛頭になったシンの筋肉が弾ける。ムキムキといった擬音が聞こえてきそうな筋肉だ。
「死ね、餓鬼が!」
シンが丸太のような腕で殴りかかってくる。俺はその暴風のような一撃を飛び退いて躱し、短機関銃の引き金を引く。
次々と撃ち出された銃弾が鋼のような筋肉に穴を開けていく。
「シン、なかなか格好いい姿になったじゃないか」
俺は転がっている携帯食を蹴り上げ、掴み、包装紙を破って中に入ったブロック状の塊を囓る。カロリーを摂取する。
「そうだろうが。俺たち獣の因子を取り込んだミュータントはイカすだろうが」
牛頭が腕を腰に当て筋肉を盛り上げると、撃ち込んだ銃弾が全て排出された。
「銃弾は効かないというアピールか?」
いくら筋肉で排出したといっても一度は肉の中にめり込んだんだ。効いていない訳がない。
俺は短機関銃の引き金を引き続ける。シンが丸太のような両腕で急所を守りながら、こちらへと突っ込んでくる。大きな両腕が俺を掴むように迫る。俺はとっさに短機関銃を盾のようにしてそれを防ぐ。シンがそのまま俺を抑え込むように短機関銃を掴み、力を、体重をかけてくる。体が大きくなって、その見た目通りに重く力強くなっているらしい。俺ではその力を支えきれず、抑え込まれていく。
「シン、何故、そこまで俺を狙う?」
俺の言葉にシンは答えない。俺を押し潰すように込められた力が返事だと言わんばかりだ。だが、分からないな。シンが執拗に俺を狙う理由はなんだ? 俺に賞金がかかっている訳でもないだろう。殺したくなるほど――そこまで恨まれることを俺がしたとは思えない。
何かがおかしい。
「シン、そこの豚鼻のロボット――ヨロイはどうしたんだ? 無くなったんだろう? どうやって見つけた?」
シンの力に短機関銃が折れ曲がっていく。人狼化していない俺ではこれ以上耐えるのは無理だろう。
無くなったはずのヨロイが見つかって、その力を使って俺を追いかけてくる? そんな偶然があるだろうか。
何かがおかしい。
俺は短機関銃から手を離し、すぐに後方へと跳ぶ。その俺を捕まえるようにシンの両手が伸びる。抱きつくように伸ばされた、その手に掴まれる瞬間、俺はその腕を逆に掴み、そこから縦に回転するように下から上へと牛頭の顎を蹴り上げる。くるりと回転し、後方へと飛び退き、そのまま滑るように着地する。掴もうとした手を空かされ、脳を揺らされたシンが膝を付く。
「クソが、クソ野郎が、クソ餓鬼が!」
シンが頭を振り、ゆっくりと立ち上がる。
俺は自身のフットワークを確認するように、軽くトントンと跳ねる。
「シン、相手になってやるよ」
「あ? 餓鬼が、餓鬼が!」
怒りを露わにしたような言葉とは裏腹にシンは大きく息を吸い、拳を握り、左肩を前にして構える。ただ力任せに攻めてくるのはここまでだろう。相手は動物ではない。戦う技術を持ったベテランのクロウズだ。
シンが素早く左の拳を放つ。丸太のような質量を持った筋肉から放たれる、しなやかなジャブ。シンの左腕が蛇のように、鞭のようにしなる。俺はそれを回避しようとして――顔面が弾けた。鼻が潰れ、どろりとした血が流れ落ちる。相手を牽制するためのジャブがまるで殺し屋の一撃のような威力を持っている。
「どうした? あ? どうしたよ!」
次々と放たれるジャブ。俺は大きく息を吸い込み、その一撃、一撃をギリギリまで引きつけて躱す。上半身のみの、最小限の動きでそれを回避する。少しでも大きく動けば次の動きに間に合わず、攻撃を受けてしまう。
回避は最小限に、ギリギリで。
神経をすり減らすような一撃が俺の頬をかするように抜けていく。回避している。回避出来ている。だが、俺の動きが固定されてしまっている。俺が大きく動けば、その瞬間、拳の雨を浴びてしまうだろう。
左のジャブで俺の動きを制限し――そして、俺を仕留めるための右が迫る。俺はその一撃を前に、左手を伸ばす。ヤツの右手と俺の左手が触れる。機械の左腕が折れそうなほどの一撃。その重い一撃を、俺は少しずつ左手へと加えた力によって、こちらへと迫る力の方向を変え、受け流す。
俺は一歩、踏み込む。シンの懐へと入り込み右の肘を叩き込む。力を流し込む。
浸透させる!
シンが、うっと腹を押さえ、血を吐き出す。そのままよろよろと後退る。
どれだけ巨体になろうが、どれだけ筋肉に覆われていようが、生身である以上、体の中に臓物がある以上、そこに力を浸透させれば破壊は出来る。
これは、シンが焦って俺を仕留めようとしたことによる必然――焦りが招いた結果だ。
「ぐ、ふぅ、ふぅ、がっ、てめぇ、格闘家か」
牛頭のシンが荒い息を吐き出し、顔を歪ませる。
「そういうあんたはボクサーか?」
シンが豚鼻の作業ロボットの方へと倒れ込むように後退る。
「いいや、違うな。こいつのために、このヨロイが必要だった。くくく」
シンが作業用ロボットの背中からそれを引き出す。
それは両刃の斧だった。
「俺は壊し屋だ」
シンが両刃の斧を振るう。その一撃が床に刺さる。床が砕け、バラバラといくつもの破片が舞い飛ぶ。
一瞬、俺の視界が閉ざされる。
そして、その閉ざされた視界を切断するように横薙ぎの一撃が現れた。俺はとっさにその迫る両刃の斧を両手で掴み、飛ぶ。振るわれた一撃に逆らわず、そのまま斧と一緒に動く。勢いが付いたところで手を離し、必死の一撃から逃れる。
やれやれだ。厄介過ぎるだろう。
こちらは素手だ。短機関銃はシンの怪力で折れ曲がり使い物にならない。頼みの綱の人狼化はすでに切ってしまった後だ。感覚的に、後、数時間は部分変化も使えそうにない。
最悪だ。
武器を持ったシンは今の俺が勝てる相手ではない。シンを止める手段が無い。
もう俺に出来ることはない。
シンは俺が思っていた以上に優れたクロウズだったようだ。強すぎた。
「シン、悪いな」
「あ? 何を言ってる? これからお前が死ぬんだろうが!」
出来ればシンは拘束して、話を聞きたかった。この違和感の正体を解き明かしたかった。
俺はシンに向けて右手を突き出す。シンは両刃の斧を振り上げ、俺を叩き潰すための一撃を繰り出そうとしている。
「斬鋼拳」
俺の拳が消える。
そして、次の瞬間、シンの体に穴が空いていた。
「な、何が、何が」
シンが両刃の斧を落とし、崩れ落ちる。
「殺したくなかったんだがな。済まない、俺の力不足だ」




