275 最弱の男10――「人にものを借りようとする態度には見えないな」
戦うつもりはない、か。
それならここを通してもらおう。用事があるのは水門だ。
「おっと、そこから動くな」
だが、片眼鏡の男が俺の動きを制止しようとする。
俺は肩を竦める。
「それで?」
俺の言葉に男たちの雰囲気が変わる。
「それで、だと!」
ずんぐりとした人型ロボットの頭部分に乗っていた男の一人が叫ぶ。
「それで?」
俺はもう一度、先ほどと同じ言葉を口にする。
「それで、だとっ!」
豚のように潰れた鼻の上にゴーグルを付けたその男は、俺の言葉が気にくわないのか喚き続けている。
俺はヨロイに乗った豚鼻の男を無視し、片眼鏡の男を見る。
「俺を止める理由は?」
「おい、餓鬼。奴隷の餓鬼がなぁ! クルマに乗っているからって調子に乗るな。この人数を相手にして勝てるつもりか?」
片眼鏡の男が目を細め、俺を威圧する。
『奴隷、ね』
俺は自分の首にあるものをトントンと叩く。こいつはこの首輪を見て勘違いしているのかもしれない。カスミを連れてきていた方が面倒が無くて良かったかもしれない。
『そんなものを付けたままにしているから面倒なことになったんでしょ。馬鹿なの』
俺はセラフの言葉に大きくため息を吐く。
「ふぅ。大人しく止まっているだろう? それで何の用なんだ?」
「お前もあのジジイに断られたんだろ? 分かっているはずだ。その後ろのものを渡せ」
俺は片眼鏡の男が見ているもの――高射機関砲を見る。
渡せ、か。
「人にものを借りようとする態度には見えないな」
俺の言葉を聞いた片眼鏡の男が口角を上げ、また何か叫ぼうとしていた豚鼻の男を制止する。
「ご主人様の許可が要るのかな? 安心しな。後で俺が話を付けてやるさ」
片眼鏡の男は楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「そりゃどうも。が、悪いがこいつはオフィスから借りたものだ。それを奪うつもりか? お前らはバンディットの仲間だったのか?」
「ほう。オフィスから借りた、か。奴隷の餓鬼が、か?」
「何を勘違いしているか知らないが、俺はクロウズだ」
俺はクロウズのタグを取り出し、片眼鏡の男に見せる。
「おっと、そうかそうか。クロウズだったか。餓鬼、済まなかったな。分かったから、後ろのものをこちらに渡せ」
片眼鏡の男はそう言いながらニヤニヤと笑っている。だが、その目は笑っていない。こちらを値踏みするように細められている。
「シンさんが言っているんだ。早くクルマから降りて、それを渡せ」
喚いている豚鼻の男の言葉を無視し、改めて片眼鏡の男を見る。
「あんたも水門の破壊が狙いだろう? 俺が壊しても、あんたが壊しても同じだと思うが?」
「そんな言葉でいいのか?」
俺の言葉を聞いた片眼鏡の男は少しがっかりしたように大きなため息を吐いていた。
がっかり、か。
「なるほどな」
俺はグラスホッパー号を飛び降りる。
『はぁ? 何をするつもりなの? 馬鹿なの』
俺はセラフの言葉を無視する。
「おっと、渡す気になったのか」
片眼鏡の男が俺を見ている。
「いいや。俺は舐められるのが嫌いでね」
俺は片眼鏡の男の方へと歩いて行く。
「シンさん、こいつ!」
俺の動きに豚鼻が反応する。その人型ロボット――ヨロイを動かし、こちらへと迫る。
「捕まえてやる!」
豚鼻が俺を捕まえようとそのヨロイの腕を伸ばす。シンと呼ばれた片眼鏡の男は豚鼻を止めない。口角を上げ、楽しそうにそれを見ている。
俺は大きくため息を吐き、迫るヨロイの腕に飛び乗る。そのままヨロイの腕を、豚鼻が座っている頭部まで駆け上がる。
「な!」
何かを叫ぼうとしていた豚鼻の顔面に拳を叩きつける。潰れた鼻がさらに大きく潰れ、真っ赤な血が流れ落ちる。
「ふごっ! 何しやがる!」
豚鼻が鼻を押さえ、叫ぶ。
「随分と余裕だな。その言葉でいいのか?」
俺は豚鼻の顔面をもう一度殴りつける。
「ふごっ! は、鼻が!」
俺はもう一度、殴る。何度も殴る。豚鼻が沈黙するまで殴る。
「やっと静かになったな」
俺はヨロイから飛び降り、片眼鏡の男を見る。
「餓鬼、やったことが分かっているのか」
片眼鏡の男が殺気を纏わせ俺を見ている。周囲の男たちからも殺気が漏れている。
「言ったはずだが? 俺は舐められるのが嫌いでね」
俺は肩を竦め、ゆっくりと片眼鏡の男へと歩いて行く。
一触即発。
何かあれば爆発しそうな空気が漂い始める。
「何故、クルマから降りた? 生身でこの人数に勝てるつもりか?」
殺気を纏わせた片眼鏡の男が、こちらを威圧する低く抑えた声でそんなことを言っている。
俺は右手を上げる。
『セラフ』
『はいはい』
その右手を振り下ろす。
それにあわせてグラスホッパー号の機銃が動き、火を吹く。機銃から放たれた銃弾が俺の横を抜け、片眼鏡の男のすぐ側の地面を穿つ。
「遠隔操作か。分からないな。それでもこの人数には勝てないだろうが」
片眼鏡の男は攻撃に動じること無く腕を組み仁王立ちしている。
「舐められるのが嫌いだと何度も言っているはずだが? この全員は無理でもあんたは倒せるかもしれないぞ?」
俺の言葉を聞いた片眼鏡の男から殺気が消える。片眼鏡の男が腹を抱え笑い出す。
「確かにな。クロウズは舐められたら終わりだ。分かった。ここはお前に任せよう」
「シンさん!」
片眼鏡の男の言葉に周囲の男たちが驚きの声を上げる。予想外の言葉だったのだろう。
「黙れ。撤収するぞ」
片眼鏡の男が車輪のついた戦車タイプのクルマへと戻る。そこに手をかけたところで振り返る。片眼鏡の男が俺を見る。見ている。
「俺はシンだ。西のキノクニヤではそれなりに名の通ったクロウズだな」
「自分でそれを言うのか。俺はガムだ」
「お前があのガムか。こんな餓鬼だとは思わなかった」
片眼鏡の男の言葉に俺は肩を竦める。
「そうか。それは良かった。次にこんなこちらを試すような真似をすれば敵として対応させてもらう」
「くくく、そうか。覚えておく」
片眼鏡の男がクルマに乗り込む。
そして、片眼鏡の男のクルマを先頭として集団が撤退していく。その場を離れていく。
シン、か。
覚えておこう。
次回の更新は11月23日の火曜日になります。




