213 機械の腕48――『どうだろうな。入札の練習みたいなものさ』
『六百五十万コイル、か』
『ふふん、それがどうしたの?』
どうもしない。
ただ、それがスピードマスターのクルマの価値か、と思っただけだ。あのクルマが、スピードマスターの生きてきた軌跡の価値がそれだけの金額にしかならない。
……いや、六百五十万コイルは大金か。コックローチの賞金というあぶく銭を手に入れたことで、俺も少し感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
『あぶく銭って何なの』
『働かずに手に入れた、なくなっても惜しくないようなお金のことだろう』
『ふふん、そう? それはお前が勝ち取った正統な報酬でしょ』
『そうかもな』
オークションが進み、数万、数十万コイルクラスの出品物が飛ぶように落札されていく。さすがにクルマと同じくらいの金額のものは、そうそう出品されないようだ。
にしても、いきなり一番の目玉を持ってくるとは……。
落札出来なかった者たちが、がっかりして帰ってしまってもおかしくないだろうに、思い切ったことをするものだ。
そして、それが出品される。
「次は……急遽、今回のオークションに持ち込まれた逸品になります! 今回のサプライズ枠はこちら!」
司会の言葉と共にステージに映し出されたのは、見覚えのある真っ赤な機械の腕だった。
元々出品される予定だった右腕ではない。ウルフが持っているはずの左腕だ。
「皆様、右腕が出品されることはご存じのはず。この左腕があれば、両方が揃いますよ。しかも、こちらの腕には特殊機能として……」
司会がスピードマスターの機械の腕の解説を行っている。だが、俺にはその言葉が入ってこない。
俺はウルフを探す。
まさか、あいつ……そういうことなのか。
ウルフがこの場に来ることが出来た理由。
それは……、
……。
……。
出品者として入り込んだのか!
俺はウルフを探す。
思いを受け継ぐだなんだと、きれい事を並べておきながら、お前はそれを投げ捨てるのか。利用するのか。
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
深呼吸をする。
落ち着け。俺が熱くなってどうする。
スピードマスターとそこまで関わっていない俺が憤るのは筋違いだろう。
ウルフを探してどうする。
……これは違う。
落ち着け、俺。
そうだ。
生き意地汚く、なんでも利用しようとするウルフは間違っていない。この時代に相応しい生き方だろう。
……ただ、俺が苛ついただけだ。
頭では分かっていても、俺の本能が、俺の本質が、苛つくのを抑えられなかっただけだろう。
……。
もう一度大きく息を吸い、吐き出す。
まずはオークションに集中するべきだろう。目的を忘れてはいけない。
俺はステージを見る。
どれくらいの金額からスタートしたのか分からないが、ステージに表示されている現在額は五十万を超えていた。
……。
まだ五十万、か。
そろそろ俺も動くか。
確かスタート金額の十分の一を一口として入札が出来る、だったか。
……ん?
スピードマスターのクルマの時は上乗せは一万コイルからだったはずだ。だが、スタートは百万コイルからだった。十分の一なら十万コイルのはずだ。落札するつもりがなかったため、あまり気にとめていなかったが――どういうことだ?
俺は手に持っている端末を操作する。
……なるほど。
今回のスピードマスターの左腕だが、一万コイル単位での入札が可能になっていた。あの左腕が十万コイルからスタートしたということは無いだろう。
スタート金額の十分の一を一口として入札が出来る。だが、その上限は一万コイル、ということなのだろう。
それもそうか。
考えてみれば当然の話だ。数百万コイルの商品になれば、十分の一では、一口が大きな金額になりすぎる。
「百万コイルです! いきなり百万コイルが出ました。ありませんか? 他にありませんか?」
俺は端末を操作してとりあえず百万コイルで入札してみる。一万コイル単位で入札出来ることは分かったが、それはそれだ。
「百一万コイルが出ました!」
誰かが俺に対抗して入札したようだ。俺は端末を操作する。
「おおっと、ここで百五十万コイルです!」
これで良いだろう。
『ふふん。アレを落札するつもりなの?』
『どうだろうな。入札の練習みたいなものさ』
サプライズ商品らしいが、これも目玉商品の一つで間違いないだろう。練習のつもりで入札しているのは確かだが、これで落札出来れば儲けものだという思惑もある。
「百五十一万コイルです」
だれが入れているのか分からないが、随分と刻むつもりのようだ。
俺は端末を操作する。
「二百万コイル! 二百万が出ました。さあさあ、他にありませんか?」
数字が一万コイルずつ増えていく。
「おおっと、ここで三百万コイルが出ました」
入札したのは俺ではない。誰かが一気に跳ね上げたようだ。
……。
ここら辺が潮時か。もう少し上乗せすることは出来るだろうが、限界は近い。このまま落札出来ない可能性の方が高い。
……誰かにお金を使わせたとポジティブに考えておこう。
まだ、目玉商品は残っている。
俺はウルフとは違う。俺がスピードマスターの遺品にこだわる必要はない。




