方法その8 ナイスなボートは乗船拒否で! その3
「屋上といっても広いぞ」
黒塗りのやたら胴長なリムジンに乗り込んだ私達は、今、流れで簡易の作戦会議を開いている。
「恐らく、人目に付きにくい端の方だと思うんですけど……」
確か、あそこではスチルが出ていた筈だ。もうかなりうろ覚えで、細部までは出てこないけど。
しまったなー、『手帳』持って来ればよかったー!
必要無いと思って引き出しの奥にしまい込んだまま封印中だよ!
ええっと、確か薄暗い路地みたいな場所で、複数人のキャラが対峙している……みたいな、そんな絵だったはず……多分。
で、その中の2人が主人公と東雲君だったような……。
「確か今、屋上の温室テラスの外側、フェンスの張り替え工事中だったよね?基本は立ち入り禁止だけど……鍵があれば入れる筈だよ」
しののんっしののんっ、最後のとこだけめちゃくちゃ声ひっくいよ!?
「逆にいえば、その鍵が無ければそんな危ないとこに行けないから、心配しなくてもいいって事だよね?」
希望的観測。でもさっきから、すっごく不安げに「大丈夫かなあ」「心配」と眉を曇らせる天使2人―――友美と美々に、何か言わずにはいられなかったんだ。
まあ、そんな気遣いも粉砕されるんですけどね。
「その鍵、『彼』なら盗れるだろうね」
にっこり笑った天上さんが、意味深な視線を送った先は東条君。
ああもう、セキュリティ!!(怒)
そんな東条君自身は、あっけにとられた顔でこっちを見ていた。
「何」
誰のせいでこんな事態に……いや、彼の言い分を信じるなら、“彼自身は”何もしていないそうだけど……?
思わず睨んじゃった。
「やはり……『見える』のか?」
どこか呆けた様子の彼が、ぽつりと言ったのは、そんなセリフで。
……見えるって何だよ。ニュータイフ○か!
いや、ある意味間違って無いけど、全然違うし!
「“知ってるだけ”だよ」
思わず深い溜息を吐いた。
そっかい、全部私かい。
私がずっと、正確なところを黙っていたから。
「“何でも”は知らないよ。ただ“知ってる事だけ”“知ってただけ”。―――私が語れるのはね、少しの未来の可能性と、今はもう過去になってしまった『物語』の断片のみ。それは、言い換えてしまえば、証拠の無いただの妄想だともいえる。――――――つまりは、ただの戯言だ」
【まーりゃんside】
そこは学園の屋上でした。
夜という、普段とは違う差異はあるものの、いつもの屋上温室です。
友美先輩やさーりゃん先輩のコネではありましたが、空条グループのパーティに出席するという事で、親からも盛大な激励をもらった私が、なぜ今こんな場所にいるのかというと、呼び出しのメールを頂いたからです。
――――――東条先輩に。
言いたい事がある、大事な話だから、誰にも言わずに内緒にしておいて欲しいんだ、と。
正直、最近の東条先輩の話や行動にはちょっとついて行けないな、と思う部分もありましたが、基本的には優しい方ですし、でも、さーりゃん先輩とのやり取りの件があって……と、自分でもどういう風に接していいのか分からなくなっていました。
表面上は当たり障りなくお付き合い出来たと……自分では思っているのですが。
だから、もし何か理由があっての事なら、それを知っておきたいと思ったのです。
あまり時間は取れませんが、と一言添える形で返事を返し、当日は少し早く家を出て、会場前のわずかな時間、先輩に呼び出された通り、学園の門の前に向かったのです。
そこで待ち受けていた人物が、誰なのかも知らないままに――――――
「あんたなんて、しんじゃえばいいのに」
そう言いながら、刃物を持ち出して私に突き付けるのは、停学中の筈の定先輩でした。
「めざわりなのよ!あんたさえ……いなければ……っ」
「……」
刃物を突き付けられ、ひっ立てられる様に上がって来たのは、どんな状況でも変わらず美しい花を咲かせている、あの屋上温室。
どういう経緯で彼女がここにいるのか、なぜ簡単に中まで入っていけるのか、私にはそこまでの事は分かりません。
ただ分かるのは、定先輩と東条先輩は繋がっていたという事だけです。
「2人を手玉に取るのはさぞかし楽しかったでしょうね!いい気になってるんじゃないわよ!」
そんなつもりは無かったのです。
私にとって東雲先輩は要注意重要人物で―――最近仲良くなりましたけど、でもそれももうお終いですから。
東条先輩は、最初こそ頼りになる優しい先輩で、まあかっこいい人ですし、このままいったらもしかしたら好きになっていたかもしれません。
でも今は、戸惑いの方が大きくなっていましたから。
好きというには、どちらも足りない、そこまでの気持ちは持てていない……2人とは、そんな関係でしかなかったのですが、彼女にとっては“彼女が見たものが全て”なのでしょう。
以前からこの人は、人の話、これっぽっちも聞いてはくれませんでしたから。
だから『これはもう無理だ』と思った私は、速攻さーりゃん先輩にヘルプメールを出そうと思ったのですが……見つかって、携帯叩き落とされちゃいました。
かろうじて送信ボタンは押せたと思うのですが……。
でも、さーりゃん先輩ならきっと、『この時期のイベントの流れ』から察してくれると信じています!
そんな風に、気をしっかりと持っていられたのは、ここに来るまでの事でした。
温室から少し入りこんだ先の機械コーナー。そこからさらに回り込むように入って行った場所です。
工事中の為、本来フェンスのある場所には何もありません。
ただ、“いつか”の様に虚空から冷たい風が吹き付けるだけ。
足場の不安定な場所に連れて来られて怖かったのは―――最初だけでした。
“あの時と同じ”だと思えば、怖さは空虚さに簡単に変わっていきましたから。
「さっきから黙ってないで、なんとかいいなさいよっ!」
特に、言うべきセリフもありません。
どうせ言ったところで、貴女からすれば見苦しい言い訳にすぎないんでしょう?
「こっ、このまま突き落としてやるんだから!」
何をどうしたところで、どの道、この先に待ち受ける展開は変わらないのなら。
――――――『私』は、一体何の為に生まれて来たんだろう――――――
【櫻side】
がしゃん、と大きな音を立てて、屋上のライトが一斉に点灯する。
さっきまで薄暗い中にいた私には、少々眩しいくらい。
事情に明るい東雲君の先導で、かつてお茶会の定例会会場だった東屋のある華やかな花園を抜け、機械類の設置してある場所のさらに奥へ。
だけど、走って駆けつけた時には時すでに遅く、事態は最悪の状態まで進行してしまっていた。
案の定フェンス工事の為のカギは開かれ、犯人とまーりゃんは屋上の端で12月の凍えそうなほどに寒い夜風に煽られていて、今にも落ちてしまいそうだった。
「まーりゃん!!」
遅くなった事に対して、すごく申し訳ない気分になる。
事態を嘆いても仕方ないのは分かるんだけど。
せめてもう少しだけでも早く来られれば……っ!
「おい、そこの女、今すぐそこから離れろ!」
「武器を捨てて投降しろ」
「お前……っ、何もそこまでしろとは言って無いだろう!?くそっ、本当に使えない奴だな!」
「自分が何をしてるのか、ホントに分かってる?早いとこ、彼女を解放した方が良いと思うけど?」
「もう終わりにしよう。危ない事はやめて、ね?」
「そうだよ!こんな事しても、何にもならないんだから!お母さんもお父さんも、きっと心配するよ!?今ならきっとまだ間に合うから!」
男性陣と友美が、さっそく元凶に対して『説得コマンド』を使用し始めたけど……しかも約1名、まるで警察官みたいな言い方だったけど―――私はそれよりもまーりゃんの様子がおかしい事の方が気になった。
……ここまで騒ぎになっているのに、一切の反応が無い。
視線は足元、というか、その遥か下の地面を見つめている様だ。
その様子に気付いたらしい美々が、コートの背中をぎゅっと掴んだ。
「何よ何よ!みんなこの子の味方だって言うの!?ずるいじゃない、ひどいじゃない!あたしの味方なんて誰もいない!そうよ、最初から分かってた!」
まるで悲劇のヒロインの様に嘆く犯人―――『定子』。
いや字面が違うのは十分分かっているんだけど、建物の下から吹き上げて来る風に煽られるせいもあって、髪振り乱しちゃってる姿とか、ほんと“そのまんま”って感じ。
噂では聞いていたけど、これはまた、随分酷い事になってるなあ。
“病状”悪化してないか?
聞いた話、最初はただ気に入らない子に対して、些細な嫌がらせするだけの子だった、らしい。それも迷惑な話だが。
学年が上がるにつれ、段々エスカレートしていったって事かな?
「いいかげんにしろ!!元々少し脅かすくらいで、ここまでするつもりは無かったんだ!それがどうだ!?このままだとボクもお前も破滅なんだぞ!分かっているのか!?」
あー、なるほど。入れ知恵があったせいか。
でも、そそのかした本人にとっても、彼女の行動パターンの激化は予想外だったみたいだな。
「『彼』が振り向いてくれるよう協力するって言ってたじゃない!なのにどうしてあたしだけ怒られなきゃいけないの!どうせあたしが停学になった後、みんなでその子の事ちやほやしたんでしょ!?つきまとってるのはあたしじゃない!嘘つきはお前の方だ!」
すっごい形相でまーりゃんの方見て、改めて刃を突き付ける。
うわ、見事なまでにヤンデレキャラ化してる!?
誰だよ成長させたの!……って東条君か!!(怒)
「大丈夫だよ」
その時不意に、黙っていた最後の男が口を開いた。
東雲君だ。
先導した後、まーりゃん達の元へ急いで駆け寄ったりせずに、そのまま状況を見定めていたらしい東雲君は、今、男性陣の後方からゆっくりと前に進み出る。
「こっちへおいで。もう大丈夫だからさ」
その表情は、甘く、蕩ける様な笑みで。
私は『ああ、詰んだな』と思った。
誰って、そんなの1人しかいないじゃないですか、ヤダー。
「東雲君……やっぱり、東雲君だけが私の事理解してくれるの。貴方だけが、私の運命の人なのよ……。東条なんていらないわ。あんなゴミ屑、捨てられて当然よ」
駄目だこの人、はやくなんt………………病院にげてえええええええ!!!
「うん、そうだね。僕、分かったんだ」
周囲にいる人間のほとんどが青ざめる中、東雲君だけは優しい声で彼女を甘やかす。
「――――――きみのことあいしてるって」
「東雲君……っ!!」
両手を広げた東雲君めがけて、刃物を構えたままの定先輩が駆け寄って来る。
「――――――おねがい、いっしょにしんで」
「――――――なんて、言うとでも思った?」
読んでいた天上さんによって彼女の手の中の刃物は叩き落とされ、速やかに椿先輩が後ろ手に拘束した。おう、ナイスプレー!
「……え?」
後に残ったのは、茫然とした表情の彼女だけ。
……出たよ、暗黒面。
同じ“ブラック”でも白樹君の“ソレ”が他者を排するのとは少し違う。
人を人とも思わず、使えるものは何でもどの様にでも利用する、まさに自己中の権化。
その為ならこのくらいの演技、どうという事は無い。
「しの、のめくん……?」
「空条先輩、けーさつ」
「あ、ああ」
振り返った彼は、心底どうでもよさげに―――むしろ、やっと面倒事が片付いたぐらいの表情でそう言った。
さっきとのギャップのせいで、あの空条先輩が気圧されている。
実に珍しい光景だけど、それもしょうがないかな。
普段の彼を良く知る人物なら、あの年中無休の明るさの陰に、こんな一面があるなんて想像もしないだろうし。
……まあ最近は、ずーっと怒ってたけどさ。
それと椿先輩、東雲君に対して、そんなご実家の家業に引き込もうとか思ってそうな熱い視線送るの、止めて下さいってば。
さっきの持ち上げて落とすののヒドイ奴見たでしょう?容疑者にトラウマ植え付ける気ですか。後多分それ人限定すると思うので、一般人向けには発動しないと思いますよ?ほら、彼基本無精ですし。
あ、東条君がすっごい青い顔してる。
君が彼の真似をしようだなんて、50年くらい早かったね。うん無理。
「待って、待って、今の、今言った事、ほんとは、ほんとなんでしょ!?照れくさかったから、ごまかそうと―――」
今の衝撃から息を吹き返したらしい『定子』が、椿先輩と天上さんに両脇抱えられながらも必死に首をのばして東雲君の方を向こうとする。
けど、その言葉は最後まで言う事さえ許されずに、別の言葉によってかき消された。
「バカなの?」
むしろ抱えた人達の方の足が止まった。
底冷えのする彼の声に、誰も口を挟めない。
「そんな訳無いでしょ、少しは考えなよ。目ざわり。もう二度と僕の前に現れないで」
「で、でも」
「まだ分からないのかなあ?君って結構頭悪いね。あのさ、僕ね、どっかの誰かのおかげで、大事な人にとてもヒドイ事言われたんだ。それどころか、もしかしたら彼女の事失うところだったかもしれないんだよ?無事だったからいいや、なんて普通思わないよねー。……僕、絶対に許さないから」
真っ直ぐに彼女を見据えるその瞳に、好意の色は一欠片すらも無い。
「そんな、ひどい、その人の事、ゆるさなくていいよ、あたしがかわりに……」
理解していないのか、見ない振りをしているのか。
ただひたすらに、彼女は彼の寵愛をどうにかして得られないかと縋る。
けれど慈悲は与えられる事は無く、彼女の心は無残にも打ち捨てられた。
「君の事だよ」
物凄く据わった目と、物凄くいらついているのを隠さない態度で、彼は吐き捨てた。
「え?」
問い返す彼女には、もはや現実を認識“出来ていない”んじゃないかとさえ思う。
それともやはり、これが現実だと思いたくないとか。……思いたくないという気持だけならば、理解出来なくもない。
口を挟む様な雰囲気でも無いので、そのまま2人のやり取りを見守っていたら、急に東雲君がにこっとした。
それだけで、場の空気が少しだけ軽くなった気がした。
「“君”は、自分を取り巻く周囲の世界を都合良く捻じ曲げて解釈しているみたいだけど、でもさ、本当は世の中そんな甘く無いって、これでしっかりと学習出来たでしょ?よ か っ た ね !」(にっこり)
…………気がしただけだった。
「君の事、好きでも何でもなかったよ。ただ都合が良かったから一緒にいただけさ。僕にはもう必要無いし、だからって君の都合を聞く気はないから。ねえ、早く“ソレ”、どっか“持って”って」
即座に元のトーンに戻った東雲君のその言葉に、凍りついた椿先輩と天上さん、2人の足が再び動き出す。
いつの間にか駆けつけていた黒服の男達が、2人から“彼女”を引き取って去って行った。
空条先輩が連絡したんだろう。連れて行かれた彼女がどうなるのかは、今後の先輩次第という事か。
まだ全てが終わった訳では無いのだろうけれど、このまま東雲君にメンタルフルボッコされるのを見続けるよりは、幾分精神的に楽かもしれない。
引き渡した後の天上さんが、何か振り払う様に頭を横に振ったのは、決して気のせいでは無いだろう。
―――さて、これでひとまず安心かな。
改めてまーりゃんの方を振り向こうとして……
「おねーちゃん」
美々が背中を引っ張った。
その表情は強張っていたけど、それはさっきまで“やらかしてた”東雲君のせいじゃなくて―――
今にも取り乱しそうな様子の美々は、絶対に目が離せないといった様子で、しっかりとまーりゃんの方を見詰めていた。
「マリア、ちゃん?」
同じ様に顔を青ざめさせた友美が、まーりゃんの方にそろそろと手を伸ばす。
それは彼女が、屋上のへりの部分から、今にも落ちそうになっていたからだ。
白樹「これはフォロー無理だろ」
櫻 「さすが名誉地雷キャラ。仮にも恋愛ゲームの攻略キャラにあるまじき暗黒面」
友美「(((gkbl)))」
東雲「ちょ、みんなヒドイよ!?あと変な称号増えてる!?」
だってみんなヤンデレ好きって言うから(責任転嫁)




