方法その7 しっかりした意思と態度ではっきり決断を下しましょう 前篇
まーりゃん、メダパニかかってます。
状態異常:混乱につき、注意。
あの文化祭の日から数日、私の前に不審者が度々出没するようになりました。
誰なのかは分かっています。
以前私を呼び出し、自分の言いたい事だけ言って、人の話を全然聞いてくれなかった女子の先輩……。
あの女子の先輩が、また私の前に現れたのです。
その時も、こちらの話を少しは聞いてください、と何度言ったことか。
私はただ東雲先輩とは普通に話しているだけで、そこに恋愛感情はありません。……多分。
いえその、最近は優しいですし……ああ、女子に優しいのは最初からでしたか。
あれは『情けは人のためならず』みたいな、打算の部分がありましたけど。
とにかく変な事さえしなければ、私は東雲先輩が嫌いじゃ無い事を、最近ようやく自覚しましたので……。
結局、彼女は一方的に言いたい事だけ言って、こちらが悪いと決めつけ、止めの様に最後にはどんと突き飛ばして去って行きました。
見かねた誰かが先生を呼んでくれなかったら、もっとヒドイ事になっていたかもしれません。
そうして、その日から嫌がらせは始まったのです。
最初は、陰口。それも、人の大勢いるような場所で名指しで非難されました。
それから、よくぶつかられたり、ベタですが水をかけられたり昇降口のロッカーにイタズラされたり……。
もちろん迅速な対応がとられました。
といいますか、美々ちゃんの動きが素早すぎなんですよ。でも……感謝してます。
美々ちゃんがさーりゃん先輩に話した結果、不当ないじめ、言いがかりという事で、最終的に生徒会まで持ち込まれ、監視カメラの映像を調査した結果、犯人はあっさり割れました。
どうも例の東雲先輩に固執する女子生徒―――定先輩による単独の犯行だったようです。
話が行ったのか、東雲先輩まで謝りに来ました。いえその、今回は先輩とばっちりじゃ……ああ、しばらく前の『人間関係ちゃんとしてください』の件ですか。
……東雲先輩でも、止められない人なんですね、あの人……。
嫌な予感は的中しました。
どうやら処分を受けたはずの定先輩は、却ってムキになったらしく、その被害はなぜかクラスメートの皆にまで拡大しました。
私の机を含む周囲の人の机まで水浸しにされ、黒板にはでかでかと書かれた『神山真理亜をかばうお前らも悪だ』という文字。
この一件で、よっぽど仲のいい友達以外の人からは、少し遠巻きにされてしまいました。
仕方ないですけど……やっぱりショックです。
階段で、どん、と押し出されました。
ぐらりとかしぐ体に、過去が瞬きの様にフラッシュバックします。
とっさに近くにいた美々ちゃんに、腕を掴まれ助けられましたが、あの落ちる――――――感覚が。
目の前が暗くなる、という感覚を、私はこの生で初めて実感しました。
もうこんな事が何度起こったでしょうか。
あまりに頻繁に事故に遭いかけるので、一人で廊下にも出られません。
病院にいた頃、看護士さんに付き添われないと何も出来なかったのを思い出します。
今は、それが美々ちゃんに変わっただけ。
朝起きて、酷くうんざりするのも当時と一緒です。
―――耳にこびりついた囁きがこだまします。
「いつまで続けるつもりなの?被害者ぶっちゃってサイテー」
『いつまで――――――』
「あんたなんて、はやく死んじゃえばいいのに」
『はやく――――――』
このままいけば、いつか本当になってしまうのでしょうか?
このところ繰り返し見る悪夢は、あの“最後の日”の―――浮く感覚と、頬を切る風―――続く衝撃。
いやがらせは、ボブショートの髪の毛見ると、ついびくっとする程度には頻繁で。
どうすればいいのでしょうか。
一向に人の話を聞こうとせず、自身の主張ばかりしてはなじる相手に、私はうまい対応が出来ないまま、さらに数日が経過しました。
「そんなに不安そうな顔をして。ボクでは頼りにならないかい?」
ふるふると顔を横に振ります。
美々ちゃんがお家の用事で早くに帰った日の放課後、帰り支度も終わらないうちに、東条先輩が私を訪ねて来ました。
東条先輩は、確かに頼りになるかもしれません。
でも、あの文化祭の日の事が頭にあって、どうしても相談する気になれませんでした。
「どんな事があったのか話して欲しいんだ。キミの力になりたいんだよ」
そう言ってくれる先輩にあの文化祭の日の時みたいな強引さは無く、いつもみたいに優しくて、本当に心配している様に見えました。
「……」
私は黙ったまま、また横に首を振ります。
のど元まで渦巻く不信感で、言葉が出てきません。
文化祭の日の事件は私にとっては大きすぎる出来事で、ここまで言ってくれる先輩でしたが、どうしても信じきれなくなっていました。
「ボクとキミの仲だろう?何も心配はいらないさ。ボクがキミの事を守るんだからね!」
胸を張った先輩をみる私の瞳は、ずいぶん情けない事になっていたと思います。
どうしても思い出してしまうのです。
あの日、なぜか強引だった先輩の事を。
そうして、怖く感じてしまうのです。
さーりゃん先輩から、あの日に起こった事、少しだけ聞きました。
あの日東条先輩に言われた言葉に具体的な物は何一つ無く、ただ『自分は(さーりゃん先輩に関する)重要な事を知っている』と仄めかされただけなのだ、と、先輩はそう言っていました。
あるいはそれは、その時偶然、白樹先輩がそばにいたせいかもしれません。
それだけ、先輩と一対一で話がしたかったのでしょうか?
それとも、脅かすのが目的でしょうか?
正直、私の知っている東条先輩の姿からはかけ離れていて、すぐには信じられない気持ちでいっぱいでした。
先輩は最後にこう言っていました。
“何をどこまで知っているのか”が分からず、返って不気味だ、と。
さーりゃん先輩と、東条先輩の間に直接の繋がりは無い……筈です。
なのに、何故さーりゃん先輩に“人には言えない秘密”がある事を知っていたのでしょうか。
当てずっぽうにしては、的を得ていすぎている気がします。
接点があるとすれば、東条先輩が空条グループの一員だという事くらいだと思うのですが……?
それに、最初からさーりゃん先輩に用があるというのなら、わざわざ私を気にかけて下さるその理由は何でしょうか。
理由が分からない、ただそれだけで、私はこの人の事を信じていいのか疑うべきなのか、分からなくなってしまうのです。
「マリアちゃんっ」
ぐるぐると考えていたら後ろから声がかけられ、振り向くとそこには、ちょっと走って来たっぽい東雲先輩の姿がありました。
「大丈夫?」
ええっと、何がです?
よく分からなくて見返すと、東雲先輩は東条先輩の方を見ました。……きつい目つきで。
ちょっと睨んでます?
「大丈夫です」
よく分からないですけど、今は特に何もないですし、大丈夫なのでそれだけ答えました。
「そっか、ならよかった。じゃ、行こう?」
え?
ぐい、と手を引かれます。
今度は東雲先輩が、あの日の東条先輩みたいになってます!?
「待て!その手を離せ」
東雲先輩につかまれた手首に、もう一人の手がかかります。
「……先輩に対してその言葉遣いはどうなのかな~?後輩君」
「ボクの大切な人に手を出そうとする様な人に、敬語の必要は無いでしょう?」
「ふうん?」
ああ、また険悪ムードです。
正直巻き込まないで欲しいですが。
「……ずいぶん仲良くなったみたいだね?」
え?
東雲先輩にしては、低い声でそう言われました。
何だか怒ってます?
「仲良く?そんなものではありませんよ」
よく分からないまま、2人の先輩の間で勝手に話が進んでいきます。
「言ったでしょう?ボクの大事な人だ、と。貴方の付け入る隙は無いんです。丁重にお引き取り願えませんか」
「……」
ええ、と。
「マリアちゃん、本当にこの人でいいの?」
「……え、と」
戸惑う私に、先輩は畳みかけます。
「この間あんな事があって、それでもこの人を選ぶんだ?」
……どうしてこんな事になっているんでしょう?
そもそも、どうしてこの2人の2択限定なんですか。
大体、元はと言えば先輩の人間関係から始まっている訳で……その先輩に、何で怒られてるみたいに言われなきゃいけないんですか。
勝手な言い分に聞こえて、ムカムカして来ました。
そうでした、先輩は勝手な人なのです。自己チューなのです。
―――思い出しましたよ、先輩はやっぱりでっかい地雷なんです!!
「先輩には、でっかい関係ありません!」
ここの処ずっと溜め込んでいたモヤモヤや、イライラしてた気持ちが、ここでついに爆発してしまいました。
衝動のまま思わずわめいてしまった私は、先輩方の手を振りほどき、ダッシュでその場から走り去ってしまったのです。
どうでもいい話再び。
定先輩の名前の由来は“さだこ”じゃなくて“あべさだ”。
あとちょっと“淀君”の悪い方のイメージ(あくまでイメージです)
……しののんにげてー!超にげてー!




