方法その4 嫌いになるばかりでなく、認められる部分は認めてあげましょう 後篇
嘆いたとしても、もうどうしようもありません。
今私の目の前にいるのは、何処のアイドルさんですか?と問い質したくなる様な美少年……東雲先輩ですから。
お昼すぎに指定の駅前で待ち合わせをした私達は、まず先にお昼を頂く事になりました。
ショッピングモールのフードコートはお昼時という事もあり、どこも混んでいました。
先輩の一押しだという卵専門店もご多分にもれず、どうしようかなと迷っていた時、ちょっと気になるお店を見つけまして
「あ、こっちの豚肉のお店、良さそうですね。この彩り野菜黒酢酢豚とかおいしそう」
「えっ?え、でもそのお店、結構男性向けっぽいよ?」
「そう、ですね。ちょっと居酒屋さんみたいな雰囲気です」
「だからさ、さっきの所で少し待ってみようよ」
先輩は気を使ってくれてるのか、それとも自分のいつものテリトリー?で自分のペースに持って行きたいのか、しきりにそう言いますが……。
「黒米のご飯?健康にもよさそうですね。……今度さーりゃん先輩誘ってみようかな?」
「え、そっち!?」
「まずは味を見てみないと分からないですよね。先輩、私ここのお店で良いです。良く聞くと女性のお客さんらしき話声とかしますし、メニューも健康的っぽいから、ランチタイムには意外に女性も来るお店なのかもしれませんよ」
「ああ、うん。……うん、君がそういうのなら、い、いいかな……」
なんだか急に元気なくなりました?
もう少し言い合いになるかと思ったんですが、普段から押しの強い東雲先輩にしては粘りが足りない様な……。珍しいですね?
「いいですか?そもそも今回は、さーりゃん先輩の顔を立てるだけです」
「あー、うん」
有難く思えばいいです。
一応念を押したのですが、東雲先輩は苦笑するばかり。ちゃんと聞いてますか?
黒米を噛み締めつつ、先輩とこれからの予定を確認します。とはいっても、これから少し歩いて水族館に行くだけなのですが。
……うん、当たり外れはともかく、悪くは無いお店を引き当てた気がします。
「ええっと、卵の料理、あんまり興味無かった?」
「いえ、むしろ大好きですよ?あのお店にも興味はありましたけど、あれだけ並んでいるとちょっと……」
「並んでまでは入る気にならない、って?」
「そうですね。それに私、実家が料亭もやってるので、どちらかと言えば和食の方が好き……というか、馴染みがあるというか、とっつきやすいというか……」
「そっちの方が惹かれるって事か……。うん、そっか。自分の趣味じゃ無くて相手の好み、か……」
なんだか、真面目に考えこまれてしまいました。
「よし、じゃあさ、何でも言ってよ!」
「え、何ですか?急に」
「決めた!今日は僕、真理亜ちゃんの為なら何でもする!だから例えば、君が行きたい所があったら水族館に限らずどこへでもお供するし、食べたいものがあったら何でも言って!全部叶えてあげるから!」
「いえ、そこまでして頂く事も無いかと……」
「!?むしろ引かれたっ!?」
変な東雲先輩。
でも、こうして自分の為だけにあたふたする東雲先輩を見るのは、なんだかとても新鮮な気分です。
意外にまめな人なのでしょうか?
ま、まあ私も女の子ですから?悪い気はしません。……でも、他の女の子とデートする時もこんな感じなのかな。なんだか、胸の中がもやもやした気分かも、です。
「というか、そもそも何だって女の子侍らすんですか?」
「え?だって侍らすなら男より女の子の方がいいでしょ?」
思わず凍りつきました。今真夏の筈なんですが。
あー、やっぱりこの人……!!
「友達とかいないんですか?普通に話す様な」
「何か誤解してる!?いやいるよ!?ちゃんと!ぼっちとかじゃないよ!?」
そこで東雲先輩は急に話のトーンを落としました。
「けどさ、あの頃が一番楽しかったんだよね。賑やかでさ」
何だか遠くを見る様な目でした。それが何だか……。
「先輩ってもしかして、寂しがり屋さんですか?」
赤味がかった茶色の瞳がウサギさんに見えなくもない、と思ってしまった私は、もしかして東雲先輩の罠に引っ掛かってしまっているのでしょうか?
「べっ、別にっセンパイ達いなくて、友だちも忙しかったりとーくに行っちゃったりして寂しい、とか思うワケ無いじゃん、この僕がさっ!」
罠だろうがそうじゃ無かろうが、もうどうでもいい、です。
ただ、いつも人をおちょくって利用する様などうしようもない筈のこの人が、真っ赤になってそっぽを向く様子が、どうしようもなくいじらしいといいますか。
「それは、……しょうがないですねえ」
口元はきっと、ゆるんでいる事でしょう。
「寂しいのなら仕方ないです。今回は目いっぱい楽しんでやりますから、覚悟しておいてくださいね」
私のせいいっぱいのツンデレ発言に、先輩がすごく嬉しそうに満面の笑顔になりました。
……だ、だからそんな“にこぽ”トラップになんか引っ掛かったりなんかしませんからねっ!?
ハニートラップになど騙されませんから!などと決意を新たにしつつ……やや新たにしきれていない部分もありつつ……とりあえず楽しむだけ楽しもう!と思いつつやって来ました、水族館!
入ってすぐの広場には、アシカさん達がいました。
ショーの舞台も併設された広い施設の中の一角、狭い三角コーナーで、なぜか1頭だけがでっかいエンドレスぐるぐる回ってます。……楽しいのかな?
近くには、頭の上の高い位置に設置された、透明な流れるプールを行き来するアザラシさん達。
聞いた話だと、動物さん達が利用しない日もあるそうで。運が良かったんですね!
ショーまで時間がありそうだったので、さっそく中に入りました。暑いし日に焼けちゃいますからね。
わあ、イワシの群れってこうして見るときれいです。あ、“ぐそくたん”。ここの“ぐそくたん”もご飯食べないんですかね?
ラッコが意外にでっかいのにびっくりです。食事を見せるイベントをやってましたが、案外好き嫌い激しいのですね。でっかい甘えん坊さんです?
その後、飼育員さんがお掃除してる棒にじゃれついているのを見かけて、東雲先輩と一緒につい「可愛い!」ってはしゃいじゃいました。
メインの広い水槽はさすがに迫力です。うつぼさんが意外にアグレッシブだったのが印象的でした。
「あれちっちゃいけど、もしかしてジンベイ?」
「マンボウ、思ったよりでっかいちっさいです」
「こうして見ると、クラゲってキレイだね~。小さくて可愛い」
「ここまで多いと、癒されるかはまた別だと思いますが……でもキレイですね」
――――――と、ここまで来たときにふと気付きました。
あ、いつの間にか手、繋いでます。
手と東雲先輩の顔を往復する視線。
あ、ばれちゃった、とでも言いたげな、少しだけ優しく微笑んだ顔の先輩を見てたら……まあ、いいか、という気分になっちゃいました。
何となく……何となく、本当に何となくですが、この雰囲気を壊すのが嫌だったのです。
結局無理に離す事はせず、そのまま次のフロアへ。
「こっちは淡水系の展示だね」
熱帯地方の川に生息している魚や植物の展示が中心の様です。
あ、
「「ベルツノガエルのベルちゃんだ」」
え?
まさかのさーりゃん先輩でした。あ、白樹先輩、どうもですう。
「ちょっと、何でいるのさ2人とも!」
東雲先輩、デートぶち壊しだってご立腹です。
白樹先輩は偶然だって困った様に笑ってますけど。さーりゃん先輩?
「映画見た帰りに寄っただけだよ。まさかホントにかち合うとは思わなかった」
いたらラッキー?みたいな感じで来たそうです。
「気にはなってたから、念の為にね」
「思いっきり邪魔する気満々じゃん~」
「邪魔するつもりはないけどさ」
「単に東雲が信用されてないってだけだろ?」
何だか3人で盛り上がり始めちゃいました。
こうして見ると、本当に友達同士なんですね。
「映画って、何見て来たんですか?」
「ああ、この間言ってたヤツ。初回入場特典まだあったよ」
「そうですか。じゃあ終わらない内に行ってみようかな?」
特別小冊子が付くらしいと聞いていたので、気にはなってたんですよね。
「やっぱり妨害だ……」
隣から「うらめしや~」という声が聞こえて来ました。
ここ、でっかいお化け屋敷じゃないですよ?東雲先輩。
そして当然?ですが4人行動になりました。
一人不服そうでしたけど、「ここで別れるのも不自然だろ?」という白樹先輩の言葉に、しぶしぶといった形で了解してましたです。
外に出るとちょうど、アシカショーの時間になっていました。
なんと輪投げチャレンジに、さーりゃん先輩が選ばれるという事態に!
トレーナーさんがでっかい空気読んだです!?
不安がる先輩に白樹先輩が手を貸して―――ほわー、まるでウェディングケーキの入刀みたいです!
あ、さっきのあしかさん、ショーの出番が終わっても例の3角のコーナーに戻りますか。しかもまだ回りますか。……でっかいお気に入りです?
「飽きない?」
さーりゃん先輩も何となく目が離せないみたいです。でっかい良く分かります……。
外の展示では、アルマジロがちょこちょこしてました!
「「まじろんかわいいよまじろん!」ですっ」
思わずさーりゃん先輩とハモっちゃいました。ああでも、すっごい……いえ、でっかい可愛いですよね!?
あ、白樹先輩笑ってます。
「今度サンド育ててみようかな」
さーりゃん先輩、でっかい砂パです?
意外にアグレッシブなコアリクイ見て笑って、ペンギンのショーを見て、南米の蝶も見ました。
「ブリリアントだね!(モルフォチョウ)よりこっち(ミイロタテハ)の方が貴重だなんて……」
「すっかり“森”の基準に染まってましたね……。でっかいごめんなさいです」
そうしてたっぷり満喫してから水族館を出れば、夏とはいえ、さすがに薄暗くなる時間になっていました。
ショッピングモールのテナントで少しだけお土産を見て、『目つきの悪い猫』のグッズを買った後、外に出ました。
お迎えの来る駅までは全員が一緒です。
「先輩!あそこのゲーセン、キラ○のプライズありますよ!」
「雪櫻鬼譚のスロ!?誰得だよ!まさかおっさんがやるんじゃないだろうし、こんな所まで足を延ばす奇特な女性向けという事か!?」
乙女ロード、でっかい恐ろしい場所です……!!
電車に乗って地元まで、とかいうお2人とはここでお別れとなりました。
大病院の息子さんと会社社長令嬢が、でっかいそれでいいんです……?
先輩曰く、信用されてるんだよ、だそうで。ゴチソウサマデシタ。
それはともかく、改めて2人きりになっちゃいましたね。
「あの、今日は本当に楽しかったです」
「ホントに、ねえ?櫻ちゃんが一緒にいたからじゃないの?」
う、意地悪ですね。すっかり普段の東雲先輩に戻っちゃってます?
「それもありますけど、2人の時もちゃんと楽しかったですよ?」
「ホントにホント~?……なんてね、ウソウソ。ねえ、あの時さ、手を解かなかったのって、なんで?」
う。
「そ、それは……」
「少しは僕の事、好きになってくれたって、うぬぼれてもいいのかな?」
うう!そ、そりゃあ、……だいぶ今回の事で嫌悪感は無くなった気がしますけれども!
「君はまた嫌がるかもしれないけど、僕は嬉しかったよ。君に認められたみたいで」
うう~!そんな優しく微笑むとか、卑怯です!!
「だからさ、これで終わりじゃ無くてまた……あっ、と、次に繋げる様な発言はダメなんだっけ……でも、これっきりで終わりにしちゃうのは何だか残念だなあ」
「ダメって……」
そういえば、あんまり調子に乗った発言、今日は無いですね。
「うん、だって君、僕の事そんなに好きじゃないでしょ?櫻ちゃんにね、アドバイス貰ったから。君は、その、僕のあんまりいい評判聞いてないから……って。だからあんまり高望みするな、ってね」
さーりゃん先輩……先輩は、『ゲーム』の事をそんな風に説明したんですね……。
「あの、それは、……ごめんなさい」
「いいんだ。櫻ちゃんや白樹にも言われた事だしね。だから今日はとっても新鮮な気分っていうのかな。すごく楽しかったよ」
「新鮮、ですか?」
水族館だけに、ですか?
「ずっと自分の好きな様にやって来たし、それが当たり前だとも思ってた。今までデートしてた他の子達も楽しそうに笑ってたから、それが正しい事なんだってずっと思ってた。だからね、“誰かの為に”が、こんなに嬉しかったなんて、今日多分、初めて知ったよ。こっちこそ、ありがとう、だね」
そう言って東雲先輩は、こちらを覗き込むようにして笑顔を浮かべました。
多分恐らく『ゲーム』でも『コミック』でも見る事の無かった、東雲愉快という人物の、暖かささえ感じる包み込む様な微笑みを。
そういえば、迎えの車に乗る直前、交差点の向こう側に東条先輩を見かけたんでした。
……何してたんでしょう。もしかしてお仕事の関係ですかね?
一部実話を含みます(笑)




