71 -最終回- Diving Into Free
虎丸が嬉しさを隠すことなく言う。
『日毬のヤツ、また一段とデッカくなったッスね!』
日毬は外見の形状並びに大小を、範囲はあれど自在に操ることができる故に、最後にハークが肉眼で見た記憶と現在の姿形はほぼ大差ない。なので、デカくなった、は内面への評価であろう。
『ふふ、そうだな』
ハークも笑って認めるしかない。
ようやく船団の全貌が掴めてきた。しめて、25隻である。
何しろ一隻一隻がデカいのだ。かつての闇の集合体と同等、とまではいかぬものの迫るほどであった。全長80キロメートルは超えているだろう。
それら25隻が連なりつつも不必要に近づき過ぎぬよう、適正距離を保ちながら進んでいた。先頭から最後尾までは、距離にして優に1万キロメートルはある。
大きさのほか、内部構造も全艦似たり寄ったりで、それぞれ主に4つの区画に分かれていた。居住区画、農業区画、工業区画、操船区画である。かつてのエッグシェルシティの構造を参考に、革新させた形となっているようだった。
ちなみにだが、ハークを含めた全エルフ並びに亜人種の故郷2つの内一つ『第三シティ』は、海中に沈んだことで腐食や盗掘などの破壊から免れて現存していた。人間種が海上進出後の更に約200年の後、発見に成功している。
一隻ごとの内部に大体100万人前後のヒトの気配を感知できた。25もの100万都市が宇宙を進んでいるようなものである。
その大船団を率いる一番先頭を進む旗艦、その操船を司る区画の中心、艦長席がある位置にウルスラと日毬は立っている。つまり、この大船団25隻分、総勢2500万人を率い、指揮する立場であるということだ。
〈本当に、大きくなったものよ〉
独り感慨へと浸りそうになるハークの精神を、ガナハの言葉が押し留める。
『今は、アースラと名乗っている番だったかなぁ』
『番? ……ああ、順繰りにということか』
ウルスラは不老の存在である。人間種も最早ハークの本体が地球に在った頃と寿命は段違いも甚だしいことになっているが、さすがに全くと老いぬは規格外に過ぎる。既に形式的なものであれ、名を変えるのは定期的に行っていた。ただ、今回が最後になる可能性は果てしなく高いことだろう。
『彼らはハークが進んだ道筋、いや方角か? そちらを目指すつもりであるようだ』
『何? 儂の?』
ヴォルレウスの放った一言にハークの精神は否応なく刺激される。
『おう。闇の集合体との戦いの最後の最後でハークが放った技があっただろう? 確か、『天上無窮の太刀』だったな。アレが放たれた方向を第一陣の道しるべとするようだ』
『儂が放った方向……? 一万年も前の話であろう。解るものなのか?』
『そこはまぁ、アレさ。実際に見てたヤツもいるからよ』
『む。それはそうか』
〈うっかりしていた。眼の前のヴォル、ガナハを始めとして、現場にいたアレクサンドリアにヴァージニアは無論のこと、あの時代に生きていた龍族であの時に空を見上げられた位置にいた者は全員目撃済みだ。クロは意識を失っていたとしても、ウルスラとて……〉
今は己の率いる全ての人員を進むべき航路へと導く立場にある彼女も、地上から眼にした可能性は充分にある。
『『神託のしるべ』って言われて、語り継がれているんだよね!』
『神託とはまた大仰だな……』
『そんな呆れた声出すなよ。仕方ねえさ。逆に凶兆として認識されちまうと、原因だのなんだのと追求されちまうからなァ。答えの出ねえ難問に何人何十人もの人生をつき合わせるのは本意じゃあねえだろう?』
『まぁ、確かにな』
あの時に発生させた光の柱、もとい巨大剣は現象としてならば、かのガンマ線バーストに近いものだ。文字通りの宇宙規模の破壊力を一点集中、ただの一方向に集束させることでその威力を更に天文学的数字へと昇華させるが、どんなに厳重であれ発射方向以外に破壊の波が一切漏れ出さないほどに同現象は甘いものではない。月と地球ほども離れていない至近距離である。どんなに被害を軽く見積もったとしても、地球の大気が全て彼方まで吹き飛ばされてしまうぐらいのことは起こる筈だった。が、ご存知の通り、地球は今もって無事である。
この矛盾を解決するには今の人類であっても、もう二段階ほどは進化しなければならないだろう。何しろ現状ではヴォルレウスを始め今の生命の軛を脱した者たちでさえ、実現させた本人であるハーク以外の使用は誰一人未だ不可能なのだから。
光の巨大剣を完全に制御しつつ、発生した余剰エネルギーをすべて転移させ続けるなど斬るという技術に練熟し、エルフが元である種族的に精霊の位置と動きを把握する能力、更には一つの肉体に2つの思考を有し別々の作業を同時に並列して行える奇跡が必要なのである。特に最後のは厄介で、完全なる思考の同期でなくては意味がなく、成功しない。頭数を揃えれば可能という次元の話でもなかった。
『彼らの旅の、主たる目標は?』
『資源となる惑星、または星系の確保。人間が居住可能な星の発見、或いは将来的に居住可能な星の発見。更には地球外生命体の調査探索、できれば異星人の存在も……ってトコロだな』
『ふむ。妥当だな』
『そういやぁ、異星人はいたのか?』
『いや、見つけられなかった。ただし確率的にはおらぬ訳がない、とまでは言えるがな。そもそも儂のルートでは生命体はともかく異星人の発見は難しい。銀河の中心に近づけばそれだけ賑やかになるからな』
もし異星人だけを見つけたいのであれば銀河の中心部から太陽系と同程度に離れたラインで円を描くように進んで調査するのが最も良いであろう、というのがハークの結論であった。
『神、はどうだったんだよ?』
『そっちは一万年前と変わらない。依然として、儂らよりも力の次元が上の存在を確定させるだけの要素を発見しきれてはいないな。とはいえ進めば進むほど、太陽系と地球の特異性を痛感させられるがの。……ただし、矢張り我らと力だけは同じくらいの存在はおったぞ。2千年前に交戦した』
『何!? マジかよ。異星人には出会わなかったって言うなら意思疎通はできねえ感じか?』
『ああ、全くできん。知能を有する器官すらなかった。ウイルスが巨大となりアメーバ状となったようなモノであったよ。物体に寄生し、同化し、捕食する。最も巨大な奴は惑星サイズを捕食しようとしておったぞ。儂らは『宇宙の魔物』と呼んでおるよ』
『惑星を喰おうとするだなんて、どんだけ巨大なんだよ。ロンドニアだってあそこまで育ったが、まだまだ何万年も無理な話だろうよ。それに、『宇宙の魔物』だって?』
『ああ。実は地球の魔物の、進化の大元となった生命体の成れの姿であったわ』
『はぁ!? ってこたぁ、つまり本来の進化ってワケか!?』
ハークは肯く。
『うむ。まぁ、だからこそ弱点を即発見でき、撃退が可能だったのだがな』
『弱点だって? ……ああ! 魔晶石があンのか!』
『そういうことだ。とはいえ、地球のものとは比べ物にならぬほど強力であったよ。恐らくだが、発生した母星が近くの恒星か巨大星の影響によってゆっくりと崩壊していく過程で、真空である宇宙空間にすら適応したものと思える。……ん? 儂の辿った道を目指すということは、奴らと出会う確率も充分にあるということか』
『ええ!?』
『うお!? そりゃあそうだ!』
ガナハとヴォルレウス双方ともに驚きを隠せない。
『儂は興味本位で己から接触してしまったが、儂と同じ轍を踏む可能性がないなどと考えるのは単なる楽観、か。計算してみたが、互いが接触する可能性は今現在で43パーセントだな。高くもないが……』
『……低くもねえな。遭遇したら生き残れる可能性は?』
『残念ながら無いに等しいな。有機生命体にとっては天敵に近い。……ふうむ』
ハークは少し考え込む仕草をする。そして、徐に膝を叩いた。無論、宇宙空間なので音は発生しないが。
『よし、儂がついて行こう』
『ホント?』
『いいのか? ハークの旅路にもまだまだ目的があるだろう?』
『まあな。だが、良いも悪いもないよ。目的地である銀河の中心部をとりあえずは把握できる距離にまで一度は達したことであるし、儂らより力の次元が上の存在の痕跡を探す、というのもついでに過ぎんからな。水先案内人を自負するのであれば、彼らのような人々の安全こそ第一に確保すべきであろう』
『ふむ、なら安心か』
言葉通り安堵した声に隣のガナハは胸を撫で下ろす仕草をした、が。
『任せてくれ。では虎丸、行こう』
『了解ッス!』
『え!? もう!?』
『おい、待て待て! まだ話してえ事はあるんだぞ!』
そう言って、2人はハークと虎丸を慌てて止めようとする。
しかし、既にハークやヴォルレウスらが話している間に船団の内の8隻ほどが彼らの位置を追い越しており、ハークと虎丸たちはその先頭を目指して進み始めていた。
そして振り返る。
『また、儂と虎丸の分体を見つけてくれ。そうすればいつでも話せるさ。ではな』
『ばいばいッス!』
『おいおい、マジかよ。ちぇっ、わかったぜ!』
『気をつけてね!』
別れの挨拶もそこそこに、『念話』での交信が途切れる。互いの目視が肉眼では敵わぬ距離にまで達したからだった。
ハークと虎丸は忽ちの内に先頭を行く第一隻を追い抜かし、速度を合わせる。その姿と存在を把握する者は誰もおらず、ウルスラですら同様であり、日毬のみぼんやりと位置を感知するのみであったが。
ハークは改めて、自身に続こうと旅立つ総勢2500万を超えし勇気ある者たちを見て思う。
――――これから、彼らの行く手には大小様々な試練が待つことだろう。
検知不能の脅威、それによって引き起こされる予測不能の災害。
隕石などの無秩序に衝突してくる飛来物。超巨大恒星から不意に放たれる破壊波。予測不能に発見、或いは発生する宇宙の黒穴などだ。
拠点や、せっかくの新たな新天地と思い定めた地でも急激な変動や、隠された脅威に巻き込まれ全滅を覚悟することもあるだろう。
分断された同胞とお互いを認識できずに衝突することもあることだろう。
支配体制、政治体制の違いからすれ違い、互いを憎み合った挙句、宗教戦争の如くに滅ぼし合う争いに発展するかも知れない。
遂に発見した異星の原子的生命体の管理を間違い、危機に瀕するかも知れない。
記念すべき初の地球外知的生命体との邂逅が、不幸な出会いへと発展する可能性も大いにある。
ここまでの全てを乗り越えたとしても、広大過ぎる生息域がゆえに危機管理と防止策が行き届かずに銀河規模の大戦争が勃発するだろう。
そして更に、滅びゆく遥かな母星を救おうとテロを決行する非道な集団も現れるに違いない――――
ここまでの多難を招くとしても、ハークはこの勇気ある者たちを応援し、守りたいと心から思う。生物種として生息域の拡大は絶対的至上命題であり、必要不可欠であるからだ。
本来、神が特定の人物や勢力に肩入れすることは大きな混沌、混乱につながる。あってはならないことだ。
が、ハークは神ではない。
自身で認めていない。強大な力ではあるものの、他が対抗できぬ無二なるものでも決してない。だからこそ行動ができる。守るために力を振るえるのだ。
分水嶺は、宇宙の膨張が最高潮にまで達し新たな恒星が素材の分散によって発生できなくなった頃合だろう。この時までに重力の完全制御、或いはこれに代わる技術の確立が必須である。
〈大丈夫だ。どんな状況になろうと、必ずヒトは乗り越える〉
ハークはそう信じる。
そしていつの日か訪れる膨張の揺り返し、寄せては返す波と同じように収縮が全てを一点へと導き、再びの超爆発が終焉と共に新たな次の宇宙を誕生させる。
この日を乗り越えた時、ヒトは思い知ることだろう。この日を乗り越えることが、知的生命体が宇宙に生まれた本当の意味であるということを。
そして思い出すことだろう。
今まで己の魂が歩んできた全ての記憶を、だ。
その日こそが、本当の意味で仲間たちと会える、再びの邂逅の時となるのである。
〈ふふ……、本当に、楽しみなことだな〉
今はまだ、数ある可能性のうち、一つの未来でしかない。だが、段階を踏んで少しずつでも近づける道があるのなら、進ませてあげたいとハークは思う。己の力が届く範囲である限り。
ハークは自然と顔に浮かぶ笑みのまま振り返り、手を伸ばして言う。
「さぁ、行こう」
差し出される手が向けられた先は、彼の相方か。
それとも彼の意思を追い駆けるようとする、全ての人々か。
-完-




