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62 後編25終:NEW GAME②




『ヴァンガード。先駆者、或いは先導者か』


『先遣隊、または先行部隊といった方が、儂のこれからの目的により近いな』


『先遣……、先行……? これから人類が辿る発展の道程を安全確認でもしていくつもりか?』


『うむ。そういうことだ』


『そういうことだ、……って、ハーク程の人材は他に幾らでも……』


 ここで一瞬ヴォルレウスは考え込む。


『いや、そうでもねえか。大事だし、ハークにしかできねえ仕事だ』


『うむ。今の人類は未だ海を越えられていない。しかし、食料の長期保存手段は確立されておるし、造船技術も保たれている。遅くとも数千年後には宇宙へと本格的に進出するだろうが、外宇宙への進出は更にその先の先だ。それまでには安全なルートの渡りくらいはつけておきたいと考えておる』


『安全なルートか。記憶を残ってる前世の俺は、宇宙に対して特に強い興味を持っていなくてな。今世じゃあ、そういった情報は更に全然だしよ……。確か、超危険な天体とかあったりするんだっけか?』


『うむ。そういう天体は周囲に点在する星々の動きによってある程度目星を付けることが可能だが、宇宙は広大かつ未知だ。我らが想像もせぬような摩訶不思議な現象が待っていたとしても、何らおかしくはない。しかし、儂が最も警戒しておるのは、最初の話にも通じるが、神なるものの実在だよ』


『何?』


 ヴォルレウスは片目を見開いて驚いた様子を見せる。


『神様、ってぇのが本当にいて、人類が外宇宙に進出するのを生意気だとか言って阻んでくるってぇのか!?』


 これを聞いてハークは苦笑しつつ手を横に振る。


『いやいや、そういうことではなくてな。これは言い方が悪かったか。儂らみたいな存在だよ』


『あ。そっちか……』


 ヴォルレウスは些かに恥ずかしそうであり、同時に何故か残念そうでもあった。


『そういや言ってたか。俺ら以上の存在は理論上いないが、ってコトは俺らと同等くらいの存在はいるかも知れねえってコトだもんな』


『正直言ってこれも確率は非常に低いがの。ただ、儂が危惧しておるのは儂らと同等と言いつつも、儂らとは似ても似つかぬ存在だ』


『俺らと同等で、似ても似つかない? なぞなぞだなぁ』


『生物の進化は時に複雑怪奇だ。総合的な能力は儂らと変わらぬも、生物としては非常に原始的であるかも知れん』


『俺らと能力は同レベルで原始的、だって?』


『例えばだ。儂らと総合的な戦闘力は変わらぬが、思考能力のない超巨大なアメーバ状の生物などが考えられる』


『あ~、なるほど! 単純な方が生きる能力に特化しやすいからなぁ』


『そして、食料として星を喰らいエネルギーに換える、とかな』


『うぇ!? そりゃあ最悪だな!』


『うむ。意思の疎通などまず不可能であろうから、出会ったら戦闘と逃走の二択しかない。恒星はさすがに喰わぬであろうから、その星系は余程寂しい状態に陥ってるに違いないな』


『そうか……、俺たちが夜空で観測できる星は基本自ら輝く恒星のみだ。それらの惑星がどうなっているかなんぞ分からんものなぁ』


『こんなものはあくまで儂の勝手な予想だが、予想できるのならばまだマシと言えるかも知れん。二連星、複数の月持ち、または複数の恒星。海があっても主成分が水ではなく別物であったり、陸地を構成しているものが無機物ではないという可能性もある。惑星を構成しているほぼ100パーセント近くの物質が今の我々にとって未知の物質であるということも考えられる。こんな環境で生まれ、進化した生物とはどんなものなのか、現時点では想像することさえ困難だ。だからこそ、己が見聞を広めたいのだよ』


『宇宙は広く、そして無限か。そういう意味でもハークが先行して実体験を重ねていくことは人類全体にとっても最重要、ってコトなんだな。経験をつめば、ハークの予測(・・)も効くようになる』


『そういうことだ。地球のことは貴殿に任せるよ』


『うーむ、自信がねえなぁ』


『大丈夫さ。ヴォルは一度国を創り上げ、導いた経験がある。その経験を活かし、儂とは違い人々と共に進むことができる』


『……最後の一撃で名を改めたのは、決意の表れってコトかい?』


『ん?』


 最後の一撃とは、最終奥義・『天上無窮の太刀』の時のことなのだろう。


『いや、そんな深い意味はないよ。……言うなれば……、そうだな、予行演習みたいなものだ』


『予行演習?』


『ああ。この先、何をまかり間違ってこの力を人前で披露するかも知れん。本名(・・)を名乗っては実家に迷惑がかかる可能性がある』


 ハークのこの言葉に虎丸は首を捻り、ヴォルレウスも考え込む素振りをする。ハークの意図を正確に早く汲み取ったたのは、人類により造詣の深いヴォルレウスの方であった。


『あ~、そういうことか。エルフ族の名前の後半には出身地が入ってるもんな』


『えっ? どういうことッスか?』


『ヴォルの言う通りだよ。エルフ族はラストネームに家名、そしてその前に出身地が入れておる。この法則を知ってさえいれば、非常に特定がしやすい。元々、そのために続けられておる風習なのだ。エルフ族同士だけであれば問題はないのかも知れんがの……』


『人間は時として自身の理解が及ばない力や現象を神と崇めることがある。それを操っている者が人型をしていれば尚のことだ。うっかり本名なんか名乗っちまった日にゃあ、忘れた頃にハークの生家が宗教上の聖地となっていたとてもおかしくはねえ、か』


『人の心の機微というのは難しくてな。集団となればまだ解り易いのだが……。兎に角、聖地など歴史の転換点で常に奪い合いの標的にされるわ、他の宗派、宗教に敵視を受け、破壊の対象ともされかねん』


『なるほどな』


 深く肯きハークに同意しつつも、ヴォルレウスは心の中で安堵していた。この話は、彼がいつの日か地球に帰って来る気があることを如実に表しているからである。


『わかったぜ。ハークがいない間、俺がこの星と人間たちを全力で護ると誓うよ』


『そんなに肩ひじ張らなくとも大丈夫だ。寧ろ貴殿の娘御殿の成長具合を楽しみながらで良いぞ』


『オイオイ、ハークの家族や友人たちを見守らなくて良いのかよ?』


 冗談に対しヴォルレウスが冗談で返すと、ハークは苦笑しつつ首を横に振った。


『大丈夫さ。彼らには、……きっとまた会える』


『?』


 ヴォルレウスは今度は本気で首を捻りかけた。一度外宇宙に出てしまえば、長期間に及び地球には戻ってこられない。それこそヒト族はおろか最も長寿な人間種であるエルフ族であってさえ絶対に生きてなどいない筈である。こんなことはハークであれば百も承知でろうと問おうとして、ヴォルレウスはやめた。


(どうせハークが帰ってくれば解ることだな)


 そう一人で納得し、ヴォルレウスは想像するその来る日を楽しみとすることを密かに決意する。


『そうか。では道中、気をつけろよ』


『うむ。貴殿も息災で……。いや、まずは肉体を取り戻さねばならんか』


『ハッ! 違いねぇな』


 双方はにやりと笑い合う。どちらも今生の別れとする気など無かった。


『では、行ってくる! またな』


『おう! また会おうぜ!』


 言葉と共にヴォルレウスは背を向け、少しだけ地球に向かって進むと現れた時とは逆に空間に溶けるかのように消えていった。


 ハークと虎丸だけの静寂が再び訪れる。2人は共に同じ方向を視ていた。視線の先には青い母なる星がある。

 両者とも眼に焼き付けようとしているのだった。そしてハークは、自らの視界を操作して一部分を拡大、これを幾度か繰り返して心の中で眼に映る彼ら彼女らに別れを告げた後、再度呟く。


〈そう。大丈夫だ。きっとまた会える〉


 これは、ハークにとっても未来への希望と渇望であった。

 ハークは最後の確認のようにもう一度だけ肯くと、踵を返す。虎丸もそれに倣った。


『さあ、行こう』


 ハークが手を差し伸べると、虎丸はその手を掴みやすいよう人化する。

 手を握ると、ハークは虎丸の魔力を操作して彼女の雲形の推進器の最後尾に電気を定期的に流すことで膨張と収縮を繰り返し、その勢いで加速し続ける結晶を物質変換にて生成させた。この結晶によって、ハークと虎丸は光さえあれば自身のエネルギーを全く消費することなく飛翔することができるのだ。


 蒼き鎧に身を包んだ龍人と、白磁の獣人少女は滑るように前へと進み始める。


 行く手に困難は必ずあろう。未知に未知を重ねた遭遇に対処を迷う時もきっとくる。

 だが、この相棒となら、この主とならば。双方がまったく同じ想いを抱いていたことを、まだこの時の2人は知らない。


 背後にはそんな両者を見送るように、母なる星が青き光を放っている。







後編:THE PARTY 了




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