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61 後編24:NEW GAME




 あまりにも考え無しなように感じられて、ヴォルレウスが思わずと止める。


『待て待て、虎丸ちゃん! 外宇宙が一体どういうものなのか知っているのか!? なんにも無いのだぞ!? 大地や水、草木や海、食べ物だって無い! おまけにだだっ広すぎて、一度地球を離れればそうすぐには戻ってこられないんだぞ!? 何年何十年どころではない! 何百……、下手すれば何千何万年と地球に帰ってこられない可能性すら充分に考えられるんだぞ!』


『そうなんッスか!?』


 虎丸がヴォルレウスの方ではなく、ハークの方を向いて事実確認を行った。問われた方は別段慌てる様子もなく、即座に答えを返す。


『そうだよ。本当に数千数万年、景色を楽しむのみで終わるかも知れん。最悪、もう二度と地球に戻ってこれぬ、なんてこともある。それでも儂と共に向かってくれるか?』


『モチロンッス! ご主人のいる場所が、オイラのいる場所ッス!』


『そうか。ありがとう、虎丸。感謝するよ』


 眼を細めると、ハークは相棒に対し頭を下げた。


『感謝なんかいらないッスよ、ご主人! 逆に置いてかれるんじゃあないかって、心配してたくらいだったんッスから!』


『そうか。ではお主にはさっさと打ち明けておれば良かったな』


『……決意は固いようだなぁ』


 ヴォルレウスの念押しにも、2人は動じない。


『でも、何でだよ? そんなに神様を見つけたいのか?』


『安心してくれ。言わばそれは目的の一部。ついでのようなものさ』


『何? なら、主たる目的は何なんだ?』


『その前に一つ……、儂は貴殿に謝らなければならん。済まなかった』


 深々と突然に頭を下げるハーク。

 なんだどうした藪から棒に、などと聞きはしない。ヴォルレウスとて最古龍を超えし者。可能性感知があろうがなかろうが、思考の冴えは一線を画すのである。


『俺とクロのことか? なら、謝ることなんかねえよ』


『しかしな……』


 顔だけを上げて視線を合わせるハークに対し、ヴォルレウスは首をやや大げさに横へと振る。


『しかしも案山子もねえさ。あれで良かったんだ。今回のことが無ければ俺は、また昨日と変わらねえ日々を何千回何万回と続けていたに違いねエんだからな』


『だが、それは貴殿の何より大切な日々となっていたに違いない』


『だよなぁ。けどよぉ、そいつは俺があの子の大切な成長機会を奪い続ける期間ってコトにも、なっちまうんだよなぁ』


『いやいや、彼女は生命の領域内にまだ留まってはいるが、既に半不滅の存在だ。通常の子供のように時期を重視して縛られる必要は……』


『あ、あの……、何のことッスか?』


 唯一、事情の呑み込めない虎丸が、何故自らの主が頭を下げている理由が理解できずに遠慮がちながらも話に割り込んだ。

 すぐさまハーク自身が質問に答えるべく彼女と視線を合わせる。


『儂が、意図的にヴォルの娘であるクロ殿を見捨てた、ということだよ』


『え!?』


『待った待った。見捨てた、までは語弊があるだろう。幾つかの選択肢がある中、ハークは最善を選び取ったってだけだ』


『ホ、ホントにどういうことッスか?』


『……ちゃんと順に説明するよ。まず、儂にはヴォルも、クロ殿も救う方法があったのだ』


『ええっ!?』


『ヴォルが肉体を失う羽目となったのは、彼の娘御殿が人質とされたからだ。しかし、儂はそれを止める手段があったにもかかわらず、実行しなかった』


『ど、どういうことッスか!?』


『最初、ヴォルが我らに会いに来てくれた際、儂は相手を特定こそしていなかったが、ヴォルたちの隠れ場所を敵が既に特定している可能性は考慮していた』


『そ、そうなんッスか!?』


『ああ。結局その相手とはパースであったが、彼にとっては千載一遇の好機到来だった。何しろ百年以上クロ殿の元を離れなかったヴォルが、自ら彼女の傍と地上からも離れたのだからな。これぞ運命の導き、とすら思ったかも知れん。切り札と人質を同時に手に入れ、万が一戦闘に発展したとしても闇の集合体の力を存分に振るえる位置にある。相手としては手を出さぬ理由が無いくらいで、実際、行動を起こした訳だが……。儂はこれを敢えて見逃す選択をしたのだ』


 淡々と語るも、ハークの言葉には一言一句後悔が滲み出ていた。彼にとってヴォルレウスは今の世界の基礎を創り上げた偉大な先達である。そんな功労者に、人柱となることを強要する選択を行ったと告白しているのも同然なのだった。


『でっ、でもモチロン、理由があるッスよね!?』


『その通りだぜ、虎丸ちゃん。おかげでパースをおびき出すことができた。ハークは全力を出せる結果となったし、相手は相手で上手くいっていることを確信してか自らの手で厄介な法器を破壊してくれる運びとなった』


 ヴォルレウスが的確なフォローをする。


『厄介な法器、ってあのチートを生み出す2種の『聖遺物(レリック)』のことか』


『ああ。あんなモンが未だにそんな御大層な呼ばれ方をされてたのは正直納得いかねえが、自らの正統性を証明する目的のためとはいえ、俺らの目前で破壊してくれたのは本当にありがたかったぜ。あれがなけりゃあパースが他で処分を実行したとしても、龍族を含めて俺らは半永久的にあれらを探し続ける破目になっていただろうからな』


『ヴォル……』


 罪を自ら吐露する筈が逆に持ち上げられる形となり、ハークとしてはどうにもいたたまれない。そんな気持ちが表情に出ていたのであろう。ハークにしては珍しい事態だった。


『そんな顔するなって。考える時間があったから、結構わかってるつもりだ。中枢がクロからパースに変わったことで統率力が増し、俺の時と違って全ての闇の精霊を一カ所に集めることができた。更に場所が場所だけにハークが最大奥義を使用もできた。地上じゃあ、絶対に無理だろうからなぁ、あんなモン。おかげで闇の精霊を残らず一掃。生物、いや、地球における最大の脅威を取り去ってくれた。見事だよ。ただ、一つだけ確証を持てないものがある』


『何だね?』


『俺の娘のことだ。俺とクロを今日引き離したのは、将来的にあの子が人類全体にとって役に立つ存在になると見込んでのことだと思ったんだが、違うか?』


『違わないぞ。貴殿の娘御殿は人類全体の存続率を2パーセント高める可能性を秘めておる』


 これを聞いてヴォルレウスは喜色満面の笑みを浮かべた。


『そうか! そりゃ良かったぜ! 親の欲目からくる勘違いってヤツじゃあなかったんだな! なら、俺からは何の文句もねえよ。だからもう、気に病むのは止めてくれ』


『本当に、ヴォルの器は大きいのだな。儂は貴殿に恨まれても仕様が無い、と覚悟しておったよ。感謝する』


『オイオイ、礼を言うのはこちらさ。しかしよ、ハーク。お前さん、途中で結構迷ってただろ?』


『え? そうなんッスか?』


 虎丸がハークに向かって聞くも、渋面を作った彼に変わって答えるのはヴォルレウスであった。


『一度、俺がパースに殺されるのを防いだし、パースが闇の集合体と融合しようとしていた時も止めようとしていただろう?』


『あっ、言われてみれば!』


 二者の視線を浴び、ハークは答えざるを得ない。


『……ああ。迷っていた。これが、地球を離れて外宇宙を旅する別の理由の一つだ』


『別の?』


『うむ。今回のことで嫌というほど思い知ったよ。儂はどうにも、余計な手出しを控えられぬ性分らしい』


『余計な、って……、そんなことはないんじゃあないッスか、ご主人?』


『いや、本当に余計で無駄なのだ。今回は結果的に上手くいったが、あくまでも結果的にだ。ヴォルが指摘した通り、儂自身が何度もご破算にしかけておる。挽回する手段がある、というのが駄目な方向に働いてしまっているな。未来など、不確定であやふやだと自分で語っておったのにこのザマだ。このままではいつか致命的なミスを犯すだろう。そんな神などおるものか。まるで子供の喧嘩に我慢できずしゃしゃり出てくる親のようではないか』


『だからこそ、簡単に手を出せぬ外宇宙、物理的な遠くにまで行っちまうっていうのか? 少々短絡的なような気がするが……、ん? 別の理由の一つ、って言ったよな? ってコトは、さっき言ってた主たる目的とも違うって事か』


『うむ。儂が外宇宙に向けて旅立つ主たる目的は、我が今世の両親の願いを叶えるためだ』


『何だって?』


『エルフ族は子が産まれた際、その子が将来どのような人物に育って欲しいか、願いを込めて2つ目の名を贈る。それは過去の人名であったり意味を持つ言葉であったりと様々だ』


『む? だから、なのか……?』


『儂の場合は後者であるようでな。ヴァンとはヴァンガードの意図があるそうだ。だからこそ、儂は人類にとって道を先行する者となる』






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