60 後編23:END of GAME②
『なんだ、やっぱりずっと気がついていたんだな』
些か遺憾だ、とでも言いたげにヴォルレウスはあからさまな不満顔で腕を組んだ。
『まァ、な』
『ちぇっ。最後にあんな芝居までしたのが今更恥ずかしくなってきちまったよ』
『そうかい? それを言うなら全部見えていた儂が、ヴォルが消えた態で話を進ませたことも評価してもらいたいな』
『あ~~、そうか。じゃあお互い様か?』
ハークとヴォルレウスは、にっと笑い合う。
そんな2人の顔を交互に見やってから、虎丸は些か混乱したように言う。
『え? え? どうなって? え? 生きて……?』
『生きてはいねえな、虎丸殿』
見せびらかすかのように未だ全身が半透明なヴォルレウスは両手を広げてみせた。
『あ、そうか。……って、なんで形を保っていられるんッスか!?』
ぐるんと振り向いてから虎丸はハークに向かって聞く。
魂は単独で生前の姿を長いこと保ってはいられない。虎丸の知識ではその筈であった。これは生前の記憶と人格を保っていられないと同義である。
『虎丸、憶えておくといい。我らほどのエネルギー含有量ともなると、もう普通の方法では死なん』
『我ら……ってことは、オイラもなんッスか?』
『そうだ』
ここで説明を当事者であるヴォルレウスが引き継ぐ。
『とは言っても、この状態じゃあ生きてるってことでもない。ただ存在してるってだけだ。現世に影響を及ぼすこともできねえ。手段が無いからな。精々が、寝ているヤツの枕元に立つくらいか』
『それ、本当にあんまり無事とも言えぬ状況だな。元には戻れるのか?』
『さあ?』
『さあ……、って』
『なにしろ初めてのことだからなぁ。これからどうなるのか、俺自身にも見当がつかないんだ』
『そ、それはそうなのかも知れないが……』
あまりにもあっけらかんとしたどこか他人事のようなヴォルレウスの様子に、虎丸はどうにも呆れ顔を抑えられない。そんな相棒と同類に対し、ハークは補足説明を開始する。
『心配は要らないさ。ヴォルレウスが必要だと心から感じれば、受肉は成る』
『そうなのか!?』
驚くヴォルレウスにハークは顎を引いて一つ肯きを見せると、更に言葉を紡ぐ。
『尤も、その時期に関しては、十年後から凡そ一千年後と開きがあるのだけれどね』
『何だよそりゃ? 随分とアバウトだな』
ハークは苦笑する。
『儂とてこれから起こるすべての事象を完全に把握できる訳ではないよ。次の一瞬から1秒2秒、1分1時間と経つたびに予測はあやふやなものになり、不確定要素も増していく』
『未来は確定しているものではない、……ってワケか』
『そうさ。ま、そうは言っても、時間が長く経過すればするほど同じ結果に収束しやすくもなる。が、それまでは無数の分岐点を孕んでおる』
『つまり俺にとっては一千年後がその収束点なワケか』
『そういうことさ』
ここで少しの間考える素振りを見せてから虎丸が発言する。
『……っていうことはそれって……、この十年から一千年後の間にいくつか、ヴォルレウスが力を使わなきゃいけないと判断するほどの事件が起こるってことッスか?』
僅かにヴォルレウスの表情が引き締まった。だが、ハークは首を横に振る。
『いや、さすがに今回のような全生物や地球全体に影響が出るような事態にはならないさ。精々が国の存亡か人類種単独に関わるくらいだ』
『充分大事のような気がするぜ。詳細は教えてもらえないのか?』
『そもそも何も起きぬ、という可能性もあるからな。下手に知識を持っていても余計に混乱するだけ危険だよ』
なるほど、とヴォルレウスは一人納得した様子を見せた。
〈現時点で十年後が確率としては最も高い。それを過ぎれば2百年後、一千年後と順に続く、か〉
その時の事変にハークは少しだけ思いを馳せる。どれも発生する原因こそ似たようなものだが規模や影響が全く違う。未来は複数の因果要因が複雑に絡み合い構成される。何かが起こると知っていても、簡単には止めることはできない。また、止めたとしても、別の更に厄介な形で発現する場合もある。
知る人間の数は極力少ない方が良い。あくまで可能性なのだから。
一方で、ヴォルレウスの表情により真剣みが増す。ここまでとて無駄話ということでもないが、どうやら本題に入ろうというのだと解った。
『ンで、本当に行っちまうのか?』
『ああ』
ヴォルレウスも霊体の状態のままで先程の話を聞いていたということであった。
ハークの返答はある意味そっけない。既に決定事項だと言わんばかりだ。
『なんでだよ? ハークが見守ってさえいてくれりゃあ、人類どころかこの星自体が安泰だ。永遠の平和だって夢ではないかも知れねえじゃあねえか』
『買い被り過ぎだ』
『おいおい、そんなことねえだろ。見たぜ、最後の技。未来まで見通す上に力まで俺より上なら、もう全知全能の神様じゃあねえか!』
視界の端で何故かウンウンと肯きだした虎丸は無視する。
『本当に買い被り過ぎだよ。まず、貴殿と儂では明確な力の差など無いぞ。寧ろ正面からのぶつかり合いでは貴殿の方にこそ分があるだろうな』
『え? それこそ逆に買い被りだぜ。大体よ、あの光の剣だ。あれなら星だって一撃だろう? 俺にはそんな真似はできねえよ』
『それは一撃に限定すれば、であろう? 例えばだ。ヴォルが全速力で突撃しつつ連続で拳を叩き込み続ければ、結果的に儂とそっくり同じことが可能だろう。しかも、儂よりもはるかに魔力を消費しない』
あの時でさえ、条件さえ整えば一つの星系を丸ごと破壊できることは黙っておく。
とはいえ、ハークとヴォルレウスに実質的な力の差がほとんど無いのは事実であった。
『……かも、なぁ。やったことは無いけどよ』
言外にやってみなければ分からない、という感情が籠められているとハークは感じた。無論、おいそれと試せるような行為でもないし、ヴォルレウスもそんな人物ではない。
『儂は範囲と万能性に優れ、貴殿はエネルギー効率全体で儂に勝る。それだけの話なんだ。次に、全知全能なぞこの世に存在せん。絶対に壊れないものを創り出してと請われて創り、次にそれを壊してみてと言われたらおしまいではないか』
虎丸が今度は首を捻りだす。
この話は壊せれば前提条件が崩れてしまい、壊せなくとも同じく全知全能を否定する結果となる。
『ほとんど屁理屈みたいなモンじゃあねえか。だから、神様なんていねえ、ってか?』
『いや、そこまでは言うておらん。だが、存在が不確定であるのもまた事実。なので探しに行く』
『は!? 何だって?』
『計算上、儂らよりも力の次元が上の存在はいる筈がないんだ。しかし、それは儂が存在の確定を導くだけの力を、未だ有していないのかも知れないし、また宇宙は広く、目視できる範囲すらも限られているだろう? 広大な全宇宙からすれば、儂らが知っておる事実などごく狭い範囲の一部分に過ぎん。だからこそ儂自身の眼で見て確かめて、触れて見聞を広めたいのだ』
『……ってコトは、ハークは地上に戻らないだけでなく、外宇宙を旅するつもりなのか!?』
『そうだ』
眼を剝くヴォルレウスに対しハークは深く肯く。
そして、虎丸に顔を向けると言った。
『どうだ、虎丸。儂と共に来てくれるか?』
『モチロンッス!』
一も二も無く虎丸はそう答えた。




