58 後編21:SKILL My SOUL-銀河の果てまで-
大上段を超えに越え、頭上に掲げた『天青の太刀』に周囲も含めた全ての魔力が集中しつつあった。
確かにそれを感じる。ハーク最大の剣撃、奥義・『断岩』の発動準備段階とよく似た感覚だった。ただし、集中し過ぎて己の視界が狭まる、ということもない。
一意専心。
たった1つの物事、それだけに心を傾け、決して脇目を振ることなく集中しきるさまを表す。ただ、言うは易し、行うのは当然に困難極まる事柄である。
しかし、ハークはこの世界で、本当の意味でこれを実行してしまった。
結果、あまねく全てを断たねばならぬという彼の思いを受け、一度目の際は刀が送信機の役割を果たし、そして二度目の時は、必ず救うという思いの元に大太刀が送受信機の代わりを務めることで周囲の精霊をかき集め、どちらも一時的ではあれど本当に何でも両断せしめる刀を造り出した。
このことによって彼の武器は、自身が造られた目的と意義を正しく理解し、まるで付喪神さながらに意志のようなものを宿すこととなる。
しかし、生命の限界値、軛を脱していない所謂普通の人間種エルフでありながら数々の奇跡を顕現させたこの技は、その使い手にも相応の負荷を、ほぼ全ての魔法力を消費しきり使用後に戦闘継続不能状態に陥る以外にも強いることとなった。
それが技の発動段階に入った瞬間から視界など全ての感覚が急速に狭まり、目標の対象物以外への警戒が事実上ほぼ不可能となってしまうことであった。これにより、敵が当初の予測を外れた行動を少しでも行っただけで返り討ちが確定してしまう。
実際、ハークが最後に使用した際には、敵を追い詰めたと確信できた状況だったにもかかわらず、旧帝都城の脱出用ギミックが偶然起動しただけで斬撃が真芯を逸れてしまい逆転を許す結果となった。
が、今のハークであればこの時と同等、もしくはそれ以上の集中力を発揮し愛刀との同化を行おうとも、意識感覚が狭まることは決してあり得ない。
これはハークの全体的な能力が向上したことにより、脳のキャパシティも多大に増加した現れであった。
そもそも容積が単純に増えている。肉体に入りきらないので圧縮空間にてサブ脳を保管しており、加えてそれぞれの性能も異常なまでに高い。更に、ハーク側の脳が万が一フル稼働する事態に陥るとしても、その身に宿るエルザルドが第二の人格としてハークの肉体操作を一時的に肩代わり可能だったりもする。
ただ、今度の技はもしハークの挙動が一部制限を受けるとしても、全く関係無いものとなっていた。
掲げた『天青の太刀』から発せられる光が新たな力の太刀を形成すると同時に伸びる。伸びたその切っ先は光の速さで進み、瞬く間に宇宙の闇を斬り裂いて見えなくなった。
『剣が……』
『うわぁ……!』
『なんという……』
龍族女性陣の恐らくは驚嘆であろう声が漏れ聞こえてくる。
『通信』は術者が認識する範囲、もしくは相手と自由に会話を行える龍言語魔法だ。効果範囲の限定も自由自在の筈だが、今回は失念したということであろう。
巨大化ではなく延長されていく光の刀身は、既に惑星サイズであれば両断するほどの長さにまで到達しているというのに、未だ止まらない。
『大日輪』に対する『倶利伽羅大日輪』。
『神風』に対する『閃神・阿摩羅』。
『朧穿』に対する『九頭龍・叢雲穿』。
これらはハークが今の姿となって、現在の己の能力に見合うようにと改めて開発、改良させた元々の技とそしてその完全上位互換の関係を表している。
全ては威力、効果範囲、発動速度などの所謂様々なメリットの部分は向上させ、デメリットは一方で限りなく減少させたものである。
――――では、ただの人間種であった頃、ハークが攻撃力のみに於いては群を抜いて最強と位置づけていた技、『断岩』が今の彼の能力に釣り合うよう再設計を施された場合、一体どうなるのか?
その答えが、今から彼が解き放つ、この世に刻む魂の御業である。
『ハーキュリース=ヴァンガードが最終奥義…………『天上無窮の太刀』』
最早とっくに龍族の眼でもどこまで遠くまで伸びたか判らぬほどの光の太刀は、既に恒星どころか惑星直列などの特定条件さえ揃えばまとめて薙ぐことすら可能なほどの長さに到達していた。
『……それが……、この世界頂点の技……か』
驚嘆、というよりも、憧憬や賛辞さえ混ぜ込んだような声音が対象、敵より届いた。
本当に一瞬、またたきさえ許されぬほどの短い一瞬だけ、ハークは躊躇した。
〈……いかんな〉
虎丸に気づかれればまた、『ご主人は優し過ぎッス!』などと言われてしまうことだろう。
その光景を思い浮かべて、いつものように和やかな笑みが漏れそうにはなってしまうものの、ハークは自分のことを優しいなどと思ったことは一度も無い。
優しさとは万人、万物に向けられるべきだ。自身が気に入った相手だけに向けられる優しさ、気遣いは礼儀、或いは情けというものである。そういうものは、ひいては己がため、読んで字の如く利己的というやつだ。ハークは本気でそう思っている。
大体からして、いくら相手のことを思い遣ろうとも、ハークが自分自身で『斬るべきだ』と判断した敵を斬り殺さずにおいたことは一度も無い。どれだけ相手に気を遣い、配慮しようとも結果が同じならば、そんなものはすべて自己満足の類ではないか。
また、ハークは逆に気に入らぬ相手、もしくはろくに知らぬ相手に対しては一片の情け、憐憫の情も抱くことはない。本当に欠片も、だ。
これに関しては別に敵対もしていない一般人、話したことも無い赤の他人に対しても同等である。
別段、自らの手をわざわざ煩わせてまで害したいなどとは全くもって思わないが、戦争などの大きな流れの中で大量に失われるのは仕方のない、の一言で済ませられてしまう。
割り切りというよりもこれは、記憶に残る前世が強く影響をしていた。
気の毒とは感じるものの、いちいち気にしては身が持たぬし時間も足りぬからだ。合理性によるものとも言える。結局のところ、ハークは自身にとってよく知らぬ他者のことなど、本気で気にかけてはいなかったのだ。
偶然必然を問わず知り合い、交流を重ね、もしくは恩を受けるなどして対象を気に入り、平たく言えば好意と尊敬を抱くことでその人物はハークの中で初めて意味を持ち、色がつく。こういった人物が増えることでハークの見える世界はより多くの色を持ち、華やかとなっていく。
それは、自身の人生がより良いものへと変化していくことと同義であった。もはや感謝しかない。そんな相手を心配し、気にかけるのはむしろ当然のことだった。
逆に、何の関係性も無い相手に対して、ハークは路傍の石とまでは思わぬまでも、正直に言ってその辺に生える草木と同等程度の感情しか抱いていなかった。巻き込まれて死ぬことを積極的に防ごうとするのは、常にそういった際に本気で心を痛める仲間がいるからだ。
虎丸やヴォルレウスは、そんな自身を神の位置に立つ存在へと進化したと考えている。
冗談ではない。こんな神がいるものか。
神とは、平等に人を愛するものではないのか。恩恵を与えるにしても試練を下すとしても、全ての対象、或いは選択肢の中からの筈であり、決してよく知る者の中から順に、で良い訳がない。
自身の愛する者たちの生命と幸福、そして彼らの子孫たちの未来を護り創るがためだけに、これだけを原動力にしてでしか行動を起こさぬ神が存在してたまるものか。
ハークはそう思う。たとえ、力だけは本物であるとしても。
だからこそハークは、自身が神と呼ばれることを否定するのである。
その手に掲げる大太刀から伸びた光が太さを増し、星と星すら跨ぐ光の柱を模した。
◇ ◇ ◇
悔しさ、はない。諦念も、あまりない。寧ろ感動と、感嘆があった。
(ヒトは、……いいや、生物は、ここまでの力を発揮できるまでになるのか…………!!)
驚くべきことであった。もはや母なる大地や、そこに住まう全生命の命の根源たる天を染める星にすら力で超えてしまっている。
(先駆者。ヴァンガードか……)
最後の会話の中で、彼は自分のことをただの早熟な先駆者であると語った。
彼が語る未来は素敵で、とても楽しみなものであった。
だが、その未来が訪れるには、第一条件として、ここで自分が潰えなくてはならない。この先の未来を知ることができない、体験できないのはパースにとっても少し残念だった。
死ぬのは怖くない。しかし既に闇の集合体と融合した自分の魂は浸食され、とうに修復不可能なまで歪んでしまったことだろう。転生は不可能だ。それが残念で、少しだけ――――
(――――羨ましいなァ)
複数の色を閉じ込めた光の帯、光の剣は、眩くも不思議なまでに眼を灼くほどではない。
それが今、振り下ろされた。
熱いか、とも思われたが、苦痛は全く無い。
暖かい湯にひたるかのように、ゆっくりと全身の力が抜けていき、ほぐれ、穏やかな解放だけがそこにはあった。




