57 後編20:The EDGE of SOUL-頂点の技-②
ハークの大太刀と闇の剣、その均衡は確かにあった。
が、拡散と集束、この二つの力の質がゆえに黄金色が紫紺を徐々に圧倒し始める。
集束はその名の通り、集結、集合することで巨大な破壊力を生み出せる。ところが、その集束を少しでも阻害され、かき乱されると即座に影響が発生して攻撃力が加速度的に下降してしまう。
対して光属性の拡散はちょっとやそっと集められたところで本質に変わりはない。
そもそもどれだけ集中させられたとしても光は変わらず光のままであり、何なら熱を生む発生源とも化す。
ただし、元々の攻撃力付加値は他属性に比べて非常に微々たるものだ。火の炎熱、雷の電撃に代表されるような攻撃を補助する効果も慎ましいくらいである。
直接対決してみればほぼ全ての他の属性に対してボロ負けであろう。拡散など、炎や雷撃に効果はほとんど及ぼせない。ただ唯一、闇の属性に対してだけ特効とも言うべき能力を発揮するのである。
紫紺の剣は破壊され、衝撃を受け止め切れずに超巨大黒龍の右腕が大きく弾かれた。
仰け反るだけでは済まない。
宇宙空間では一度生じた勢いは勝手に弱まることはないのだ。延々と回転し続けることとなってしまう。そのため、逆制動をかける必要に駆られるのだが、パースは自らのものを模した巨大な翼をはためかせることはない。
『波動ッ! 集幻光ッ!!』
代わりに、彼はついた回転の勢いを利用して左足を蹴り上げつつ、纏う闇の魔力をまたも剣状に変化させた。
まるでフーゲインの後方宙返り蹴りの如き挙動で迫るそれは、どんな生物であっても生命を終わらす手段に成り得ただろう。受けも迎撃も間に合わない。
が、ハークにだけは当てはまらなかった。
先の『奥義・倶利伽羅大日輪』で生み出した回転の勢いを、内に絞る形で利用して瞬時に迎撃の態勢を取る。
何よりも恐ろしいのは、ハークが自身の意図する構えに到達した時には既に、左腕から鱗鞘のため装甲約10パーセントが配分され、形成も完了し終わっているところであった。
『奥義! 『閃神・阿摩羅』!!』
そして、鞘から解放されるとタイムラグなど皆無、名の通りに存在するかも怪しいかのような時間差で放たれた光刃の波によって紫紺の剣は粉々に打ち砕かれ、更に超巨大黒龍の左足を中ほどまで切断、消滅させた。
『ぐぅうおおおおっ!!』
まさかまさかの迎撃を受け、驚愕を顕わとするパース。
しかし、即座に自らの体勢と心を立て直す。フィジカル的なポテンシャルはともかく、彼我の戦力差を充分に認識した上で、真っ向全力勝負を自分から申し入れたのだから。
ここでパースは斬り落とされたばかりの足を、特に傷口部分を形態変化させる。
ハークと同じ推進装置の形に、であった。より正しく表すならば、ハーク達が『弾丸の魔物』と名づけた闇の集合体の尖兵の背面部とそっくりそのままの形態をとっていた。
ハークとは別の巨大な一点集中型の大出力により、一時的ではあれど相手の速度に追いついた彼は、いよいよ自身最大最後の手札を切る覚悟を決める。
『ぬぅうおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! 『ダーーークネスッ!! ディザスタァアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!』』
超巨大なる黒龍が、ガパリとその咢を限界にまで開く。
それは敵に噛みつくためでも、ましてやハークを飲み込むためでもなく、龍族最大の攻撃手段『龍魔咆哮』を放つためだった。
放出される紫苑の炎かのような破壊の粒子を前面にまといつつ、彼はハーク目指し突貫する。
『何だと!? あれは!?』
『アレクサンドリアがついさっき開発して、弾丸の魔物にぶつけた『轟・炎・爆・災』にそっくりじゃない!』
『参考にされちゃったの!? 危ないハーク、距離を取って!!』
アレクサンドリア、ヴァージニア、ガナハの悲鳴にも近い『通信』がハークに届く。
彼女たちが一斉に焦りを見せたのも、ある意味当然だった。
パースが突如放った彼の切り札『ダークネス・ディザスター』、その元となったであろう『轟・炎・爆・災』は龍族内に於いても戦闘の中核を務めるアレクサンドリアが思いついただけあって、使用の際には無類の威力を発揮していたからだ。
直撃は勿論、掠っただけでも修復不可能なほどのダメージを弾丸の魔物たちに与えており、周囲を通過するだけでも無事には済まさぬほどである。
巨大さも含めて最早地球の生物群の範疇にすら収まっていない今のパースが使用すれば、星ですらも一撃で破壊しかねない威力を秘めていても何らおかしくはない、彼女たちは瞬時にそう判断したのだった。
だが、ハークは一歩も退かない。
ただ一人、虎丸からの絶大な信頼の眼差しを確かに感じ、彼は左手を前に、右手の『天青の太刀』を背中を逸らせるほどに引き絞る。
そして今一度、世界の海を撹拌し、霊薬アムリタをこの世に生み出しせしめた力を顕現させるのである。
『奥義・『九頭龍・叢雲穿』!!』
黄金色と紫苑が衝突し、先に倍するプラズマの稲妻が発生した。
『うおっ!?』
『きゃっ!?』
『わぁっ!?』
龍族三人娘が思わず首をすぼめるほどであった。稲妻の一房が彼女たちの方に向かい、舐めるようにギリギリを掠めたからでもある。
実際には虎丸が張っていた防御障壁によって弾かれていた今回の衝撃波が、薄い大気さえも伝播して地上にも僅かな影響を与えていた。ダウンバースト現象を引き起こし、海面の高さを10センチほど低下させていた。当然に周辺のデブリも上に下にと吹き飛ばしている。中には発火し、地上への本格落下コースに入る前に燃え尽きるものもあった。
これら一連の現象を生んだ両者真っ向勝負の激突は、超巨大黒龍の頭部から両肩の半ば、胸の上部辺りまでをほぼ一方的に消し去ったハークの勝利に終わっていた。
(今のが……この世の頂点の技、か……)
唯一の外部の状況を察知するための頭部、ひいては視覚を失ったがゆえに――――宇宙空間では空気が無く振動の一切が伝わらずに聴覚、触覚がほぼほぼ意味を成さないので、短時間ながらもパースは自身の思考に浸る隙間を得る。
失った集合体の修復のために有機体混合物の分裂、急速増殖を促しつつもダメージチェック。大凡肉体部分の体積にして3割強が損失させられていた。たった一撃にもかかわらず、率としては凄まじき被害である。
ただし、有機体混合物の損失割合イコール闇の集合体のダメージというワケでもない。一見するとヘドロのようなそれは、あくまでも現実世界に影響を及ぼすための媒体でしかなく、実際に闇の集合体の本体と呼べるものは闇の精霊と同化した魂の群れである。その数、その総数こそが力であり、同時に闇の集合体そのものだった。
つまりは、外殻部でもある有機体混合物を幾ら損失させられようとも内部の根源、闇の精霊と魂が無事なら何の問題も無い訳だが、こちらも約2割、全体からして約5分の1が損失している。
肉体部分を構成している方と比べれば随分と被害は少ない、と表現しても良いだろう。しかし、5分の1ということは、あと4発同じ攻撃を受ければ、パース、並びに闇の集合体は完全に消失するということともなる。
(彼の……計画通りということだ)
本当の意味で、彼は後顧の憂いを完全に断とうとしていた。
恐ろしいほどの周到さ、冷徹さであると評価するしかない。
迷い、逡巡もあったことだろう。今更ながらに考えれば、彼がそのような素振りを見せていた瞬間は確かにあったが、結果として完遂目前である。
(まず、全ての黒幕である俺を最後の最後まで放置することで、こちら側の計画の達成を確信させ、2つの危険な『聖遺物』を持ち主である俺自身の手で破壊させた……)
慢心した訳ではない。自らの正統性を主張するために必要な行動であったと今でも偽りなく自負できる。
元々パースは、もし自分に何かがあって本懐を成就する前に死んでしまうことになったとしても、『チート検索機』と『チート作製器』の2種だけは絶対に破壊できるようにと事前にしっかりとした手筈を整えていた。
具体的には、上記2種保管用に作成した圧縮空間と自身の生命活動をリンクさせ、死と同時に宇宙空間へとぶちまけられる形に調整したのだ。
保管用圧縮空間作成の魔法は、基本的にはエルフの『魔法袋』法器作製技術をほぼそのまま流用したのだが、致命的な損傷や破壊を受けて法器と圧縮空間とのリンクが絶たれた場合の自動排出機能だけは変更し、確実に宇宙へと吐き出されるよう設定している。
更に地球の衛星軌道からもギリギリ外れるよう念入りに調整も施しており、他の星の重力に掴まった後にやがては太陽へと向かうようにもしていた。
数百万年という時間を費やした後に太陽表面に達して、その高熱によって爆発融解し跡形もなくこの世から消え去る。この爆発も当然に大きなものであろうが、突っ込んだ表層部で毎日毎秒行われている規模に比べれば、雀の涙程度にしかならない。
しかし、相手方にとっては将来的に己が出生の星すら破壊するかも知れない恒久的な危険物であるからして、無視することなど到底不可能であり、たとえ破壊された公算が高かろうとも探さないという選択肢など取れず、膨大な時を探索に費やす他なくなるだろう。
そのような代物を、よりにもよって敵対者の完全なる眼の前で破壊するなど、利敵行為と謗られて然るべきとも言えた。
(そして……、……ただ、こちらは俺の考え過ぎ……な可能性もあるが……)
もう一つ、パースからすればハークはとても重大な誘導を行っていた。
世界の存亡と存続に関わる、本当に重大なものだ。
だが、よくよくと今思い起こせば、ハークはこれを最後の最後、ギリギリまで自らの手で止めようとしていたフシがあった。どうにもそう思えてならないのである。
となれば、今のこの状況は不可抗力と言えるものであるのかも知れない。
(とはいえ、何もかも彼の側にとって都合が良いように全部が全部推移するなど、普通とは思えない。どんな豪運だよ……)
などと考えたところで、時間にして数秒ほどの再生が完了した。
新しく構成した両の瞳が、先程の技でさえ凌駕する眩い限りの光をとらえた。
虹の七色を一点に凝縮させたような美しい光が、頭上に掲げられた彼の武器、その刀身より発せられている。
その光景を見てパースは悟る。先の旋突技をあと4度など、とんでもない。
あの技でさえ、頂点が使う頂点の技ではなかったのだ。
彼が約束した全身全霊での供応はこれからであったのだ。




