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56 後編19:The EDGE of SOUL-頂点の技-




『視て』


 思わずと指差したガナハの指の先には、先程まで怯んだかのように立ち尽くしていた超巨大黒龍の瞳があった。


『うん。あれは……』


『パースの眼……、じゃな』


 厳密に言えば彼の眼では絶対にない。今、ガナハが指し示し、ヴァージニアとアレクサンドリアがその視線を送っているのは、彼を包む『闇の集合体』が構成した不定形粘性体の塊だ。しかし、それが模した超大型の瞳、その色、光、雰囲気の全てが、彼女たちの良く知る理知的な黒龍のものに見えてならなかった。


 感慨深く語る彼女ら同胞に彼は視線を向けることもせず、秘匿回線で更なる意思を紡ぐ。





『もう、終わりにすべき、だね』


『そうかね?』


『ああ。既に俺は地上の全生物にとって生きる厄災だ。そうだろう?』


『お言葉だが……、この地球に生まれし動物種はほとんどが他者にとって大なり小なりの災厄ですぞ。多数にわたっての種族が行っている子育てが例外に該当すると思われがちだが、あれも実際のところは自らの遺伝子をより着実に後世へとつなげる行為に過ぎませぬ。ひいては己のためだ』


『なるほど。俺はただ単に、その厄災としての規模と範囲が史上最高程度にデカ過ぎるだけ……ということかな?』


『ええ。そして、貴殿にとっての最大の厄災が儂、ということにもなりますかな』


『ハハ……。俺だけのためではなく、同族のみとはいえ先の未来も見据えたつもりだったんだけど……。どうにも難しいものだね……』


『良いではありませぬか。自身に全く影響のない他者や、生きてもいない遥か先の世界を案じて行動ができるのは、数少ない知恵を持つ者の特権であり、証明でもありまする。貴殿は充分にこれを示された』


『……そっか。君の、俺に対する敬意はそこから来ていたんだね。感謝するよ、実に面白い慰めだね』


 ハークは首を横に振る。当然だという意味を込めて、だった。

 彼もハークも同じ世界と未来を憂い、想像したのだ。両者の違いは種族と、そこに起因する陣営と、あとほんのちょっとの能力の差であった。そうハークは考えている。


『けれど、ならなおさらだよ。去るべき存在が、いつまでもいつまでも留まっていては次の世界の邪魔にしかならないだろう? 俺はそんな無様な真似はしたくないよ。次で、……ケリをつけよう』


『…………』


 ハークは超巨大黒龍の瞳を見詰める。これまでも眼を逸らしてなどいなかったが、より明確な意識のもとに、であった。


『次の攻防に、……俺の全てを出すよ。今できる全てを、ね。たとえ借り物であったとしても』


 彼の言う通り本当に借り物ではあるが、その瞳には明確な二文字で表される強靭な意思が宿っているのがわかった。


『……良い、覚悟でございますな』


『君も……、俺に見せて欲しい。最後に、この世界の頂点の力というものを』


『承知した。儂も今の持てる力全てを発揮し、全身全霊にて供応いたしましょう』


『ありがとう』


『礼を申されることではございませんな。貴殿を殺すと宣言しておるようなものでございましょう』


『フフッ、そうだね……』


 超巨大黒龍の左の口角がグイッと持ち上がった。明らかに笑ったのだ。

 それに応えるように、ハークも仮面状の口元を右端だけ上げた。

 数秒視線を交わすと、くるりと180度身体ごと回転したパースはそのまでの自身の後方に向けて移動を開始した。間合いを離すために一度、距離を取ろうとしているのだった。


 長い首を回して背後を警戒することすらしない。

 これは、今更ハークが奇襲をしかけてくることなどない、と信頼しているというよりも、最強種ゆえの癖のようなものであった。目線を進む方向以外に向けたまま、飛行したことが無いのだ。


 無論、ハークもこの期に及んで背後からの不意打ちなど行う気はサラサラない。彼は腰や両肩部の装甲の一部を噴出口(バーニア)へと変化させ、パースとは逆に姿勢も向きも変えることなく滑るように後方へ進む。


 幾度もの攻防を経て、両者は対峙する向きと位置を変え、虎丸や龍族三人娘が視ての正面ではなく真横に約90度ほど回転していた。よって、パースを模した超巨大黒龍は彼女らにとっては左、対して光り輝く青鎧に身を包んだ豆粒のようなサイズのハークは右にそれぞれ分かれて移動していく。


 奇しくも観戦する立場からすれば、より状況を把握しやすい構図となり、ガナハ、ヴァージニア、アレクサンドリアが固唾を飲む中、闇の集合体である超巨大黒龍が自身の全長と同等の距離まで間合いを離したところで移動を停止。またも身体ごと回転して、敵であるハークに対し向き直った。


 再度、双方の視線が交錯。数秒という長いようで短い時間の後、両者の意気は簡単に最高潮へと達した。

 先に飛び出したのはパースの方であった。

 迎え撃つべくハークも背面のスラスターを全開にする。


『ぬぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 距離にして100キロメートル以上が瞬時に潰される。攻撃が届く位置に達したところでパースは巨大極太の右腕を振り上げた。


『『波動集幻光』ぉお!!』


 右腕の先を覆っていた紫紺の光が集束し、一振りの剣が形成された。


(むっ!?)


 これにはさすがにハークも驚いた。

 闇の魔力の力の本質は集束であり、この集束の力を高めて粒子の武器を形作る魔法、それが『波動集幻光』だ。


 遠い昔、魔族は全てを己がものと欲し、永遠の命さえ手にすることができると信じて、自らの肉体となる素体に過剰な改造を施した。

 生命の尊厳を踏みにじり、成長を棄て、進化の袋小路へと陥ったも同然であったその様は、星の終焉を導く闇の属性と非常に高相性であり、それ故に元が人間でありながらも他の一切の属性魔法を習得、使用することはすべて適わなくなった。尤も、他の人間種を力と頭脳で永遠に支配するつもりであった魔族にとって、破壊専門の属性魔法は使い勝手が合致していたことだろう。


 これと同様に、闇の集合体が使用できる属性も矢張り闇の精霊由来の力に限られる。現在の宿主が元々は様々な属性を使いこなしていたとしても反映することはない。


 よって、ほぼ一万年の長きに渡って同属性の魔法を活用してきたであろう魔族の魔法を使用するのは、効率の観点からであれば正しい。が、明確に他種族を見下しているというワケではなくとも、パースは確実なる龍族至上主義者だ。魔族の魔法をそのまま使用するというのは相当な屈辱感であったろうと予測できる。


 ハークの能力でさえ、使ってくる可能性は10パーセントもなかった。

 これは正に、先の宣言通りであったのだ。掛け値なしの、彼の出し得る力の全てだったのである。余計なプライドを捨て、己最後の戦いに心残りも後悔も言い訳も残さないという誇りを勝ち取らんがためだった。


 しかし、今のハークには関係ない。彼と同じく、ハークも全身全霊を発揮すると約束したのだから。


『おおぉお奥義っ!! 倶利伽羅(くりから)大日輪!!』


 真上から襲いかかる紫紺の剣と、不動明王が持つ知恵の利剣を守護する昇竜が如くに、螺旋を描く金色の軌跡がぶつかり合う。


 プラズマ化した雷光が一瞬発生し、本来は衝撃波を伝達しない筈の宇宙空間で旧世紀からの遺物を、宇宙開発の残骸の鉄屑(デブリ)を超広範囲に渡って弾き飛ばした。


 一万年以上の長きに渡って地球という星の周りを回転し続けていたそれらは、あるものは衛星軌道上から外れて大地の重力圏外からも脱出して母なる星より永遠に去るという遥かな旅路へと出立し、そして、またあるものは逆に大地を目指して落下し、流星となって燃え尽きる最後の花火を咲かせるのだった。





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